13話 名の由来
また遅くなりました←汗
加えて今回はわりとホラーチック?
まぁ、怖くないですけども←ヲイ
扉が開いた。
最初は「ズッズッズッ」と地面を擦るような音だったが、途中からは音はなくなり、扉はあっさりと開いていった。
そうして扉が開くと、真っ先に目に入ったのは一面の赤だった。
そばの壁も一歩踏み込んだ先の天井も、その先の深奥も含めてすべてが見渡す限りの赤だった。
壁には松明が掛けられており、その松明の光によって周囲は明るく、見通しも悪くはないため、なにがあってもすぐに反応はできそうである。
塔の内部というよりも、城や洋館の廊下とでも言うべき出で立ちだった。
もっとも廊下にしては、なにからなにまで赤で統一されすぎていて、非常に落ち着かないものになってしまっているのだが。
「名前の通りなんですね」
レンはぽつりと呟きながら周囲を改めて見渡した。
「古塔」はその名の通り、内部は真っ赤だった。壁から天井に至るまですべてが真っ赤に染まっている。所々に坪や絵などの調度品のようなものも置かれているが、それらもまた赤である。
ただ床に敷かれている絨毯だけは、他とはやや異なっていた。
とはいえ、絨毯もまた赤色ではあるのだが、その赤は普通の赤とは異なり、いくらか黒ずんでいる。ただ元の色が赤であったことはわかる。
(踏まれて黒ずんだのかな?)
考えてみればプレイヤーたちの靴は、泥などで汚れているのだ。その靴で絨毯を踏みしめれば、どんな色であっても黒ずんでしまってもおかしくはない。
元は見事な赤い色だっただろうに、とかつての姿に想いを寄せつつもレンは周囲の確認を引き続き行っていく。
そうして「古塔」の内部を興味深く見つめるレンだが、その姿はお上りさんのように見える。レンの隣では、ガルドが笑っていた。微笑ましいものを見ているような穏やかな表情でだ。
ガルドの顔立ちは厳ついものだが、その厳つい顔が柔らかく変化して、とても優しげだった。
「最初はみんなそういう反応だな。まぁ、直にここの名前の本当の理由がわかる。まぁ、ここからではわからんだろうけどな」
「わからない?」
ガルドが言っている意味をレンは理解できなかった。いまレンたちがいるのは入口のすぐそば。振り返れば、閉ざされた扉が目の前にある。
扉の正面も赤だった。だが、内側の色は黒い。艶のある漆黒ではなく、ただ黒かった。艶のない黒。なにかを塗りつぶしたような黒が、そこには広がっていた。
絨毯以外のすべてが赤で統一されている中、内側の色だけが異質さを放っていた。
背筋がなぜかぶるりと震えた。その理由はレンにはわからなかった。
「さて、行こうか、坊主」
ガルドが絨毯を踏みしめた。レンは「はい」と頷いて踏みしめた。
──ねちゃぁ
「!?」
足の裏から独特の感触があった。
レンは慌てて足を上げると、靴底に粘ついた物体が、糸を引く赤い物体が張り付いていた。
「な、なんだ、これ?」
レンは物体を引きちぎろうと足を上げた。すると物体は簡単にぶつっとちぎれた。
だが、ちぎれたのは糸状になった部分だけで、靴底に直接張りついた部分はまだ残っていた。
「剥がれるのか、これ?」
背筋に冷たい汗が伝っていく。汗を掻きながら、「なにかの罠なのか?」と思った。その一方で罠にはならないかともレンは思っていた。
(罠にしてはあまりにも意味がわからなさすぎる。ただ靴底に粘つくものが張りついただけなのを罠というのはなんか違うよな。でもならこれはなんなんだ?)
靴底に張りついた物体。その正体がいまひとつレンにはわからなかった。
「……まぁ、それはあんまり気にしなくてもいい。ただの残りカスだ」
「残りカス?」
困惑するレンに向かって、ガルドは淡々と言った。
「古塔」の内部を知っているガルドには、その物体の正体も当然わかっているようだった。「残りカス」とガルドは言っていた。なにかしらの残滓がその正体なのだろうが、やはりレンにはさっぱりとわからなかった。
「行くぜ、坊主」
ガルドはレンを先導するようにして歩き始めた。その足取りには迷いはなかった。
レンは靴底に粘ついた物体が張り付いていくのを感じながらも、ガルドの後を追いかけた。
相変わらず靴底からは、ねちゃあという嫌な感触があった。だが、ガルドは気にすることなく、進んでいく。
「ガルドさんは気にならないんですか?」
「もう慣れた」
ガルドは短く返事をした。「慣れた」という一言で納得することはレンにはできなかった。
たしかにガルドの言葉も間違ってはいないのだろう。
この粘ついたものとて、慣れればなんてこともなかった。
ただひたすらに気持ち悪いだけである。
それに慣れれば、この程度はどうということもないというガルドの言葉はたしかに頷けるのだ。
その反面この謎の物体の正体がレンには気になって仕方がなかった。
(なにかしらの粘液かな?でも赤い粘ついたものって聞いたことがないのだけど)
粘つくものと言えば、真っ先に浮かぶのは納豆やオクラだろうか。ともに食べ物だが、どちらも赤くはない。
赤いものなら思い付くのはトマトやイチゴやリンゴ辺りだろう。
やはり食べ物になってしまう。だが、それらは決して粘るわけではない。
仮に腐った食品を混ぜ合わせて、絨毯にぶちまけたとしても、ここまで粘るとは思えない。
ただ、腐ったものというわけではないが、独特の臭いがしていた。
入口周辺では臭わなかったものが、先に進むにつれて強くなり始めていた。
(……なんだ、この生臭さは?)
廊下は進むにつれて、生臭さを発し始めていた。
ねちゃあという独特の感触とともに、生臭さが立ち込めていく。
(どこから臭ってくるんだ、これ?)
漂ってくる生臭さの発生源を探すレン。しかし思い当たる場所はない。
(壺に鎧と絵画まで真っ赤だな)
辺りを見回していると、調度品が並べられているところまで来ていた。その調度品たちは、やはりすべてが真っ赤だ。そう、絵画までもがだ。
(……絵画まで真っ赤ってどういうことだ?)
額縁に納められている絵画は、すべてが赤だった。その額縁までもが。
レンは足を止めた。足を止めて絵画をじっと見つめた。
「その絵が気になるか?」
ガルドが声を掛けた。振り返るとガルドは足を止めていた。
この臭いと物体の正体はガルドならわかっているはずだが、ガルドはなにも言わないでいた。
(自分で気づけってことなのかな?ここで修行をするのであれば、自分で気づかないといけないってことなのかな?)
ガルドの真意はわからない。
だが、少なくともなにも言わないことが、ガルドの思惑であることはわかった。
レンは絵画を見やる。額縁まで赤い絵画。キャンバスまで真っ赤であり、なんの絵なのかは一見ではわからない。
こういう芸術もあるのだろうかと思うも、それが理由とは思えない。
別の理由があるように思えた。
(別の理由か。思いつかねえな)
レンは首を傾げた。首を傾げるとふと気づいた。
「別の絵がある?」
角度を変えたからだろうか。真っ赤なキャンバスの下に絵があった。絵と言っても、あくまでも描かかれたなにかが見えたのだ。その描かれたものを覆い隠すように、赤がキャンバスを支配していた。
「なんで隠しているんだ?」
レンは恐る恐ると絵画に触れた。本来ならしてはならない行為であり、レン自身もまずいとは思ったが、気づいたときには絵画の表面に手を伸ばしていた。
──ぬるり。
「え?」
絵画に触れると指が自然に滑った。絵の具が乾いていなかったのかと思い、指を見やると赤い色が付着していた。
「絵の具、かな?」
付着した赤を指の腹で擦ると、にちゃあという感触がした。見れば赤は指の腹で粘ついていた。
「……まさか」
指に付着した赤に鼻を近づけると、生臭かった。同時に鉄錆の臭いがした。レンの頭の中でその赤の正体が導き出された。
「もしかして、この「古塔」の色は」
ガルドを見やる。ガルドは静かに頷いた。それが答えだと言っていた。
レンは頭の中が真っ白になりながらも、その名を口にしようとした。そのとき。
──グシャっ!
廊下の先、ちょうど曲がり角の向こうからなにかが潰れたような音が聞こえた。
次いで、クチャクチャという咀嚼音とズゥーと飲み込む音が聞こえた。
その次に独特の臭いが漂い始めた。鼻にこびりつく鉄錆の臭いが広がっていく。
「……モンスターが曲がり角で食事しているようだ」
「食事」
「あぁ、また残りカスをばらまくのさ」
ガルドがまた淡々と言った。レンはもう一度辺りを見回した。天井も壁も調度品さえも。真っ赤に染まっている。ただ入口の扉の内側と絨毯だけが黒い。
それは壁や天井、調度品には被害があまり出ないからなのだろう。だが、絨毯や扉の内側はベッタリと付着してしまうのだろう。食事の、いや、食事となった者たちの残滓がこびりついてしまうのだろう。そう、つまり「紅い古塔」とは──。
「返り血で染まったから?」
「あぁ、「紅い古塔」の「紅」とは犠牲者の返り血の色のことだよ」
──犠牲者の血の色に染まった塔という意味。導き出した答えにガルドは静かに頷いた。そしてほぼ同時に曲がり角から、犠牲者の亡骸を喰らう捕食者が姿を現すのだった。




