8話 遠き彼方に想いを馳せて
遅くなりました←汗
トロルの店を後にしたレンは、そのまま「ベルス」の大通りを北に進み、北の大門から外に出た。
北の大門の外には北へと向かうプレイヤーたちがぞろぞろと歩いていた。レンはそのプレイヤーたちの後を追いかける形で歩きだした。
もともと北の第2エリアに来たのは、「ベルス」に寄るためではなく、その近郊にある「紅き古塔」に挑戦するためだった。
「ベルス」には観光がてらに寄ったようなものであり街の様子を確かめ終えた以上、「ベルス」に留まる理由はない。
アイテムの補充はする必要がない。エリアボス戦で一切使わなかったし、その後の「迷いの森」の内部でも使うことはなかった。あるとすれば、「迷いの森」でのドロップアイテムの処分くらいだが、その処分は「古塔」周辺で行えるそうだった。
なんでも「古塔」周辺は本来ならモンスターが出現するのだが、現在は小さな村のような様相を経ているため、モンスターが寄り付かないようだ。だが、村のような様相だとはいえ、フィールドでモンスターが出ないというのは、おかしな話でもある。これがエリア・ポータルであればまだ理解できる。
しかし第2エリアでは、「ベルス」がエリア・ポータルという位置付けになっていた。そのエリア・ポータル近郊にモンスターの出ないフィールドがあるというのはいまいち解せない。
(どういうことなのかな?)
モンスターが出ないフィールド。いまいち理解できないが、とりあえず「古塔」に向かうことにしたレン。
今回は迷うこともない。「古塔」を目指していると思われるプレイヤーたちがちらほらといるためである。レンが後を追いかけているのもそのためである。
実際掲示板には、「「古塔」に行くのであれば、ほかのプレイヤーたちの後を追いかければいい」となっていた。
その情報通りにそれなりの数のプレイヤーたちが、まっすぐに進んでいく。それもなぜかある一定の幅でだ。その様子はまるで獣道のようだった。
その獣道を進むプレイヤーの大半は、クランメンバーか、一時的な野良パーティーと一緒に進んでおり、レンのようにソロプレイヤーはあまり見かけない。
そんな人波がまっすぐに北へと向かっていた。人波の先は完全には見通せないが、うっすらと赤く細長い建造物が見えた。
「あれが「古塔」か」
うっすらと見える建造物が目的地である「古塔」であるのは間違いなさそうだった。
「ベルス」から「古塔」まではだいたい一時間もあれば着くと掲示板では書かれていたし、距離を見る限りは一時間もあれば着きそうだった。まず間違いなくあれが「古塔」だと当たりをつけるレン。
掲示板の情報を信じて、人波に続くように、みずからも人波の一部となって「古塔」があるという「ベルス」の北にへと向かうレンは、道中で不思議な光景を見ることになった。
「……本当にモンスターが出ないな」
「ベルス」の外にいるはずなのに、モンスターに一切襲われないのだ。
とはいえ、モンスターがいないというわけではない。モンスターはいるにはいるのだ。
ただプレイヤーたちという波に近づいてこないだけ。
実際遠目にはウサギのモンスターたちが群れを成して、鷹系のモンスターと激戦を繰り広げている。制空権というアドバンテージを握っている鷹の方が有利には見えるが、見る限りは一進一退の攻防をしていた。
というのもウサギたちが鷹が攻撃を仕掛けようと急降下するたびに、仲間の数羽をその強靭な後ろ足で蹴り上げていくためである。
それだけであれば鷹も大したダメージは負わないのだが、ウサギたちは額から短槍のような角を伸ばして突撃してくるのだ。
しかもそれが1羽だけではなく、2の矢、3の矢と言わんばかりに次々に特攻してくるのだから、いくら空を飛べるというアドバンテージがあっても一堪りもない。
実際鷹はだいぶダメージを負っているものの、その闘志は尽きていない。
それはウサギたちも同じだ。迎撃のたびに頭数を減らしていた。攻撃に全振りしているがため、着地には一切意識を向けていないため、攻撃が当たっても外れても着地のたびに1羽また1羽と数を減らしていく。
それでもなお怨敵を倒さんとしているかのように、命そのものをぶつける形で鷹に突撃を続けるウサギたち。
やがて頭数が10羽を切った頃、弱りきった鷹に突撃がクリーンヒットした。
鷹は小さな鳴き声をあげて光になった。それは鷹に突撃したウサギもまた同じだが、満足げに笑っていた。
「う、ウサギさん」
ウサギたちの奮戦を眺めていた他のプレイヤーたちが、涙を浮かべていた。
満足げに消えていくウサギたちの姿はたしかに感動的かもしれないが、泣くほどのことだろうかと首を傾げるレン。
だが、いまそれを言うべきではないことは理解していた。
レンにできることは、いま光になって消えたウサギたちに向かって敬礼することだけだった。その敬礼に触発されたのか、他のプレイヤーたちも続々と敬礼をしていた。
もっともレンたちがいる場所の前後にいるプレイヤーたちにとっては、「あの人たちなにをしているんだろう」と思われることでもあるのだが。
しかし該当プレイヤーたちにとってみれば、共感できうることであった。
敬礼しているプレイヤーたちの中には、腹に一物を抱えていそうなタイプのプレイヤーもいた。
頬には刀傷があり、身に付けている装備はよく言えば蛮族。悪く言えば盗賊くらいにしか見えないという出で立ちだった。
人を見た目で判断するべきではないが、見た目同様にPKであるため、なにも言うことはできない。
だが、そのPKはガン泣きと言っていいほどに泣いていた。涙どころか鼻水さえも垂らして泣いているほどである。そのガン泣きっぷりに同じパーティーだろうPKはもらい泣きしてしまっているほど。
そんなPKの近くにPKKもいるのだが、「なんでこいつらPKなんてしているんだろう」と若干困惑した様子でPKを眺めていた。
そんなそれぞれのプレイヤーたちの反応を眺めつつ、レンはなんとなく居心地の悪さを感じてそそくさとその場から離れていく。
離れながらも人波に沿って歩いていくと、やはり同じように遠くで戦うモンスターたちの姿が見えていた。
「……まるでここだけ安全地帯みたいだな」
モンスターたちがいないわけではない。ただレンたちプレイヤーがいる「ベルス」から真北の道にはどうしてか近づいてこないだけである。
「ここの道と「古塔」は、「ベルス」の一部とかかな?」
レンの脳裏には、タマモが向かった「死の山」の情報が浮かんでいた。
アルトから「死の山」までの道のりはアルトの一部とされていた。アルトの一部なのは滝つぼまでであり、滝つぼから先は「死の山」という高難易度ダンジョンとなっており、「死の山」に至るまではモンスターとの戦闘はないとされていた。
レン自身は「死の山」に向かったことはない。
だが、情報の通りであれば、滝つぼまではモンスターが出現することはないとされていた。それと同じような状況をレンはそのとき経験していた。ゆえにアルトにとっての「死の山」のように、「ベルス」にとっての「古塔」なのではないかとレンは思ったのだ。
だが、レンには確定となる情報はひとつも持っていなかったため、あくまでも予想という体にしかならなかった。
だが、状況を踏まえるとそういう風にしか思えなかった。
「……「古塔」についての情報を集めた方がいいかもしれないな」
なにかしらのクエストのトリガーとなりそうだと思うレン。
実際タマモの場合は、竜王だのなんだのという存在が現れたのだ。
レンの場合とてなにかしらの強力な存在が現れてもおかしくない。
だが、それは同時に強くなれるチャンスでもある。
(せめてあのときの兄ちゃんよりも強くならなきゃ)
あのときの兄よりも、レンを斬ったときの兄よりも強くならなきゃいけない。遊び半分状態の兄よりも強くなりたい。
そのためのなにかが「古塔」にあってほしい。
そんな願いを抱きつつ、レンはまだ遠くにある「古塔」にと想いを馳せ、長く続く人の波を掻き分けて進んで行った。




