12話 バディ成立
今日も遅くなりました←汗
「──俺とバディを組んでくれねぇか?
」
ガルドが口にした内容は、レンには想定外のものだった。
バディ。広義的な意味はあれど、この場合の意味は「相棒」ということ。つまりガルドと二人でコンビを組むということになる。
「俺とですか?」
「おぅ」
ガルドは小さく頷いた。
ガルドは真剣だった。本気でレンとバディになろうとしている。
だが、あまりにも急すぎるし、なぜ自分なのかとレンは思っていた。もちろん嫌というわけではない。むしろ光栄にさえ思っていた。
「獣狩り」のガルド──。
「エターナルカイザーオンライン」において、その名を知らないプレイヤーはいない。……少し前まではレン自身知らなかったが、調べるうちにその功績を知った。結果、自分たちが勝てたのは運が良かったからという結論に至った。
あの試合は、妙なポージングを取るイケメン風なクランもいたから、ガルド率いる「ガルキーパー」たちに壊滅的な被害を初手で与えられた。
なにせ、「ガルキーパー」たちも妙なクランもお互いに敵対しあってくれた。レンたち「フィオーレ」を蚊帳の外にしていた。
だからこそ、その隙を衝けた。
そのうえ、「ガルキーパー」を受け持ったのが、ヒナギクだったというのも味方した。その前戦でヒナギクの規格外さは知れ渡っただろうが、それでも「ガルキーパー」ほどのクランならば、「規格外ではあるが、どうにかなる」と高を括っていたことだろう。
実際それくらいの功績が「ガルキーパー」にはあったのだ。
ゆえにヒナギクひとりくらい、と思っていたはず。
だが、その油断が「ガルキーパー」を瓦解させた。
ヒナギクは幼馴染みであるレンから見ても、規格外すぎる性能のアバターだった。
普通後衛職がみずから最前線に出て、圧倒的な戦果を叩き出すなどありえないだろう。一分間でのDPSを計測したら、ヒナギクが圧倒的な値を叩き出すことは容易に想像できた。いわば、破壊の嵐である。
その破壊の嵐に意識の外から襲われたのだ。「ガルキーパー」が壊滅的な被害を受けてしまうのも当然だった。
逆にレンが受け持ったクランは、妙な自信を持っているようだが、後で調べても大した情報は出なかった。
ベータテスターのようではあるが、せいぜい中の下くらい。平均的なベータテスターたちよりも若干弱い者が集まったクランのようだった。
その弱いクランが物の見事に「ガルキーパー」のような上位クランに噛みついてくれたのだ。本来ならいくらでも吠えさせればいいのだが、噛みつかれてしまっては迎撃する他なく、「ガルキーパー」たちの意識から「フィオーレ」は外れたのだ。
その隙を衝けたからこそ、レンたちは本戦に進むことができたのだ。
いわば、あの試合での殊勲はあの妙なクランだとレンは思っていた。
でなければ単独でレイドボス撃破という輝かしい功績を果たしたクラン相手に勝ちを拾えるわけがない。
あのまま放っておいたら、瞬く間にあの妙なクランは「ガルキーパー」に蹂躙されていたことだろう。
そしていざ「フィオーレ」に意識を向けられたうえで戦っていたら、勝ちの目は低かったとしか言いようがない。
そのことはヒナギクとタマモには話していた。ふたりともあの試合が圧勝ではなく、薄氷の上での勝利だと認識している。運が味方をしてくれたのだと思っていた。
そしてそれはなにも「フィオーレ」内だけではなく、分析に秀でたメンバーがいるクランであれば、同じ結論に至っているはず。
実際に「フルメタルボディズ」には対策されていたし、ローズに至っては必勝の策を練ってきていた。
もしまた戦闘がメインのイベントやPvPないし、GvGも含まれるイベントがあったら、攻略法を練りに練られていると考えるべきだ。
そしてその攻略法を誰よりも練りに練っているのが、ガルドであることは間違いない。
なにせ、ガルドたちはひょっと出の「フィオーレ」に結果から見れば惨敗したのだ。その過程が薄氷を踏む勝利であったとしても、「フィオーレ」が勝ち、「ガルキーパー」が負けたことは変わらない。
となればだ。誰よりも対策を練りに練っていることはあきらかだった。
その「フィオーレ」のメンバーであるレンとバディを組む。その真意がどうであるのかは想像するまでもない。
「……情報収集ですか?」
「まぁ、そう取られても無理はねぇな。実際にそのつもりでもあるからな」
ガルドは笑いながら言った。一見軽薄そうだが、その目にはしたたかな光がある。だが、レンを騙して情報を得ようとしているようには見えない。むしろその逆──騙そうとしているわけではなく、正当な報酬として情報を得ようとしているように思えた。
もし騙そうとしているのであれば、わざわざ肯定などしない。否定にも取れるような言葉を、否定とも肯定とも取れるような言葉を口にするだろう。
中には騙すためだけにあえて肯定するというやり口を選ぶ者もいるだろうが、ガルドはそういう姑息な手段を選ぶとは思えない。いや、思いたくなかった。
(タマちゃんの努力を否定した相手に、この人は本当に怒っていた。戦って負けた相手なのに、本気でタマちゃんのために怒ってくれていた。そんなこの人がそんな姑息なことを仕掛けてくるなんて思いたくないよ)
ガルドがテンゼンたちと一緒に戦ってくれたことを、タマモの努力を否定したベータテスターたちに本気で怒っていた姿をレンは憶えている。
そのガルドが、一本筋の通った尊敬できる相手がそんな姑息な手段を選ぶとはレンには思えなかった。思いたくなかった。
ゆえにガルドの取る手段は、正当な報酬としての形だろうとレンは思ったのだ。
いや、それでこそのガルドだろうとレンには思えてならなかった。
「……バディを組むのは、「古塔」のアタックの際の助言ないし手助けの報酬として、俺たちの情報が欲しいからですか?」
「……参ったね。ない頭を振り絞って考えたんだけどなぁ」
「単にあなたらしいのはどういう方法かと思ったんです。あなたらしいと思える方法は、騙すことではなく、正当な報酬として情報を得ることしか俺には思いつきませんでした。むしろ、騙して情報を得ようとするあなたを想像できなかった」
「それは買いかぶりだな。俺は大した男じゃねぇ。もしかしたら、いまこの瞬間にも坊主を罠に掛けて、ひとつ残らず欲しいものを奪おうと舌なめずりしているのかもしれんぞ?」
「であれば、わざわざそんな注告はしませんよ。黙っていれば勝手に騙されてくれるのだから、黙ったままでいればいいだけです。なのにあなたは注告までしてくれた。その時点であなたはそういうタイプじゃない。そもそもそういうタイプならタマちゃんのために怒りはしない。だから信頼できますし、尊敬もできます」
はっきりとレンは言い切った。ガルドは苦笑いしながら「参ったね」とまた呟いた。
「……とりあえず、俺の目的は「フィオーレ」の情報が少しでも欲しいってことだ。同じ轍を踏まねえためにも、どんなわずかなものであっても、大枚を叩いてもいいと思っている。だが、ただでくれと言うのは筋が通らん。だから「古塔」にいる間だけでも、おまえさんの修行を手伝わさせてほしいんだよ。その成果で俺への報酬である情報をくれればいい」
「悪くはねえはずだ」とガルドは表情を引き締めて言った。
ただの善意としてではなく、目的のためにバディを組む。ビジネスライクな内容ではあるが、ビジネスライクな方が裏切れることはない。その相手がガルドであればなおさらだろう。
「……わかりました。じゃあ協力してください」
レンはガルドにあえて左手を差し出した。ガルドは低い笑い声を出しながら、差し出した左手を握った。
「契約成立だな」
「ええ、よろしくお願いします、ガルドさん」
「おうよ、任せておきな!」
空いた手で胸を叩きながらガルドは頷いた。
こうしてレンは一時的にだが、ガルドとのバディを組むことになったのだった。




