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初めてのバレンタインデー その3~乙女同士の戦い~

やっぱり終わらなかったよ←

仁義なき戦いが勃発です。ただし、タマちゃんの預り知らぬところで←

我ながらおかしなテンションだったとヒナギクは思う。


アンリやなぜか道行く通行人を連れて、チョコレートを買ったときは、なぜこんなに人がいるのだろうと思った。


アンリが言うには、従わずにはいられないなにかをヒナギクが発していたということだった。得体の知れないなにかを発するほど、おかしなことをしていた覚えはない。だが幼馴染みであるレンには「ヒナギクは変なところで、妙なスイッチが入るから」とたびたび言われてきていた。


おそらくは今回も「変なところで妙なスイッチ」が入ってしまった結果ゆえなのだろうとヒナギクは思った。


だが、そのヒナギクから見てもこの状況はおかしすぎた。いや、明らかに異常であった。


「ふしゃ~!」


「ぐぬぅ~!」


見目麗しい少女がふたり、こめかみに血管を浮かび上がらせて、睨み合っているのだ。


片や黒みが掛かった緑色の髪と、頭には髪と同色の立ち耳に、やはり同色な尻尾を持つ少女ことアンリ。


片や星々の輝きのような長い銀髪を持った、10人いたら10人が振り返るであろう美貌の少女ことアオイ。


性格はそれぞれ違うというか真逆なふたり。アンリはやや引っ込み思案な大人しいタイプ。アオイはがつがつと前に出て騒ぐタイプ。


だが、どちらも見目麗しい少女であることには変わらない。


そんなふたりがいま手を組み合ったうえで睨み合っていた。アオイは殺気丸出しかつ犬歯を剥き出しにしてアンリを睨んでいるが、アオイの性格を踏まえればある意味当然である。


だが、もう一方のアンリまでもが殺気丸出しだった。それも瞳孔が縦に割れ、やはり鋭い犬歯を剥き出しにして睨んでいるのだ。普段の大人しいアンリを知っているヒナギクにとってみれば、信じられない姿である。


(大人しい子が怒ると怖いって言うけど、まさにその通りだなぁ)


やや現実逃避なことを考えながらヒナギクは、お互いに殺気丸出しな少女ふたりのやり取りを見守っていた。


ちなみにふたりが睨み合っているのは街中だった。もっと言えば道のど真ん中である。幸いなことに大通りというわけではないため、人の行き来は限定されているが、それでも道のど真ん中で睨み合うのはどうだろうとヒナギクは思う。


それは相手側の少女の付き添いの女性も同意見のようである。


「……あの、姫?ちょっと落ち着いて──」


「落ち着けるわけがあるか!アホゥか、貴様は!?」


くわっと目を見開きつつ叫ぶアオイ。その叫び声を受けて女性ことアッシリアの目が据わった。


「だから落ち着けや」


アッシリアの腕がまっすぐに伸びて、アオイのこめかみを掴んだ。


「ちょ、ちょっと待て、「明空」!いま我は大事な──」


「人が往来する道のど真ん中で叫んでまですることか?あぁ?」


「いや、だって、この狐女が!」


「言い訳無用」


「ぎぃやぁぁーっ!?痛い痛い痛い痛いぃーっ!」


アッシリアの手がアオイのこめかみを潰すようにして握りしめた。アオイがアッシリアの腕をパンパンパンと叩いていた。いわゆるタップの合図だった。


しかしアッシリアはアオイのタップを完全に無視して、アッシリアにアイアンクローをし続けていた。


「アンリちゃんも落ち着こうか?」


「で、でもヒナギク様!あの女が、あの女が悪いのです!旦那様はアンリの旦那様なのに!あの女が、あの女が!ふしゃー!」


「どうどうどうどう!落ち着こう!落ち着いて!落ち着きましょう!」


アンリを落ち着かせようとしたヒナギクだが、アンリがふたたび唸り声を上げた。ヒナギクは後ろからアンリを羽交い締めにしたが、アンリは「ふしゃー!」と叫びながら、アオイに襲い掛かろうとしていた。


もっともそれはアンリだけではなく、アオイもであった。アッシリアにアイアンクローをされているというのに、その目はアンリを不倶戴天の敵のように睨んでいた。


「貴様ぁぁぁ、誰が誰の旦那様だとぉぉぉ?押し掛け女房の分際で!」


「押し掛け女房でも、旦那様に大切にしてもらっております!あなたとは違って!」


「黙れ、微妙胸が!」


「垂れ乳よりましです!」


「誰が垂れ乳だと!?実物を見てもおらんくせに勝手なことを!」


「垂れ乳でなければ、詰めものでしょう!偽乳女!」


「誰が偽乳だ!?」


「あなたですよ!」


「貴様、剥製にしてやろうか!」


「やれるものならやってみろですよ!」


うぅ~と唸り合いながら、お互いを睨み付けるアオイとアンリ。ふたりはいまにも取っ組み合いの喧嘩をしそうなほどに険悪だった。


だが、無理もない。


アオイもアンリも性格は真逆だが、想い人は同じタマモなのだ。


そんなふたりがアルトの街中でかつチョコレートを買い込んでいたときに出会ってしまったのだ。


乙女と書いてソルジャーと読むふたりが、想い人と書いてターゲットを同じくしてしまったら、起こることはもう戦争以外にない。


実際ふたりは犬歯を剥き出しにしながら、お互いへの罵り合いを始めていた。


ただその内容は、小学生かと言いたくなるような低レベルのやり取りである。


「とにかく!旦那様へのチョコレートはアンリが作るのです!」


「黙れ、狐女!タマモへのチョコレートは我が作るに決まっておろうが!」


「旦那様を「旦那様」とも呼べない女が図々しいのですよ!」


「押し掛け女房の方が図々しかろうが!」


「なんですと!?」


「なんじゃ!?」


売り言葉に買い言葉で言い合いを続けるアオイとアンリ。


恋する乙女というものは、かくも骨肉の争いをしてしまうのだろうか、とヒナギクはアンリを羽交い締めにしながらしみじみと思う。……余談だが数年後に特大のブーメランとなって自身に返ってくることを、このときのヒナギクは知らない。


「とにかく!旦那様へのチョコレートはアンリが作ります!」


「いいや!我が作るのじゃ!」


「ダメです!アンリが作ります!」


「我が作ると言うておろう!?」


「そっちこそ、アンリが作ると言っているでしょう!?」


「がるるるる!」


「ふしゃーっ!」


ついには唸り合いを始めるアンリとアオイ。そんなふたりを止めながら、「どっちも作ればいいじゃん」と思うヒナギクとアッシリアだが、そんなふたりの嘆きは、アンリとアオイには届かない。だが、得てしてヒナギクたちの嘆きは届いた。


「こうなれば、勝負じゃ!狐女!どっちがよりタマモを唸らせるチョコレートを作れるか、勝負じゃ!」


「望むところです!アンリの圧勝は決まっていますけどね!」


「吠え面を掻かせてやるわ!」


「あなたがですけどね!」


「狐女がぁ!」


「偽乳めぇ!」


アオイとアンリの互いに向けた怨嗟の声が響く。こうしてタマモへのチョコレートは本人の預り知らぬところで、妙な、もとい恋する乙女同士の退くことのできぬ対決にとなってしまうのだった。

次回タマちゃんが受難です←

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