17話 決着
今日は久しぶりに正午更新ができました。
……いつもサーセン←汗
剣が煌めき、牙が唸りを上げる。
そのたびに血潮が吹いた。どちらのものなのかはわからない。すでにお互いのそれが混ざりあっていた。
そうしてレンとクリムゾンホワイトタイガーは何度も交錯しながら、お互いに少しずつダメージを蓄積させていた。
だが、レンよりもクリムゾンホワイトタイガーの方が、体力という意味でも有利だった。
そのうえ切り返しの仕方の違いにより、止まらないと切り返しができないレンと、そのまま切り返しができるクリムゾンホワイトタイガーとでは、体力の消費はレンの方が多かった。
もし「古塔」内でなければ、レンの方が有利だっただろうが、「古塔」内という閉鎖空間ではクリムゾンホワイトタイガーの方がはるかに有利。
レンは三重の意味でクリムゾンホワイトタイガーよりも不利な状況に追い込まれてしまっていた。そんなレンとクリムゾンホワイトタイガーの戦いを見守りながら、ガルドはどうするべきかを考えていた。
(どうする、坊主?そのままじゃじり貧だぜ?)
すでに状況は不利になっている。だが、レンは諦めることなく何度となくクリムゾンホワイトタイガーと交錯していた。
だが、いまのところ打開策はなにもない。それでもレンはまっすぐに駆け抜けていく。
(坊主の有り様は好ましいんだが、このままだとテンゼンさんの頼みを無視してしまうな)
個人的にもレンは好ましかった。だからこそ助けてあげたいとガルドは思う。加えてテンゼンから個人的な頼みをされていのだ。
(……そろそろ介入した方がいいよな。代わりに見守っているんだからよ)
そう、テンゼンの頼みとは、テンゼンの代わりにレンを見守っていてほしいとのことだ。
なぜ自分がとガルドは思ったが、テンゼンは「あなたなら安心して預けられる」と言って頭を下げたのだ。
まるで人の話を聞こうとしていなかったが、その頭を下げた姿からはレンへの隠しとおせない想いが込められていた。
そもそも本当に嫌っているのであれば、頭を下げることなどしない。
頭を下げられるということは、テンゼンが妹であるレンを心の底から愛しているということに他ならない。
その最愛の妹と敵対する道を選んだ兄。その姿を見て、あれこれと理由をつけて断る気にはなれなかった。ガルドが言えたのは、「わかった」という一言だけだった。
そんなテンゼンからの頼みを受けたのだから、そろそろ介入するべきだろう。これ以上は危険だとガルドが考えた、そのとき。
「ガルドさん!次で決めます」
レンが叫んだのだ。思わぬ一言だったが、ガルドはただ頷いた。同時に状況も動いた。
クリムゾンホワイトタイガーがレンに向かって駆け抜けたのだ。それもいままでよりも速く。まるでいままでは手を抜いていたというかのように、その動きからは狡猾さを感じられた。
そんなクリムゾンホワイトタイガーにレンは、ただ駆け抜けていく。
黒い雷を纏いながら、ただ駆け抜けるレン。いくらか上向きすぎる気がするも、現状では大した違いはない。
(特攻するつもりか!?)
クリムゾンホワイトタイガーの狡猾さを見ても、躊躇いなく駆け抜ける姿に、レンが特攻を、自爆じみた特攻を仕掛けたのだとガルドは思い込んだ。
「待て、坊主!」
ガルドが声を掛けるが、すでにレンはクリムゾンホワイトタイガーにと向かっている。止めることはできない。
介入するしかないとガルドは思ったが、その瞬間、ガルドの上をレンが通りすぎようとしたとき、レンと目が合った。ガルドを見つめる、レンと目が合った。それはほんの一瞬だったが、たしかにガルドは見た。そしてわかった。
(違う。これは自爆じゃない!)
ガルドに視線を送っていたレン。その目は遮二無二とか、破れかぶれというわけではなかった。
しかし自信に満ち溢れているというわけではない。
むしろ不安があった。その不安を圧し殺しながら、自身を奮起させている、これから大勝負に挑む者の目をしていた。
(……自爆じゃないとしたら)
考えられることは、これがレンの策であるということ。ただし、策と言えるようなスマートなものではないだろう。
策であれば、もっと自信があるだろう。レンの目にあったのは、不安を圧し殺し、みずからを奮い起たせようとする意思だけ。ひと欠片の勇気だけだった。
策と言えるような上等なものではなく、もはや博打としか言いようのないもの。だが、勝算のある博打なのだろう。その証拠に口元が笑っていた。命懸けの大勝負。そんな大勝負を仕掛けているのに笑っていられるレンは、普通とは言いがたい。だが──。
「がっはっはっは!」
──その普通とは言いがたいレンを、ガルドはたまらなく気に入ってしまった。
(いいねぇ!こういうバカな奴は大好きだぜ!)
分は悪いかもしれない。だが、その分の悪い賭けに全力で挑む姿こそ尊い。そう、「武闘大会」でのタマモのように。そのタマモと同じクランであるレン。そんなレンに笑いながらガルドは称賛を贈った。「さすがは嬢ちゃんの仲間だ」と。
ならば、ガルドのするべきことは分の悪い賭けに挑もうとしているレンに全チップを預けることだけだった。
それゆえの笑い。ガルドもまた覚悟を決めたのだ。
その笑い声にクリムゾンホワイトタイガーは、何事かとガルドに視線を向けた。向けるべきではない相手にと視線を向け、背けるべきではない相手から視線を背けてしまった。
その瞬間レンが吼えた。
びりびりと空間が震えるほどの声量だった。クリムゾンホワイトタイガーは弾かれたように視線を向けるが、すでに遅い。
レンはいままで以上に加速していた。クリムゾンホワイトタイガーだけではなく、レンもまた温存していたということだった。
(……なんて奴だ)
お互いに切り札を隠していた。だが、先にクリムゾンホワイトタイガーは切り札を切った。それに合わせてレンもまた切り札を切ったのだ。切り札を先に切らせたという意味では、レンが有利だった。
この局面になって、レンは初めて有利になった。
その有利を手放すことなく、レンはミカヅチを振るう。ミカヅチの刀身は、クリムゾンホワイトタイガーに肉薄した。下から掬い上げるような軌道だった。加えて絶妙な位置にレンはいた。
(上向きだったのはこれが狙いだったのか)
レンの体はクリムゾンホワイトタイガーの上空にあった。
クリムゾンホワイトタイガーの巨体を以てしても届かない距離にレンはいた。
クリムゾンホワイトタイガーの目が見開かれた。
だが、見開かれてもすでに迎撃はおろか、回避も不可能な状況に追い込まれていた。
(決まった、な)
すでに上空にいるクリムゾンホワイトタイガーでは、もう回避は無理だろう。あのままミカヅチに首を落とされておしまい。そうガルドが確信した、そのとき。
「っ!?」
クリムゾンホワイトタイガーの口元が「ニイィーっ」と歪んだのだ。
まるで「そうなるのを待っていた」と言うかのようにだ。
次の瞬間にはクリムゾンホワイトタイガーの体がなぜか後ろに倒れた。いや、上体を反らしたことで空中で回転したような形になったのだろう。結果ミカヅチの刀身は空を切った。レンは無防備な体勢になっていた。そんなレンにとお返しとばかりに、クリムゾンホワイトタイガーの太い尻尾が棍棒のように振り抜かれた。
「坊主!」
ガルドは叫ぶ。だが、もうなにをしても間に合わない。すでにクリムゾンホワイトタイガーの尻尾はレンに肉薄していた。もう間もなく、棍棒のような尻尾がレンの体に直撃して──。
「にひ」
「え?」
──直撃してレンの体を地面に叩き落とすはずだった。
だが、迫り来る尻尾を見て、レンは口元を大きく歪めて笑った。
なぜそこで笑うのか。ガルドは理解できなかった。できないまま、レンの本当の狙いを知ることになった。
レンはその場でくるりと回転した。クリムゾンホワイトタイガーの尻尾の動きに合わせて、その衝撃を受け流すようにして回転したのだ。
その光景はクリムゾンホワイトタイガーがレンの掬い上げるような一撃を回避したときと同じだった。
クリムゾンホワイトタイガーがレンに尻尾でのカウンターを放ったように、レンもまたクリムゾンホワイトタイガーにとカウンターを狙っていた。それも特有の部位に対して、だ。
(……そうか、嬢ちゃんと同じクランなんだ。そこのことは最初から折り込み済みか)
ミカヅチの刀身はきらめきを放ちながら、空中で体勢を戻したクリムゾンホワイトタイガーの尻尾に向かっていく。
そう、レンの狙いは尻尾の切断。尻尾は動物によっては意図が異なるが、クリムゾンホワイトタイガーのように猫科の動物であれば、バランスを保つための重要な器官である。
だが、狙うのは脚よりも難しい。絶えず相手より速く動き、背中に回る必要がある。
だが、脚よりも相手のガードが薄い部分でもあった。なにせ相手にとっては真後ろにあるものだ。常にそちらを意識しているわけがない。
その尻尾にレンは一点集中していた。同じクランであるタマモで言えば、尻尾こそが彼女の最大の武器であり、その獰猛さの象徴だった。
さすがにタマモほどの武器というわけではないだろうが、クリムゾンホワイトタイガーにとってもそれなりの武器となる可能性がある。
であれば、その武器を封じることを真っ先に行うべきだとレンは考え、実行していた。
そしていまレンの一撃が吸い込まれるように長くうねる尻尾にと放たれた。そして──。
「っ!?」
──クリムゾンホワイトタイガーの口から声にならない叫びが上がった。棍棒のようだった尻尾が根元近くから切り裂かれ、地面にと落ちたからだ。
バランス器官である尻尾を根元近くから切り裂かれたクリムゾンホワイトタイガーは、それまでの動きが嘘であったかのように地面に体を叩きつけた。
「ここだ!」
同時にガルドはクリムゾンホワイトタイガーの右の前脚にと「歴戦の重斧」を叩きつけた。骨を断った感触が伝わり、右の前脚が宙を舞った。
「ガァァァァーっ!?」
クリムゾンホワイトタイガーが悲鳴を上げた。バランス器官である尻尾と高速機動の要である脚を失い、クリムゾンホワイトタイガーは地面に体を突っ伏した。
バランスが取れないうえに、片方の前脚を失ったことで立ち上がることができなくなってしまったようだった。
「ガルドさん!」
不意に影が射した。見上げればレンが空中にいた。ミカヅチを大きく振りかぶり、その目はクリムゾンホワイトタイガーの首にと向けられていた。
クリムゾンホワイトタイガーの首回りは、分厚い筋肉に覆われていた。さすがのガルドでも渾身の力を込めねば難しい。しかしさすがにそれまでの時間はない。
それはレンも同じだ。さきほどの速さならば、落とすことはできただろう。
だが、いまのレンは雷を纏っていない。飛び上がり、ただ振り下ろすことしかできないようだ。
お互いに決め手に欠ける。もう少し時間があれば、ガルドなら仕留められる。
だが、クリムゾンホワイトタイガーは撤退しようと地面を這いずっていた。その姿からは、先ほどまでの強者の雰囲気はない。
だが、なにがなんでも生きようとする、その姿はとても尊かった。
とはいえ、見逃す気はない。見逃してより凶悪なモンスターに進化される前に、ということもあるが、単純に楽にしてあげたかった。
それはレンも同じだろう。その目には憎悪はなく、ただ穏やかな光を宿していた。慈しみさえ感じさせる優しい目がクリムゾンホワイトタイガーにと注がれていた。
「……合わせる。楽にしてやろう」
ガルドは静かに言った。レンは「はい」とだけ言った。
ガルドはクリムゾンホワイトタイガーの首を下から掬い上げるようにして重斧を振るった。首から「ゴキッ」という鈍い音がした。クリムゾンホワイトタイガーの目が痛みにより見開かれた。
そこにレンのミカヅチの大上段からの振り下ろしが吸い込まれるように放たれた。
上と下。二つの方向からほぼ同時に放たれる斬撃はクリムゾンホワイトタイガーの肉を裂き、骨を断った。
くるくるとクリムゾンホワイトタイガーの首が宙を舞い、首を失った体は一瞬硬直してから、ゆっくりと地面にと倒れ伏した。首を失った体からは真っ赤な血が溢れていく。同時にその体は光となって消えると、紅と白のまだら模様の毛皮、鋭く長い牙、分厚い爪、そして棍棒のような尻尾がその場に残された。
「勝ったな」
「はい」
達成感はあった。
わずかにしか戦闘に参加していないガルドでも達成感が胸に広がる。
だが、レンの目には達成感はなかった。切なさそうに顔を歪めている。
「そんな顔をしたらこいつに悪いだろう?胸を張れ」
「……はい」
レンは頷いた。
頷いてからドロップアイテムを残したクリムゾンホワイトタイガーにと手を合わせて黙祷していた。ガルドはレンに合わせて黙祷を捧げた。
(ゲーム内とはいえ、命を奪ったんだ。祈りくらいは捧げるべきか)
命を奪ったとはいえ、ゲームのことだ。実在しない者のために黙祷するなど意味のないことだと思う一方で、だからこそ黙祷するべきだとも思っていた。
実在しない命のために黙祷するなど意味がない。たしかにその通りだ。だが、それは感覚が麻痺しているということではないだろうか。
ガルドの手にはクリムゾンホワイトタイガーを骨を断った感触が残っていた。バーチャルリアリティだからこそだろうの感触だが、命を奪ったということには変わらない。
たとえゲームの中で、いくらでもポップするモンスターとはいえ、自分たちがついさきほどまで生きていた存在を殺したという事実は、誰にも否定できないことである。
いや否定してはいけない。自分たちはいまたしかに命を背負ったのだということに。
(……まぁ、そんなことをいちいち考えていたら、この先保たないだろうが)
その一方でゲーム内で命を背負ったということを気にしていたら、この先は進めない。しょせんはゲームであるということもまた間違いではない。
(……まぁ、いまくらいはいいだろうさ)
ちらりとレンを見やる。静かに祈りを捧げる姿は、聖女という言葉がよく似合っていた。……中身は非常に男らしいということに目を瞑ればだが。
(テンゼンさん、あんたの妹は大した子だよ)
いまはいないテンゼンに語りかけながらガルドは、クリムゾンホワイトタイガーにと黙祷をした。
こうしてレンとガルドはバディを組んだ最初の戦闘で大勝利を挙げたのだった。




