15話 乾坤一擲
ギリギリだぁ←汗
紅と白の風が駆ける。
対抗するのは黒い雷。
閉鎖された、調度品が置かれた真っ赤な廊下の中で風と雷は何度もぶつかり合っていた。
時に離れ、時に交錯する。その度に硬質的な音が、鉄同士がぶつかり合う音が連鎖的に響いていく。
本来なら風よりも雷の方が圧倒的に速い。
風は風速何メートルという程度だが、雷は秒間30万キロメートルという途方もない速さで移動する。音であれば300メートルほどだが、それでも風よりも速い。
ただ風と雷というのはセットで扱われることが多い。日本で言えば、風神雷神という鬼神が有名だろう。対を為す形で描かれた二体。実際の自然現象からしてみれば、対を為すとは言えない。
だが、風と雷というセットないし対を為すものと考えられがちである。
その風と雷が駆け抜けていた。天井や壁といった本来であれば、足場にならない場所を足場にして三次元的に風と雷は駆け抜けていく。
だが、それらは自然現象ではなく、ひとりのプレイヤーと一体のモンスターが戦っている光景であった。
黒い雷こと「雷電」という高速移動スキルを用いているプレイヤーがレン。
対して紅と白の風となっているのが、クリムゾンホワイトタイガーという虎系のモンスターだった。
ひとりと一体の戦いは一進一退の攻防となっていた。
レンのプレイヤーとしての力量は、初期組ながらも大抵のベータテスターたちよりも上である。つまりは上位プレイヤーに食い込めるほどはある。
それは幼い頃から実家で兼業で経営していた道場で鍛えていたということと、その手に持つSSRランクの「ミカヅチ」の存在が大きい。
ただどんなに強力な武具があろうとも、使い手の力量が伴わなければ意味はない。豚に真珠、猫に小判というところ。
その点、レンは武具も一流だが、使い手も一流である。そう言えるだけのプレイヤースキルがレンにはあった。それが前述した実家の道場で幼い頃から鍛えていたというのが理由の一如ではある。
加えて言えば、レンの兄であるテンゼンと、レンの長兄の親友というふたりの師に鍛えられたということも大きな理由だろう。
ふたりの師の教えにより、レンは同年代では敵わない戦闘力を持っていた。
もっとも平和な日本では、そんな力を持っていても意味はないのだが、その無意味な力が、しごき抜かれたがゆえに身につけた力があるからこそ、レンは一流プレイヤーの一員となっていた。
ただいまのレンはあくまでも一流でしかない。……その一流になること事態が大変なものではあるのだが、レンの目指すのは一流を超えた、ごく一部のプレイヤーと肩を並べることだった。
現在のレンでは、ごく一部のプレイヤーにはまだ敵わない。そのごく一部にはレンの兄であり、ベータテスターではないテンゼンはもちろん、レンがバディを組んでいるガルドもまた含まれていた。
そのガルドはレンとクリムゾンホワイトタイガーとの戦いを見守っていた。端から見れば、レンとクリムゾンホワイトタイガーのやり取りを見ていないとしか見えないだろうが。
ガルドは「歴戦の重斧」を掲げるようにして持ちながら、まぶたを閉じて深呼吸を繰り返していた。ガルドのまぶたはレンがクリムゾンホワイトタイガーと高機動戦を始めてすぐに閉ざされた。
ガルドはレンを信じた。レンがクリムゾンホワイトタイガーを叩き落とすことを信じ、ガルドはガルドのするべきことに、叩き落とされたクリムゾンホワイトタイガーを仕留める一撃を放つことに集中していたのだ。レンが必ずクリムゾンホワイトタイガーを叩き落とすと信じたうえでだ。
(ガルドさんは集中しているな)
ちらりと眼下を見やると、ガルドは高機動戦には目もくれていなかった。
ただ自分の仕事を遂行することに集中しているようだった。
(仕事人って感じだな)
ガルドは見た目がややおっかないが、自身がなすべきことをきちんと理解していた。そのうえで、自身の仕事を完遂することに集中していた。
レンがクリムゾンホワイトタイガーに負けることなど欠片も考えていない。それはレンにとってはプレッシャーであるものの、これ以上とない声援でもあった。
(信じてもらえているのに、裏切れないよな)
クリムゾンホワイトタイガーは強い。ガルドやテンゼンには劣るだろうが、レンにとってはいくらか格上の相手だった。
クリムゾンホワイトタイガーは風のように速い。だが、レンはそれよりも速いはずの光速で移動していた。それでも互角なのだ。いや、そこまでしてようやく互角である。
レンは全力で戦っていた。それはクリムゾンホワイトタイガーとて同じだろう。
だが、地力で言えばクリムゾンホワイトタイガーの方が上だ。スピードもパワーもあちらの方が上である。
ただ技術やスキルという点では、レンに軍配が上がる。
だが、技術やスキルを踏まえてもややクリムゾンホワイトタイガーの方が優勢だった。
ほんのわずかな差だが、そのわずかな差が徐々に積み重なっていくことをレンは気づいていた。
というのもクリムゾンホワイトタイガーの方が滑らかなのだ。
レンの「雷電」での移動は最高速という意味なら、クリムゾンホワイトタイガーを圧倒する。そう、なにもない平地であれば、だ。
しかし現在レンたちがいるのは「紅い古塔」の内部だ。閉鎖空間という条件に加え、調度品という本来ならそうはならないはずのものが障害物となって、レンの行動をやや阻害していた。というのもレンの移動は速すぎるのだ。光の速さで移動するのはいいが、その移動はその速さゆえにか直線的な軌道になっていた。その速さでの移動では、閉鎖空間内においてはかえってやりづらいのだ。
これがレッドタイガー戦のように、屋外であれば問題はなかった。
しかし限りある空間では、レンの動きには制限がついてしまう。
切り返すために一度止まる必要があるのだ。でなければもう何回壁をぶち破っているのか、定かではない。
それでも本来であれば、その程度のことはなんの問題もない。
しかし現在レンが戦っている相手は、その程度のことであっても死活問題となる相手だった。
クリムゾンホワイトタイガーの危険度はC-。位階で言えば3段階目となる相手だった。
3段階目というと、タマモが向かった「死の山」に生息するモンスターたちとと同じだった。もっともあちらはアベレージが3段階目であって、「古塔」のように最強が3段階目というわけではないのだ。
それでもクリムゾンホワイトタイガーが、3段階目に位置することは事実である。
そんなクリムゾンホワイトタイガーの動きは、とても滑らかだった。野性の獣はかくやと言うべきか、止まることなく滑らかに天井や壁を駆け抜けて突っ込んでくるのだ。
その動きは非常にスムーズかつ滑らかである。レンのように止まるわけではない。すべての動きが連続しており、切り返しが非常に速かった。
一度止まってから切り返すのと、止まることなく切り返すこと。どちらがより優位なのかは考えるまでもない。
それでも最高速の差とプレイヤースキルという二点において、レンはクリムゾンホワイトタイガーと拮抗していた。が時間の問題であることは誰の目にも明らかだった。このまま続けていてもいずれ押し込まれることは、レン自身理解していた。
交錯するたびにレンとクリムゾンホワイトタイガーは、それぞれにダメージを負っていた。ともにかすり傷だが、レンはそれに加えて止まるためにスタミナも消費している。
このまま行ってもジリ貧であることはわかっていた。わかっているが、どうしようもないことだった。
いや、正確に言えばやりようはあった。ただそれは乾坤一擲の策となる。うまく行けば勝ちが決まる。だが、下手を打てばそれで終わりだ。ハイリスクだが、ハイリターンな作戦となる。
普段のレンなら決して行おうとは思えない。
だが、このままでは勝てないのであれば、ギャンブルを行うしかなかった。
(兄ちゃんが聞けば、未熟者とか言われそうだ。でもこれしかないんだ)
レンは頭の中で兄テンゼンに説教されつつも、覚悟を決めた。
「ガルドさん!次で決めます!」
レンはガルドにそう叫んだ。ガルドはなにも言わない。だが、静かに。そう、静かに自身の武器を強く握りしめた。それが了承だとレンは判断し、相手を見やる。
クリムゾンホワイトタイガーはすでに切り返し、突進を行っていた。
このまま負けじと突進しても、同じことの繰り返しだった。そうならないための策。乾坤一擲の勝負だった。
「行くぞ」と小さく声を出しつつ、レンはクリムゾンホワイトタイガー目掛けて突進した。




