10話 ごめんね
日中には一応間に合いました←
今回は粛清かな←
黄色い悲鳴にレンが振り返ると複数の女性プレイヤーたちが興奮した様子で見つめていた。
「えっと?」
「お、覚えていませんか?「武闘大会」のときに握手してくださいと言ったんですけど?」
「握手?あー、もしかして屋台に並んでくれていた?」
「武闘大会」で握手。思い付くのは、行列整理中に複数の女性プレイヤーにねだられたときくらい。もっともその後ヒナギクによって物理的に振り回されてしまったがために、うろ覚えではあるのだが、うっすらとある記憶の中のプレイヤーたちと目の前にいる女性プレイヤーたちは重なって見えた。
「は、はい!そのときのプレイヤーです!こんなところでお会いできて光栄です!」
「タマモさんはいらっしゃらないんですか?」
「あのおっかないヒナギクさんは?」
複数の女性プレイヤーは矢継ぎ早に言葉を投げ掛けてくれた。どうしたものかと思いつつも、店主を見やると店主は「店の前で騒ぐのはやめてくれませんかねぇ」とため息を吐いていた。
(おいおい、ここまで言っても気づいていないのかよ)
もはや答えを言っているようなものなのだが、店主はまるで気づいていないようだった。詐欺をするにしてもあまりにもずさんである。それこそこっちが頭を抱えたくなるほどにだ。
「あれ?レン様、屋台は支店を出されたんですか?」
女性プレイヤーのひとりが屋号に気づいたようだ。するとほかの女性プレイヤーも「本当だぁ」と言い始めたが、すぐに本家との違いに気づいたようだ。
「なにこれ!一皿1000シル!?」
「しかもキャベベの芯ばかりとかありえない!」
「うわー、見てよ、これ!本当にただ炒めているだけで調味料とか一切使っていないっぽいよ!」
「えー、嘘だー!」
「嘘じゃないってば!そこのお兄さん、ちょっと見せてください!」
「え、あ、あぁ」
女性プレイヤーのひとりが近くに座って食事をしていたプレイヤーの皿を借りた。レンも思わず眺めてみたが、女性プレイヤーの言うように調味料の影も形もなかった。
加えてまともに油通しもしていないのか、キャベベはへなへなに萎れている始末だ。
「うわー、これで1000シルとか完全に詐欺じゃん!」
「ねー!ありえませんよね、レン様!」
「え、あ、そうですね」
女性プレイヤーたちの勢いに押されて頷くレン。そんなレンと女性プレイヤーたちの言動に店主は顔を真っ赤にした。
「な、なんなんですか!さっきからありえないって!ありえないのはあなたたちの方でしょうに!いきなりやってきたら、詐欺だのなんだのと!これは立派な営業妨害ですよ!?」
「はー!?営業妨害はそっちでしょう!?」
「そうだよ!こんなできの悪い偽物で「タマモの屋台」の名を汚さないでよ!」
女性プレイヤーたちが店主と口論を始めた。やめればいいのに店主は、女性プレイヤーたちに反論していく。
「だ、誰が偽物ですか!私はタマモ総料理長の一番弟子であってですね!」
「一番弟子ぃ~?」
「「武闘大会」で見かけていないんですけどぉ?」
「ぶ、「武闘大会」の後で弟子入りしたんですよ!」
「武闘大会」から1ヶ月も経っていないのに、弟子入りし間もなく暖簾分けを許されるというのは、どんなに優秀であってもありえないことだった。
店主の言い分の違和感に気づいたプレイヤーがざわめき始めるが、店主は女性プレイヤーたちを言い負かそうと必死になっているため、そのことに気づいていない。だが、言い負かすこと自体無理なことであった。
「うさんくさいなぁ」
「そもそもあれから1ヶ月も経っていないのに、弟子入りしてもう暖簾分けとかありえなくない?」
「そ、それだけ私が優秀だったということで」
「優秀な人ならキャベベの芯ばかりを使ったキャベベ炒めなんて作らないんじゃない?」
「そ、総料理長にそう教わって」
「はぁ!?私らが食べたときは芯なんて入っていませんでしたけどぉ?」
「そもそも調味料を使って、美味しそうに炒められていたんだから!」
「そうそう、キャベベはしゃきしゃきとしていて、こんなへなへなに萎びていなかったよ!」
店主の言い分をそれ以上の言葉で言い返してく女性プレイヤーたちに、店主の顔には焦りの色が浮かんでいた。そんな店主にトドメとばかりに女性プレイヤーたちは言った。
「なによりもレン様のことを知らないとかありえないでしょう!」
「そうだよ!タマモさんに弟子入りしておいて、レン様のことを知らないとか普通にありえないし!」
「そ、その人がなんだと言うのですか!?その人が誰であろうと私がタマモ総料理長の弟子であることには──」
「タマモさんと同じ「フィオーレ」のメンバーであるレン様のお顔を知らないとかありえないじゃん!」
女性プレイヤーのひとりが店主を指差した。店主は「……は?」と言って固まった。
「……あー、紹介が遅れましたが、「フィオーレ」のメンバーのレンです。あなたが言うタマモ総料理長ことタマちゃんの仲間です。ちなみにあなたのことはタマちゃんから一言も聞いていませんし、見てもいないんですよねぇ」
頭の後ろを掻きつつ、レンは名乗った。店主があからさまに狼狽えていく。狼狽えながらも「証拠がないでしょう!」と言い出した。
証拠もなにもないじゃんと言いたくなったレンだったが、そんなレンを制するように後ろにいた男性プレイヤーが口を開いた。
「証拠ねぇ。じゃあ俺が証人になろうじゃねぇか。「ガルキーパー」のマスターこと「獣狩り」のガルドがよぉ」
男性プレイヤーことガルドが人の悪そうな笑みを浮かべて言った。ガルドの名を聞いて店主がさらに慌て始める。
「け、「獣狩り」って、あの!?」
「おうよ。その「獣狩り」だ。タマモの嬢ちゃんたちにコテンパンにやられちまった情けねえクランのマスターをさせてもらっている。だが、その情けねえままで終われねえんで、ここに修行に来たら、嬢ちゃんの屋台があったんでなぁ。挨拶がてらに寄ったが、値段はぼったくり、味はひどいうえに、まともな調理もしねえと来ている。店の名を騙るというのはわりとある話だが、ここまで来るともはや詐欺としか言いようがねぇ。そのうえ嬢ちゃんの仲間であるレンの坊主のこともわかってねえと来ている。ずさんにもほどがあらぁ」
ガルドは完全に呆れていた。そのガルドの言葉に食事をしていたプレイヤーたちが一斉に店主を睨み付けていく。店主は慌てているがすでにもう遅い。
「あんたはさっきから営業妨害とか抜かしていたがよぉ、そこの姉さんたちが言っていた通り、営業妨害をしているのはあんたの方だよなぁ?人の屋号を勝手に名乗ったうえに、経歴詐称までやらかし、そのうえ詐欺同然の一品を提供するとか。ヒナギクの嬢ちゃんが知ったらぶちギレんぞ?」
「あー」
ガルドの言葉を否定できないと思うレン。ヒナギクがこの場にいたら、この店主はとっくにぶっ飛ばされていることだろう。どういう意味でなのかは言うまでもない。
「ここまで来たら、どう考えてもGMコールだわなぁ。いや、もう誰かして──」
「その必要はございません」
不意に聞き覚えのない声が響いた。その場にいた全員が声の主へと顔を向ける。そこには瓶底眼鏡を掛け、ジャージ姿の白髪の女性が立っていた。およそゲームの雰囲気にそぐわない格好だが、誰もそのことを指摘することはなかった。誰もが女性の纏う雰囲気に気圧されていた。瓶底眼鏡の先にある紅い瞳は、まっすぐに店主を射抜いていた。その目はとても真剣で恐ろしかった。
「……プレイヤーカネル氏。あなたの行為は、特定プレイヤーの不利益かつ名誉毀損にあたると判断致しました。本来であれば、注意勧告を事前に行うべきですが、今回の件におきましては被害者が多数出ていることを考慮し、勧告なしの執行とさせていただきます」
女性が言う被害者というのが、屋台で提供されたキャベベ炒めを食べたプレイヤーのことであるのは間違いなさそうだ。
「今回のことは規約第14条「他プレイヤーに対する違法行為 」にあたる事例と判断いたしまして、プレイヤーカネル氏のアカウントを無期限での凍結処理とさせていただきます。これによりプレイヤーカネル氏をゲームマスターの権限を以て強制ログアウトとさせていただきます」
「ちょ、ちょっと待って──」
「リジェクト」
店主ことカネルがなにか言い募ろうとしたが、それよりも早く女性、ゲームマスターが指を鳴らしてぽつりと呟くとカネルの姿は一瞬でふっと消えてしまった。
カネルが身に付けていただろう装備品や所持していた資金やアイテムがその場に散らばった。
「──プレイヤーの皆様方には、多大なご迷惑をお掛け致しましたことを、心よりお詫び申し上げます。なお、彼のプレイヤーの被害に遭われた方々には後日、被害分の代金を返還と後手に回ったことへのお詫びのアイテムをお贈りさせていただきます」
ゲームマスターは淡々と語っていた。語りながらもその視線が向けられていることにレンは気づいた。
(なんで俺の方を見ているんだろう?)
ゲームマスターの視線を浴びながらも、ゲームマスターに見覚えはなかった。
見覚えはないのだが、なぜか心がざわめくのをレンは感じていた。
「加えまして、彼のプレイヤーの間接的な被害に遭われました個人ないしクランに対しても、別個でお詫びを後日させていただきます。以上を持ちましてプレイヤーカネル氏への粛清を終わらせていただきます。引き続き「エターナルカイザーオンライン」をお楽しみください」
ゲームマスターは頭を深々と下げてから、ふっとその場からいなくなった。
いなくなる直前、顔を上げたときに眼鏡の隙間からゲームマスターの素顔がわずかに見えた。その素顔を見てまた心がざわめいたが、その理由はいまいちわからなかった。
わからないまま、レンはぼんやりとゲームマスターが立っていた場所を見やった。
顔を上げたとき、やはりレンを見つめながら唇をかすかに動かしていたゲームマスター。その唇の動きは「ごめんね」と言っていたようだった。
(俺が「フィオーレ」の一員だからなのかな?)
ゲームマスターの言動を不思議がりながらもレンは、もう影も形もないゲームマスターが立っていたその場所をしばらくの間ぼんやりと眺め続けていた。
ゲームマスターさんの正体にレンが気づくことはありません←




