18話 ドラゴン狩り
遅くなりました←汗
「──ほっほーう?クリムゾンホワイトタイガーとは、こいつはまたとんでもねぇシロモノだなぁ」
トロルは目をキラキラと輝かせながら、テーブルに置いた素材を見つめていた。
テーブルの上にあるのは、クリムゾンホワイトタイガーのドロップアイテムである「紅白虎の艶毛皮」、「紅白虎の鋭牙」、「紅白虎の血爪」、「紅白虎の殴尾」だった。
ちなみに「紅白虎の艶毛皮」はクリムゾンホワイトタイガーのレアドロップとなる。通常ドロップは「紅白虎の毛皮」でレア度は5だが、「艶毛皮」のレア度は6になる。
これらのドロップアイテムはすべてレンの所蔵しているものだ。
レア度の6のアイテムなどいままで見たことがなかったレンは、驚きを隠せなかったが、ガルドは「運がいいじゃねえか」と笑っていた。笑いながらドロップアイテムをすべてレンにと渡したのだ。
はじめは理解できなかったレンだったが、慌てて固辞した。ひとりで得たものじゃない。ガルドがともに戦ってくれたから得たものだと言ったのだが、ガルドは「いいから取っておけ」の一点張りであった。
最終的にレンは押しきられてしまった。ガルドが退く気配はなかったため、レンが退くしかなかったのだ。
そうして手に入れたクリムゾンホワイトタイガーの素材をすべてトロルに提供した。その提供された素材をトロルは興奮した様子で見つめていた。
そんなトロルを見やるレンと、興味深そうに工房内を見渡すガルド。
「赤い古塔」からふたりは「ベルス」に来ていた。理由はクリムゾンホワイトタイガーのドロップアイテムを加工するためである。
というのも「ビレッジオブクリムゾン」内にもプレイヤーが開く加治師──それなりに腕が立ち、良心的な──があるのだが、そこでは加工できないと言われたためである。曰く職業レベルが足りないらしい。特に毛皮の加工ができないようだ。爪や牙であれば、それなりにできるようだが、質が劣化しかねないし、尻尾に至ってはどうすればいいのかがまるでわからないそうだ。
それでもやろうと思えばできるかもしれないが、下手をすればゴミになりかねないので、引き受けられないと、鍛冶師のプレイヤーは申し訳なさそうに頭を下げていた。
だが、レンたちからすれば、正直に自信の力量が足りないと言ってくれたこと、ドロップアイテムを横流しもできるだろうに、安易に引き受けなかった点はとても好ましかった。
それにはっきりと無理だと言われているのに、強引に依頼を引き受けさせるというのは、あまり気が進まなかった。
ゆえに鍛冶師のプレイヤーに頼むのは諦めた。
だが、そうなると誰に頼むべきかと考えたとき。レンは「ベルス」で会った武具狂いの職人のことを思い出した。そう、トロルのことだ。
トロルの腕前はミカヅチを研いでくれたことで知っていたし、それに珍しいアイテムを加工することにも請け負ってくれそうだった。
となれば、善は急げとレンはガルドを連れて、「ベルス」にあるトロルの工房へと向かい、こうしてトロルにクリムゾンホワイトタイガーの素材の加工を依頼していた。
「どうにかなりますか?」
「もちろん!クリムゾンホワイトタイガーなら何度も装備を作っているからな。この毛皮の大きさからして、服系の装備ならレンさんのサイズでも2着分は作れるぜ。まぁ、それでも余るけど」
「余り?」
「おう。子供くらいのサイズになるが、上着なら作れる」
「子供サイズ」
つまりクリムゾンホワイトタイガーの毛皮で大人サイズが2着と子供サイズの上着が1着分作れるということ。
ちょうど「フィオーレ」のメンバー分の材料があるということになる。
(紡績職人さんには悪いけど、装備更新のチャンスだな)
「通りすがりの紡績職人」が仕立ててくれた装備は最高品質だが、ただの絹糸から作られたもの。レア度もそこまで高いというわけではない。
それに比べてクリムゾンホワイトタイガーの毛皮は、通常のものでもレア度は5となるが、艶毛皮であればレア度は6になる。
いくら「通りすがりの紡績職人」が凄腕であろうと、元の素材のレア度がまるで違うのだから、いまの装備よりも高性能な装備が作られることだろう。ゆえにレンに迷いはなかった。
「じゃあ、子供サイズを含めて3着分仕立ててもらえますか?」
「おう、いいぜ、と言いたいところだが」
トロルは胸を叩きながら請け負うと言おうとしてくれたが、なにやら思案顔で唸った。そして申し訳なそうに言った。
「請け負うのはいいんだが、どうせならもう少し上を目指す気はねぇかい?」
「もう少し上、ですか?」
トロルが言いたいことはなんとなくだがわかる。要はもっと性能をよくしようということなのだろうが、具体的にはどうすれば性能が向上するのかがわからない。
「クリムゾンホワイトタイガーの毛皮を鞣して加工するのであれば、レンさんのいまの装備の3倍、4倍くらいの防御力にはなるが、特殊な効果はない。クリムゾンなんて名を付けているが火属性の力はほとんどねぇんだ。実際、クリムゾンホワイトタイガーは火属性の魔法は使っていなかっただろう?」
「そう言えば」
レッドタイガーも魔法を使っていなかったので、その上位種であろうクリムゾンホワイトタイガーも魔法を使わないのだろうとレンは思っていた。
もっともレッドタイガーの場合は、火属性の魔法が使うかどうかはわからない。最初の一合で首を落としたので、レッドタイガーが状態異常に弱いことしかレンは知らない。なので、レッドタイガーが魔法を使うかどうかはわからなかった。
それにトロルの言うとおり、クリムゾンホワイトタイガーは、魔法を使わずに肉弾戦だけで戦っていたので、てっきり名前は火属性だが、火属性の魔法は使わないタイプなのだろうと思っていたが、トロルの口調からしてもともと魔法は使わないモンスターなのかもしれない。
「クリムゾンホワイトタイガーは火属性のような名前だが、実際は火属性じゃねえのさ。火への耐性は持っているが、それが素材にも現れるわけじゃない。むしろ名前負けみたく、素材には現れねえのさ」
「そうなんですか?」
「あぁ、防御力は高いし、動きも阻害はされないが、ほかにこれと言ったものはない。だからこそ、火耐性を付与できる素材と合わせたい」
「付与できる素材と言うと?」
「あぁ、なるほど。アレならちっと苦労はするが、現実的なラインだな」
それまで黙っていたガルドが頷いた。どうやらガルドにはは、トロルが言う素材に心当たりがあるようだった。
(「古塔」で手に入る素材かな?)
現実的に手に入るラインの素材とガルドは言っていた。
つまり近場で手に入る素材であり、レンとガルドであれば苦労はしない場所。思い当たるのは、「古塔」だった。
「古塔」の内部で手に入る素材であれば、近場であるし、レンとガルドならばさほど苦労はしない。
なにせ「古塔」に出現するモンスターの中で最強であるクリムゾンホワイトタイガーを狩猟したのだ。であればだ。「古塔」のモンスターならば、そこまで苦労することなく狩猟することはできるだろう。
ただガルドが「ちっと苦労する」と言った意味がいまひとつ理解できなかった。
(なかなか現れないモンスターとかかな?)
いわゆるレアエネミーという存在であれば、苦労するというのも理解できたし、トロルが申し訳なさそうにしていたのもわかる。
なかなか現れないモンスターの素材を持って来いというのだから、その反応も頷ける。
「どんなモンスターですか?いくらでも狩ってきます」
レンは何気なくそう言った。その言葉にガルドが楽しそうに「にやり」と口元を歪めた。対してトロルは「すまねぇな」と頭を下げていた。
(なに、この両極端な反応?)
とても嫌な予感がするレン。
しかしすでに賽は投げられていた。いや、みずから投じてしまっていた。そのことを若干後悔するレンに、トロルは申し訳なさそうにしながらもそのモンスターの名を告げた。
「クリムゾンリザードというモンスターの鱗が欲しい。数は多ければ多いほど助かる」
トロルが告げたモンスターの名には、聞き覚えはなかった。
だが、リザードという言葉の意味は知っていた。直訳すると「紅いトカゲ」となる。紅は火属性という意味なのだろうが、問題はトカゲという部分である。
(……トカゲと言うと、アレが真っ先に連想するんだけど。違う、よね?)
レンの頭の中では、ある種族が浮かんでいた。たしかにその種族であれば、「紅いトカゲ」というのも納得できる。そもそも鱗に火属性の力が宿っているというのも納得できるのだ。
だが、まさかと思う。いくらなんでも駆け出しのプレイヤーにあの種族のモンスターを、誰もが知っている固有名詞はついていないが、同種族のモンスターを狩って来いとは言わないだろうとレンはすがった。すがるしかなかった。
だが、現実はタマモだけではなく、レンにもまた厳しかった。
「なぁに、ドラゴンと言っても劣等種の幼体だから、軽い軽い!」
ガルドが笑いながら言った。その際レンの背中をおもいっきり叩いてくれた。思わず蒸せってしまうレンだったが、ガルドが口にした種族名にわずかだが固まってしまった。
「ドラゴン?」
「おう。クリムゾンリザードは「古塔」の最上階、ボス部屋に陣取っているドラゴン系のモンスターのことだよ」
ガルドは笑っていた。だが、レンには笑えなかった。むしろ「あぁ、やっぱり」としか思えず、レンは涙目になった。
しかしガルドは止まらない。止まらないまま、レンにとって引っ込みがつかなくなる一言を告げてくれた。
「なぁに、軽い軽い!むしろ坊主の知り合いのテンゼンさんなら軽く狩れるんじゃないか?」
ニヤニヤと笑うガルドの言葉は、レンの琴線に触れた。たしかにテンゼンであれば、ドラゴンの劣等種の幼体であれば、簡単に狩れてしまいそうだ。そもそもレンが苦労して狩ったクリムゾンホワイトタイガーさえも瞬く間に首を飛ばすだろう。
クリムゾンホワイトタイガーには勝てた。なら次はクリムゾンリザードというドラゴンの幼体というのはおかしくはない。ステップアッフしていくというのであれば、そういう順序になってもおかしくはないのだ。
「それに修行というのなら、これ以上とない相手だろう?違うか、坊主?」
ぐうの音も出ないというのはまさにこのことか。ここには観光に来たわけではない。強くなるための修行に来たのだ。
であれば、強い相手と戦っていくのは当然のこと。弱い相手と戦い続けて強くなれるわけがなかった。弱い相手と戦って得られるのは、ただの自己満足だけ。そんなものはレンは求めてなどいない。ゆえに答えは最初から決まっていた。
「……ガンバリマス」
数分前の自分を殴り飛ばしたいと思いつつも、レンは頷いた。
その後ガルドが「さすがは嬢ちゃんの仲間だ」とか言っていたが、うろ覚えだった。だが少なくともタマモはドラゴン狩りをこのゲームで経験していないはずだった。それでさすがはと言われてもなんとも言えなかった。
なんとも言えないまま、レンはガルドとともにドラゴン狩りをすることになったのだった。




