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6話 創成の神話の疑問

遅くなりましたが、本編再開です。

「──主神エルドがこの世界を創造されたことは知っているよな?」


トロルは普段鍛冶仕事で使っているだろう台座に腰掛けてから口にしたのは、この世界の神についてだった。


主神エルド。


この世界を創造した神にして、神々の頂点に座す存在。チュートリアル等の基本知識の中に、この世界の神話に関する事柄があり、その神話の中で何度も主神の名前は登場していた。曰く──。


「主神は最初に空を作り、この世界に大気を生じさせた。次に大地を作り、空の限りを定めた。その次に海を作り、大地に境目を刻んだ。その次に3人の女神を産み出した。最初の女神は空を昇り、闇に覆われた世界に光を与えた。2番目の女神は大地と同化し、平坦だった世界に様々な形を与えた。3番目の女神は海に沈み、その目から溢れる涙を以て海を塩水に変え、そしてその涙から最初の生命が産まれた」


トロルは淀みなく神話を語っていく。


まるでそうできるのが当たり前であるかのようだ。


(見た感じ、そういう話をするのはにがてそうなんだけどなぁ)


見た目だけで判断したくはないのだが、見た目だけを言えばトロルは、その手の話には疎そうに見える。


もっと言えば鍛冶等の仕事以外には興味がなさそうに見えてならない。


だが、そのトロルが淀みなく神話を語る姿を見るかぎり、神話にもそれなりの知識があるようである。トロルのようなタイプでも神話を語るほどの教養があるということは、この世界では識字率がそれなりに高めということなのかもしれない、とトロルの話を聞きながら思うレン。


そんなレンに気づいているのか、それとも気づいていないのかは定かではないが、トロルは淡々と話を続けていた。


「そうして産み出された生命の中において、特別な獣がいた。その獣は金色に輝く髪を靡かせていた。その美しさに主神は、その獣をみずからのそばにおき、その獣を神獣として改めて巫女として仕えさせた。そして神獣には多様な力と権限を与え、みずからの代わりに世界を見守る職務を与えた。だが、世界は神獣だけでは見通せないほどに広かった。ゆえに神獣の補佐として、麗しき獣を産み出した。その獣を霊獣と名付けた。神獣と霊獣は世界と生命を姉妹として見守っていた。だが、その日々も終わりが訪れた」


トロルの口調が不意に固くなった。内容も若干の不穏さを感じていると、トロルは悲しそうな顔で続けた。


「神獣が主神に反旗を翻したのだ。その理由は定かではないが、主たるエルドに反旗を翻した神獣に霊獣は怒り、姉たる神獣を討ったのだ。かくして霊獣は反逆者たる神獣を討った功績を称えられることとなる。そして霊獣を支えた、その眷属たちは謳歌を極め、この世界の王権を握ることとなった」


そこでトロルは口を閉ざした。


「これがこの世界の神話のひとつさ。神獣様は主神に反旗を翻し、その神獣様を霊獣様は討ったのさ。その際に用いたのが、あんたが持つミカヅチとムラクモと呼ばれるふたふりの剣であり、そのふたふりの剣を含めて「神器」と呼ばれているのさ」


トロルは語り終えると、近くにあったハンドルを捻った。ハンドルを捻ると透明な水が出た。その水を近くにあった器に注ぐと、トロルは一気に呷った。



「だが、俺には少し疑問があってなぁ」


水を飲み終えるとトロルは、口の端から垂れた水を袖で乱暴に拭う。するとトロルはじっとレンを見つめながら言った。


その目は本人が言うとおり、拭いきれない疑問があると物語っていた。


「……神獣様は本当に主神に反旗を翻したのか?ほかの神話に触れる限り、神獣様は主神を誰よりも敬っている。その主神様に反旗を翻したというのは、どうにも納得できん。むしろ逆な方が納得できるんだよな」


「逆?」


「そう、霊獣様こそが本当は反旗を翻したという方がまだ納得できるんだよ。神話ではわりと主神をこけ下ろすのは、霊獣様と決まっている。逆に神獣様は嗜めていたんだ。なのに、その神獣様が主神に反旗を翻したというのが納得できないんだよな」


そう言ってトロルは、レンをじっと見つめていた。


なぜ見つめられているのかはなんとなくわかる。わかるのだが、見つめられてもどうしようもない。


トロルが言う霊獣様とは無関係であった。だが、どうにもトロルは霊獣様との関係を疑っているようだった。


「さっきも言いましたけど、俺は霊獣様とはなんの関係もありませんよ?」


「おう。わかっている。わかっているが、それでも気になってしまうんでな」


トロルは申し訳なさそうだった。申し訳なさそうにしつつも、その目には好奇心の光が宿っていた。


トロルは信心深いというわけではなく、単純に好奇心からのものなのだろう。


(まぁ、そっちの方が好ましいけど)


信心深さとは時に両刃の剣となる。その剣が他者に向くこともありうるのだ。むろん向かないこともある。基本的には向かない。だが、信心を向ける神の名の元ゆえの戦争が起こることもある。信仰とは救いにもなるが、他者を断罪する剣にもなりえてしまう。


ゆえにトロルが単なる好奇心だけで尋ねていることは、わずかながらに救いでもあったのだ。


「とりあえず、俺は単なる「旅人」です。霊獣様はもちろん神獣様にも関係ないですから」


「……そうか。まぁ、わかっていたことだったけどなぁ」


若干残念そうに肩を落とすトロル。レンは苦笑いしつつも、もう一度トロルにミカヅチを渡した。トロルは受け取りながらも不思議そうにしていた。


「これは依頼なんですが、最近どうにも切れ味が落ちているようなので、研いでもらってよろしいですか?」


「い、いいのかい?」


「ええ、トロルさんにお願いしたいです」


トロルはぱぁっと表情を綻ばせた。満面の笑みになっていた。やや不気味ではあるのだが。それでも気にすることなく、レンはミカヅチをトロルに託した。


トロルは若干涙目になりながらも、「任せてくれ」と頷いてくれた。それからトロルは水と研ぎ石を用意すると、一心不乱にミカヅチを研いでいく。その横顔を眺めながらレンは、トロルの作業を見つめたのだった。

ようやくトロルさんが退場してくれた←

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