初めてのバレンタインデー その2
バレンタインデーのもうひとりの主役に振り回される人視点となります。
誰の事なのかは、まあ、うん←
「我、チョコレート作るわ」
「……ごめんなさい。話が高度すぎて意味がわからないんだけど、姫」
ゲーム内で新年を迎えてはや一ヶ月。年度の終わりも近づき、学業でも仕事でも少しずつ忙しくなりつつある、そんな時期のことだ。
アッシリアは、ログイン早々にアオイに捕まり言われたのが上記のセリフである。
むろんアッシリアだけではなく、ほかの誰が聞いても話が高度すぎて意味がわからない。
たしかにちょうどバレンタインデーの時期であり、アオイがやる気を出すのもわかるのたが、開口一番にそんなことを言われても、せいぜい「あ、うん。頑張れ?」としか言えないことだろう。というかなぜアオイがそんなことを自身に対して言ったのかがアッシリアにはわからなかった。
そんな意味不明な状況の中でアオイは、「なぜわからんのじゃ?」と逆に理解できないでいるようだった。
そんなアオイにアッシリアは静かに頭を抱えた。アオイとの会話は、幼馴染みであるタマモと大差ないほどに疲れる。
なにせ、次に口から出る言葉があまりにも突拍子もなさすぎて理解不能なのだ。
もっとも突拍子がないことはないのだが、その方向性はわりと単純でもある。それはアオイもタマモも変わらない。
なにせ、このふたりが考えている、ほぼ大半はひとつのことだけである。
タマモはその趣味嗜好である胸のことばかり。そしてアオイはと言うと──。
「我がチョコレートを作ると言ったら、タマモのために決まっておろう?」
──そう、愛しのタマモのことだけである。ただ愛しの存在であるはずなのに、嗜虐的に扱おうとしているあたり、アオイの性格には大いに問題があると言えなくもない。
それでもタマモにぞっこんであることには変わらないため、アッシリアとしては反応に困るのだ。
だが、そんなアッシリアの反応をまるっと無視してアオイはその豊かな胸をこれでもかと強調させて言った。
「とびきりのチョコレートを作り、タマモのハートをゲットするのじゃ!」
くわっと目を見開くアオイ。その目は情熱という名の炎に揺れていた。
(変なところで乙女よね、この子)
愛しの人のために頑張ろうとする姿勢は評価できる。だが、その方向性がおかしいのがなんとも言えない。
もっともその方向性がおかしくても、いざ実行に移すことはできない。
いろいろと言いはするものの、アオイという人物は根本的にはヘタレなのだ。本気で惚れぬいている相手を前にすると、余裕ぶった表情を浮かべはしてもその内面は嵐のように大荒れである。それも悪い意味で。
端的に言えば、内面で慌てふためいてしまうのだ。ただそれを鋼の意志により、表に出していないだけ。……強靭な意思で動揺を抑え込めるのであれば、いろいろと行動に移せばいいのとは思うものの、実際に行動に移されるのは問題しかないため、応援はもちろんのこと邪魔するのも憚れた。
というか、邪魔しなくてもアオイは勝手に自滅してしまうだけなので、こちらから手を出す必要はない。ただ自滅すると、後でアッシリアが励まさないといけないので、それはそれで面倒なのである。
だが、アオイに捕まった時点で面倒事が回避できなくなったのは決定事項と言える。
「はいはい、ゲットできたらいいわね。それじゃ私は」
「待て、どこに行くつもりじゃ?」
がしりと肩をつかんでくるアオイ。アッシリアの肩を掴む手にはこれでもかと力が入っており、「逃がさんぞ、絶対にだ」と言っているかのようである。
「……いや、私は私でやることが」
「盟主たる我の一大事よりも大切なことなどなにもない!」
くわっと目を見開き叫ぶアオイ。
だが、はてとアッシリアは首を傾げた。言われた意味がいまいちわからないのだ。
たしかにアオイにとって一大事であろうが、そこにアッシリアが介入する余地はない。というかどこに介入する余地があるのかがわからない。
「いや、姫にとっては一大事でしょうけど、私には関係なくない?」
「アホゥか、貴様は!」
三度、目を見開くアオイ。その目は若干血走っていた。だが、いきなりアホゥ呼ばわりは失礼極まりない。が、道理を説いてもアオイが話を聞いてくれるわけもないので、とりあえず話だけは聞くことにしたアッシリア。
しかし話を聞こうと思った自分を、この数秒後張り倒したい気分にアッシリアは駆られることになった。
「我がチョコレートの作り方など知るわけがなかろう!?」
「……ねぇ、ふざけているの、あんた?」
アオイの発した一言に、声を低くするアッシリアのアッシリアの声にびくんと体を震わせて涙目になるアオイ。
なんだかんだでアオイはよくアッシリアによる折檻を受けており、そのときのアッシリアがどれほどに恐ろしいのかをアオイは骨の髄まで知っていた。
「い、いや、だって知らんもんは知らんもん!」
「知らんもんじゃねぇんだよ。人をアホゥ呼ばわりしたくせに、言っていることはてめぇの方がアホゥだろうが」
「いや、だって、その」
「だってじゃねぇ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃーっ!?」
アッシリアは静かにアオイの襟首を掴むと、顔を近づけて睨み付けた。いわゆる「ガンを飛ばす」という行為である。その迫力にアオイの体はガクブルと震えた。だが、アッシリアは止まらない。
「つまり、なにか?私にチョコレートの作り方を教えろと言っているわけか?」
「いや、ですから、その」
「ぁ?」
「は、はい!その通りです!お願いします!」
普段のアオイからは想像もできない礼儀正しい姿は、普段のアオイを知っている者であれば、二度見しかねないことであろう。
しかし現在のアオイには余裕など皆無である。ガクブルしながらすでに涙目になっていた。そんなアオイを睨み付けていたアッシリアだったが、不意に襟首を離すと深いため息を吐いた。
「……私もそんな得意じゃないけど、いいのね?」
「も、問題はない!我を誰だと──」
「ヘタレ」
「へ、ヘタレちゃうわ!我はなぁ!」
「ぁ?」
「……ヘタレで十分でございます。ゆえにご指導ご鞭撻をお願い致します!」
普段の調子に戻ろうとしたアオイだが、アッシリアの一睨みにより、その場で頭を地面に擦り付けて平伏することになった。その際のアッシリアの表情がどんなものであったのかは言うまでもない。
「とりあえず、チョコレートの材料買いに行くわよ」
「はい!よろしくお願いします!」
背筋をぴんと伸ばして敬礼するアオイ。そんなアオイにアッシリアは小さくため息を吐くことになった。
そうしてアッシリアとアオイはチョコレートの材料を求めてアルトの街中にと向かうことになったのだった。
そしてそのアルトでアオイは宿命のライバルと接することになるのだが、このときのアオイはそのことに気づくことはなかったのだった。
15日まで行きそうだな←汗




