20話 最上階にて
非常に遅くなりました←汗
どうにも風邪を引きましたが、軽い症状のようですので、不幸中の幸いです←しみじみ
今回は最上階に着いたという内容になります。
3日後──。
「ここ、ですかね?」
レンはひとつの扉の前にいた。
ガルドは「おぅ」とだけ答えた。「そうですか、ここですか」とレンは目の前の扉を、レンの身の丈を遥かに超えた赤い金属製の扉を見つめていた。
その扉はとても赤かった。
至るまでの道中もすべてが赤かったが、それらはどこか生々しい色をしていた。そしてわずかにだが、異臭を放っていた。それは「赤い古塔」特有のものというわけではないが、「古塔」ではありふれたものだった。
「古塔」常に生存競争が行われるがゆえに、敗者は勝者の糧となる。ただ糧となってもすべてが失くなるわけではない。むしろなにかしらのものが残る。その残ったものが「古塔」ではところかしこに刻まれるのだ。言うなれば敗者の残滓である。その残滓は入口がある1階がもっとも悲惨だった。
というのも「古塔」は通常のダンジョンとは異なるからだ。
通常のダンジョンであれば階を重ねたり、奥地に進んだりとボスフロアが近づくにつれて、敵モンスターは強力かつ凶悪となる。それは古今東西のゲームでは当たり前のことだ。むしろその通例が適用されない方がおかしい。
だが、「古塔」ではその通例とは真逆の現象が起きている。
最上階であり、階層全体がボスフロアとなっている10階を除くと、出現するモンスターが1番凶悪なのは入口のある1階だった。逆にボスフロアの真下である9階はもっとも弱い階層となっている。なにせ9階層でもっとも手強かったのは、角ウサギの亜種である赤角ウサギの大群だった。むしろ9階層では赤角ウサギしかいないのだ。ゆえにもっとも手強いのはその大群以外にありえない。
赤角ウサギは、角ウサギよりも強い。ただ突進するだけの角ウサギとは異なり、角に火属性を纏わせての突進や火属性を纏わせてから角で薙ぎ払うなどの攻撃を仕掛けてくる。その実力は角ウサギの倍はあるとプレイヤー間ではうたわれている。
だが、しょせんは最弱のモンスターの亜種。2倍の強さはあると言ったところで、1を2倍にしたところで2にしかならない。火属性を纏わせると言うと聞こえはいいが、見た目では「なんかちょっと赤くなっているなぁ」という程度の違いしかないうえに、その熱量はせいぜい真冬に自販機で買った缶のホットコーヒーくらいでしかない。つまり最初は熱いが、直に慣れてしまう熱量ということ。はっきりと言えば、火属性の無駄遣いである。
そんな赤角ウサギしかいない9階とクリムゾンホワイトタイガーと遭遇した1階のどちらが高難易度なのかは語るまでもない。
そう、「古塔」は下の階層の方が難易度が高いという初見殺しなダンジョンだった。
上の階層に行けば行くほど、モンスターの質が下がっていくという前代未聞な構造をしていた。
もっとも上の階層にはなんの旨味もないわけではない。
むしろ旨味と言うのであれば、上の階層、特に9階層は通称「宝物庫」とも呼ばれていた。
その理由は出現するモンスターが赤角ウサギだからである。
赤角ウサギはその名の通り、全身が真っ赤が角ウサギだった。その見た目から某国民的RPGにおける最弱のモンスターの色違いと同じく、「ベスウサギ」という通称もある。
だが、某国民的RPGとは異なり、赤角ウサギはとても旨味のあるモンスターだった。
その理由はドロップアイテムにある。赤角ウサギは全身が真っ赤だ。それはその身を覆う毛皮もまた同じなのたが、その毛皮の色は下手な宝石よりも美しく、見事な艶のある赤に染まっており、価値が非常に高い。
赤角ウサギのドロップアイテムは大半がレア度2だが、完全な状態の、まだ生きているのではないかと思えるほどに見事な状態の赤角ウサギの毛皮は、「角兎の赤麗皮」となり、レア度は5となり、売値は5万シルにもなる。
だが、ただ適当に殴ったり、斬ったりしても手に入るシロモノではない。
適当に殴ったり、斬ったりして手に入る毛皮は、「薄汚れた毛皮」というレア度1の、売値が10シルで、生産の素材にしても「ぼろ切れ」という服飾関係の生産における失敗時のアイテムが確定で入手可能となるだけのゴミと化す。
5万シルのアイテムがそう易々と手に入るわけがないが、その入手はなかなかに過酷である。それは赤角ウサギを一切傷つけることなく倒すということ。それもオーバーキルなしかつ、1撃で倒さねばならないと過酷を通り越して、半ば無理ゲーな条件である。
だがそれを踏まえても5万シルというのはなかなかに魅力的な値段だった。
もし1日に複数入手できれば、それだけで諸経費を賄えるし、消費アイテムを大盤振る舞いできる。
ただ入手できるのは、ごく一部のプレイヤーだけ。中には偶然的に手に入れられた運のいいプレイヤーもいるにはいるのだ。
そのため、「「古塔」に来たら9階層を目指せ」というのが、「古塔」に挑戦するプレイヤーたちの合言葉となっていた。クリムゾンホワイトタイガーと出くわさなければ、踏破はそこまで難しいわけではない。
ただ至るところにプレイヤースキル次第では稼げるモンスターも存在していた。むしろ「赤麗皮」入手のために、それらのモンスター相手にプレイヤースキルを磨くという目的も「古塔」に挑戦するプレイヤーたちにはある。
プレイヤースキルではなく、レベルアップのための経験値を稼ぐのであれば、1階をメインに探索、プレイヤースキルのためならば上層階にという具合に、プレイヤーたちは分布していた。
実のところ、レンとガルドの「古塔」の踏破は1日で終わっていた。正確にはクリムゾンホワイトタイガーとの死闘の翌日には9階にはたどり着けていたのだ。
それから約2日間、レンは9階層に籠った。だが、それは決して金策のためではなかった。まったく金策に興味がないわけではないが、それ以上に強くなりたいという気持ちが強かった。
赤角ウサギと最初対峙した際、レンは「赤麗皮」を手に入れることができなかった。1撃で倒すことばかり気にしすぎていたからか、赤角ウサギの首を飛ばしてしまい、手に入ったのは「薄汚れた毛皮」となった。
対してガルドはきっちりと「赤麗皮」を手に入れていた。それも10羽からなる群れの個体すべてからだった。
もっともそれはガルドにしか使えない方法による成果だった。
というのもガルドがしたのは、単純な威嚇だけであり、赤角ウサギに攻撃を仕掛けたわけではない。ただし、「獣謳無刃」で合成獣になった状態での威嚇という条件つきだったが。
それでもその威嚇により、赤角ウサギは次々に倒れていった。その理由は一言で言えば、ショック死だった。
赤角ウサギは角ウサギの倍の強さだが、かなり弱いモンスターでもある。そのモンスター相手に、「獣謳無刃」状態のガルドが、おどろおどろしいモンスターの姿になったガルドが本気で威したら、赤角ウサギなどの弱いモンスターはひと堪りもなかった。結果、10羽すべてがショック死となり、ガルドは「赤麗皮」を10枚入手できた。
とはいえ、ガルドの方法は便利と言えば便利だが、多用しすぎると暴走の危険性があるため、1日に限られた回数しか使えない奥の手を利用するため、1日1回くらいしかできない方法だった。
加えて複数の赤角ウサギに威嚇できるかどうかは運次第であるし、「獣謳無刃」状態になるまで赤角ウサギが逃げ出す可能性もあるため、費用対効果で言うと、だいたいトントンとなることが多い。そのときはたまたまうまく事が進んだために10枚もの「赤麗皮」を手に入れることができたというだけ。毎回大量に入手できるわけではなかった。
「俺のやり方は裏技みたいなもんだから、参考にはならん。だが、どんな方法でもオーバーキルさせずに1撃で倒せばいいという前提は変わらない。道はひとつだけというわけじゃない。結果は同じでもいろんな過程がある。そのことを踏まえて坊主にあった坊主だけのやり方を見つければいい」
ガルドの言葉は当たり前のことだった。だが、その当たり前がスッと心の中に染み込んでいくのをレンは感じた。
それからレンはいろんな方法を試して、「赤麗皮」を手に入れることを目指した。試行錯誤の時間はリアルで2日間だった。日数は短いが、様々な方法を試した結果、レンはつい先ほど「赤麗皮」を複数手に入れることができた。
だが、「赤麗皮」を手に入れることはついでだった。主な目的は「クリムゾンリザードの鱗」であり、「赤麗皮」はあくまでも道草を食っていただけのこと。その道草を食った結果が「赤麗皮」というのは端から聞けば理解できないことだろう。
「クリムゾンリザードの鱗」と「赤麗皮」のどちらが価値があるのかは言うまでもない。しかしレンにとっては「赤麗皮」はおまけでしかない。そのおまけを複数枚入手し、レンたちは階層を上がり、ボスフロアの前にある扉にとたどり着いたのだ。
ボスフロアの入口である扉は、赤い金属製の扉だった。
扉は触れると冷たく固い。その固さからしてかなり分厚そうだった。それでいて、とても重たい。試しに軽く押してみたが、扉はうんとも寸とも言わなかったのだ。その次に思いっきり押すと少しだけ動いたため、完全に開くためには相当の力が必要となりそうだった。
「これ、結構力がいりますね」
「本来ならクランのメンバー全員で押してやっと開くもんだからな。まぁ、圧倒的なSTRの数値があれば簡単だろうけどよ」
ガルドがこんこんと扉を叩きながら言った。その際レンの脳内では「うんしょ」と言いながら平然と扉を開けるヒナギクの姿が思い浮かんでいたが、あえて口にする気はレンにはなかった。
「とりあえず、今回は俺たちしかいねえから、2人てで押すぞ、坊主」
ガルドは左側の扉についた。レンは反対の右側についた。左右の扉にはそれぞれ赤い姿のドラゴンが描かれていたが、この先にいるのはドラゴンの幼体であり、いかにも強そうなドラゴンはいないはずだった。
(このドラゴンはなんなんだろう?)
レンは内心首を傾げつつも、ガルドの「いっせいの、せで押すぞ」という言葉に頷いた。
「それじゃ行くぞ、いっせいの──」
ガルドがかけ声をあげる。レンはガルドに合わせて息を大きく吸い込んだ。その動きに合わせてガルドは息を吐きながらも「せ!」と声をあげた。レンもほぼ同じタイミングで声をあげていた。
金属製の扉は、「ギギギ」と金属が擦れ合う音を立てつつもゆっくりと開いていった。
やがて金属製の扉は、大きく口を開けるように、いわゆる観音開きで開いていった。そうして開いた先には──。
「あれがクリムゾンリザード、か」
──細長い赤い舌を、ちろちろと伸ばす、全身を真っ赤な鱗で覆った5メートルはあるトカゲが中央で鎮座していた。
「そうだ。あいつの倒し方やアイテムの取得方法はわかっているな?」
「さんざん教えてもらいましから」
最上階に至るまでの道中でレンはクリムゾンリザードとの戦い方をガルドから教わっていた。耳がタコになりかねないほどに聞かされた戦い方を頭をのすみに過らせながら、レンはミカヅチをゆっくりと抜いた。
「じゃあ、ここからはアドバイスはまともにできんからな、それぞれにやるべきことをやるぞ」
「はい、もちろんです」
レンが頷くと同時にクリムゾンリザードは天に向かって咆哮をあげた。見た目は巨大なトカゲにしか見えないが、そこはやはりドラゴンの一種だった。びりびりと空気を震わす威圧感はさすがの一言だった。
(だからこそ戦い甲斐がある!)
クリムゾンリザードの咆哮を聞き、レンは闘志を燃やしていく。そんなレンにガルドは穏やかに笑っていた。
「やるぞ、坊主!」
「はい!」
レンはガルドの言葉に返事をした。そうしてレンとガルドのバディによるクリムゾンリザード戦は始まったのだった。
次回クリムゾンリザード戦です




