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19話 後悔するな

遅くなりました。

今回はレンがネガティブです

北の第2都市「ベルス」で工房を営むトロルから、「クリムゾンリザード」というドラゴンの幼体を狩猟して欲しいと頼まれたレン。


クリムゾンホワイトタイガーという強敵を倒したがゆえの高揚と油断があったために、安請け合いしてしまったと大いに後悔することになった。


そうしてゲーム内時間での翌日、レンはガルドとともに「ベルス」の北にあるダンジョン「赤い古塔」に舞い戻っていた。


「よぉし、今日からは最上階目指して突っ走るぞ、坊主」


がはははと高笑いするガルド。レンにとっては能天気にしか思えない姿だが、いろいろと考えているようにも見えるのが不思議である。実際のところはガルド自身にしかわからないことではあるため、本当に能天気なのか、それともそう見せているだけなのかは、いまひとつわからなかった。


「……大丈夫なんですかねぇ?」


「なぁに、軽い軽い!何度も言っているが、クリムゾンホワイトタイガーは「古塔」内で最強のモンスターなんだ。そのモンスターを狩れたんだから、ほかのモンスターなんざどうってこともねえさ!」


ガルドは高笑いしながら、レンの背中を叩いた。むせるほどに背中を叩くのは勘弁願いたいと思うも、どことなくガルドの雰囲気は父親のそれと似ていた。


だが、それをガルド本人に言う気はない。むしろそんなことを言えば、傷つけてしまうだけだった。「武闘大会」のときのタマモのように。


タマモは迂闊だったために、ガルドを傷つけたが、レンは分別ができると自称しているため、口にはする気はない。


だが、あまりにもむせられてしまった場合は、カウンターとばかりに言うつもりではあるが。


だが、それを踏まえてもガルドに対する悪感情が広がることはなかった。


むしろ触れれば触れるほど、ガルドへの好意が募っていく。もっともそれが恋に繋がることはないのだが。


(好きだけど、そういう意味じゃないしなぁ。むしろ恋だの愛だのはよくわからんし)


レンにはまた恋愛というものがよくわからない。ドラマや映画といった実写ものや、漫画や小説といった二次元のものを含めた架空の物語では、恋愛はつきものである。どんな物語であっても、恋愛という要素は少なからず存在するものだ。


レンとてそういう物語に触れて、キャラクターが幸せになって欲しいとは思うし、想い合っているのに別れが訪れる悲恋に胸を痛ませはする。


だが、それがこと自身の身に起きると考えた場合、どうにもうまく連想できなかった。


(まぁ、初恋もまだだしな、俺)


レンはまだ恋をしていなかった。とはいえ、年齢を踏まえたらそれも当然かなとはレン自身思うのだ。


まだ思春期に入ったばかり。恋愛関係が始まるのはここからと言ってもいい。冷静になって、理論的に考えると初恋がまだというのは、年齢を考えると別におかしなことではない。


むしろすでに初恋をしている方が早熟なのだとさえ、レンには思えてならない。


(でもヒナギクは、もうしているんだよなぁ)


そう、幼馴染みのヒナギクはすでに初恋をしているようだ。それも一方的な片想いだろうとレンは感じていた。


なにせ時折物思いに耽るような顔をしていることがある。そのときのヒナギクはまるでその手の物語に登場する恋する乙女のように見えた。


だが、それにしてはそういう影が見えないことから、おそらくは一方的な片想いをしているということになる。


(うちの幼馴染みに想われていることに気づかないとか、どんな唐変木だか)


ヒナギクは器量よし、家事万能、怒ると非常に怖いのは玉に瑕だが、有料物件だと自信を持って言える。


そのヒナギクからアプローチを受けているかどうかはわからないが、その想いに気づけないとか、とんだ大馬鹿野郎だとしか言いようがない。


(うちの幼馴染みのどこが気に入らないってんだか)


レンはいくらか不機嫌になった。ヒナギクほど理想の嫁に相応しい子はそういないのだ。


だが、その理想の嫁といえる子を袖に振るとはどういうことだろうか。


(……そいつボコボコにされたいのかな?うちの幼馴染みに惚れられているというのに、その気持ちに気づいていないとか、何様だっつーの)


非常にイライラし始めるレン。ヒナギクの片想いの相手がヒナギクの気持ちに気づかないというのは、レンにとっては許されざることである。


ヒナギクはレンの自慢の幼馴染みだった。その幼馴染みを泣かすことは万死に値する。


ゆえにレンはヒナギクの片想いの相手に対して殺気立っていた。


もっともいくら殺気立とうと、ヒナギクの片想いの相手をボコボコにすることはレンにはどうあっても叶わないことなのだが、そのことをレンは理解していなかった。


それはレンだけではなく、ヒナギク側も同じなのだが、幼馴染みゆえなのか、その感性が非常に似通っているため、双方ともに無自覚であった。


それが後に致命的な結果を生じることになるのだが、そのことをこのときのレンが知るよしもなかった。


知るよしもないまま、レンはひとり殺気立っていた。


「やる気があるのはいいが、少しばかり肩に力を入れすぎだぞ?」


ガルドの声が聞こえたのと同時に、レンの頭の上にガルドの大きな手が置かれた。ガルドは穏やかに笑いながら、レンの頭を撫でていた。


「まぁ、ドラゴン退治なんて普通は緊張するもんだ。今回の奴は慣れちまえばどうってことはないが、それでも緊張するのはわかるよ」


「緊張、していたんですかね?」


「俺にはそういう風にも見えたよ」


そういう風にも見えた、ということは別の見え方もしたが、緊張も含まれていたということだろう。緊張などしていないと言いたいところだが、緊張していたからこそ、妙なことを考えていたのではないだろうか。緊張していたからこそ、いつもは抑え込んでいる不安が頭をよぎったのではないだろうか。 いまはヒナギクのことを考えている余裕などないというのに。


「……まぁ、幼馴染みといってもいろいろある。昔は仲がよくてもいつかは離れちまうもんだ。幼馴染み同士で結婚なんてそうそうねぇよ」


ドキリと胸が鳴った。まさかヒナギクのことだと勘づかれるとは思っていなかった。


レンは慌ててガルドを見やる。ガルドはにやりと楽しげに表情を歪めていた。


「お、やっぱり、ヒナギクの嬢ちゃんのことか」


「……なんでわかったんですか?」


「ヒナギクの嬢ちゃんのことくらいかなと思ったからだよ。坊主が冷静さを失うのはあの子のことくらいだ。違うかい?」


「そんなことは」


「ないと言い切れるのか?」


「……それは」


なにも言えなかった。


ガルドの言うことは間違ってはいない。ヒナギクのことになると、冷静さを失ってしまうというのはレン自身わかっていることだ。


(……俺とヒナギクはただの幼馴染みなのに。なんでヒナギクのことになると冷静さでいられなくなるんだろう?)


昔から自覚はしていた。だが、その理由がいまひとつわからないのだ。なぜヒナギクのことだけは冷静でいられなくなるのか。


その理由がレンにはわからなかった。いくら考えてもわからない。


(……本当は嫁だのなんだのというのはやめるべきなんだろうな。嫌われたくないし)


ヒナギクを嫁だのなんだのとレンは口にするが、本当ならそんなことは口にするべきではない。ヒナギクに失礼だし、ヒナギクが好きになった相手に知られたらヒナギクに悪いだけだ。


それでも気づいたらいつもヒナギクは「俺の嫁だ」とレンは言ってしまう。そんな自分をレンは嫌悪していた。


だが、いくら嫌悪してもヒナギクを傷つかせかねないことを口にしてしまう自分が堪らなく嫌いだった。


ヒナギクにとってはいい迷惑だろうと思う。こんな面倒な幼馴染みなどただ重いだけだろう。だというのにその重さをヒナギクに対して発揮してしまう。どうすればいいのか、レンにはよくわからなかった。


「まぁ、いろいろあるもんさ。特に近ければ近いほど、わからねぇもんもある」


「わからないもの?」


「おぅ。人っていうのはな、大切なもんを見失いやすいんだよ。手を伸ばすと掴めたのに、掴めないまま、そのまんまってこともある」


「そのまま……」


「……俺は具体的にどうしろとは言えねえし、言う気もねえ。ただ、うかうかしているのはよくねぇぞ?大切なもんを盗られまうからな」


ガルドの手が頭から離れた。なにを言えばいいのかはレンにはわからないし、どうすればいいのかもわからなかった。


「……余計なことを言ったな。だが、ひとつだけ言わせてくれや」


「なんですか?」


「……後悔するようなことはしない方がいいぜ?」


ガルドはレンをまっすぐに見つめながら言った。その言葉にレンはただ頷くことしかできなかった。


「さぁて、それじゃさっさと最上階に行くとするか。ただし油断はすんなよ?」


「……はい、わかっています」


「そうか、ならいい」


ガルドは笑いながら、肩に斧を担いで進んでいく。その後を追いかけながら、レンは「後悔するな、か」と呟いた。


その呟きは不思議と胸いっぱいに広がっていった。いままで感じたことのない苦味を伴った感情に困惑しながら、レンはガルドの後を追いかけていった。

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