EX-3 悪魔は恋願う
遅れました。
今回は「銀髪の悪魔」さん視点となります。
……その「悪魔」さんがあまりにも「ひゃっはー」しちゃうのでなかなか終わらなくて←汗
「銀髪の悪魔」──。
ベータテスト時にふらりと現れたPKであり、ベータテスト時に最凶と謳われたプレイヤー。
「悪魔」について知られていることはあまりない。
「彼女」自身があまり人と接したがらないというのもあるが、単純にソロ専門のプレイヤーであったため、同じPKであっても「悪魔」のことは見たことがあるとか、少し話をしたことがある程度しか知らない。
唯一知られているのは美しい銀髪の女性プレイヤーだということだけ。
ほかと反りが合わずにソロプレイをするというプレイヤーも少なからず存在している。
中にはソロプレイでないとプレイできないという事情のプレイヤーもいる。
それぞれのリアルの事情を考慮して「EKO」はソロプレイでも問題ない難易度に納まっている。
しかし「銀髪の悪魔」に関してだけは、ソロプレイをする理由があった。それは単純に「悪魔」が強すぎるからだった。
ほかのPKと臨時のパーティを組みもしないのは、「悪魔」にとって他者という存在は足手まといにしかすぎなかった。
思考速度は遅く、反応さえもまともに取れない。そしてその強さの足元にも及ばない。
「悪魔」はソロプレイをしたかったのではなく、そうするしかなかった。他者とあまりにも差がありすぎていたからだ。
中には「悪魔」から見ても優秀なプレイヤーもいる。
ベータテスト時にPKKとして名を馳せていた「褐色の聖女」とは何度かやり合った。
しかし決着を着けることはできなかった。
「悪魔」にとってベータテストは単なる暇つぶしであり、正式リリースされたところでプレイするつもりもなかった。
だが「褐色の聖女」と決着を着けられなかったことが、心の中でしこりのように残っていた。
「私に勝てない存在などいてはならない」
「悪魔」にとって「勝利」とは当然のこと。呼吸をするのと同じくらいにあたり前なことだった。
その「勝利」を得られなかった。それが「悪魔」を「EKO」に留まらせた最大の理由だった。
しかしその理由もいまは違ってしまっていた。いや理由が変わったのだ。ほかに執着できる者が現れたのだから。
「……まぁ、しょせん蛙などこの程度かの?」
EKを担ぎながら「悪魔」は笑った。
うだうだとつまらないことを抜かしていたPKは死亡判定とされて、光となって消えた。その相方もいましがた死亡した。
EKを抜く必要のない相手だったが、どうにも勘違いをしていたようなので、その考えを改めさせるためにわざわざ抜いてやっただけのこと。
店売りのテーブルナイフでも殺そうと思えば殺せる程度でしかない相手だったが、心を折るには圧倒的な力の差を見せつけなければならない。
その力量差を見せられて、あのPKはどうするだろうか?
圧倒的な力の差を見せられてもまだ「最強」などというバカげた看板を掲げるつもりだろうか?
滑稽なことではあるが、「悪魔」は気にしない。記憶の片隅にも残らない些事であることには変わりないのだから。
「……やっと見つけた」
不意に声を掛けられた。振り返るとそこには件の「聖女」が立っていた。
いや、元「聖女」と言うべきだろうか。かつてPKKとして称えられた「褐色の聖女」はすでに「堕ちた」のだから。
「どうした? 「聖女」」
「「聖女」呼びはやめてくれない? 私もともとその呼び名は嫌いなの」
「だがプレイヤーネームを口にされるのは困るのであろう? なら「聖女」と呼ぶしかあるまい?」
「……ほかにもあるんじゃないの?」
「ふむ。では「褐色」とかかの?」
「それ思いっきり身体的特徴じゃない。もっとましなあだ名をつけてくれないかしら、「姫」?」
「そう言われてもすぐには思いつかぬの。まぁ、折りを見て考えておこうか。それでまはプレイヤーネームで呼ぼう。よいな、アッシリア」
「……好きになさいよ、アオイ」
「聖女」ことアッシリアは「悪魔」──アオイに向かってため息を吐いた。
普段のアオイならそういう仕草さえ腹立たしくあるが、いまは溜飲していたこともあり、大して気にはならなかった。
「ふふふ、普段の我なら腹を立てていようが、いまは気分が良い」
「そこで転がっていたPKを倒したこと? たしか「鮮血のクロ―ド」だったかしら? 相方の、えっと「嘲笑のファウスト」がいなかったみたいだけど」
「ああ、あの蛙なら始末したぞ? まぁ、我が手を掛けたわけではなく、上空に飛ばしたEKの切っ先が、たまたま奴の喉を抉っただけ。運にも見放されるとはのぅ」
EKをしまいながらアオイは笑う。そんなアオイにアッシリアはため息を吐いた。
「……嘘を吐かないで。本当にでたらめな能力のEKを入手したものよね。その分見た目はちょっとアレだけど」
「む」
アオイのEKはかなり奇抜な見た目をしていた。
だが奇抜なのは見た目だけだ。その能力は全EKの中でも一、二を争うほどのものである。
……本当に見た目さえまともであれば、アオイも堂々と持ち歩きたいところだが、見た目が大問題だった。
「……巨大なしゃもじに殺されるプレイヤーって憐れね」
「それを言うな、アッシリア」
アオイは背に担いだEKを──巨大なしゃもじを見て小さくため息を吐いた。
この見た目でURランクだと言われたときは、運営の頭を疑ったものだが、その能力はたしかにURランクに相応しいものだった。
「そういうへんてこな見た目なのがURランクなのかしらね? まぁ、あなた以外にURランクを手に入れたという話は聞いたこともないけれど」
「いや、いるぞ?」
「え?」
「ひとりだけいる。とても愛らしい子がの」
アオイは初日に会ったっきりの少女を、タマモを思い浮かべていた。
指通しのよい金髪の髪はまるで砂金のように煌めき、髪と同じ色の立ち耳はとても温かくて柔らかかった。
三つある尻尾はどれもふさふさであり、ブラシを渡された一日中ブラッシングをしてあげたくなる。
なによりもあの愛らしい顔だち。あの顔立ちを思い出すたびにアオイは打ち震えてしまう。
「ああ、欲しいのぅ。あの子が欲しくて堪らぬ」
「……それはどういう意味で? クランに欲しいという意味? それとも」
「決まっているであろう? 屈服させて身も心も我のものにするという意味じゃよ」
喉の奥から笑い声が出ていた。アオイはタマモに惚れていた。
だが、その恋心は通常のものとはだいぶ違う。かなり歪な形である。いっそ病気と言ってもいいくらいには。
「……普通好きな相手にそういうことはしないと思うけど?」
「普通はな。だが我は普通ではない。「欲しいと思ったものは、どんなことをしてでも手に入れる」と言う家訓があっての。たとえどんな抵抗を受けたとしても、我はあの子を手に入れよう。あぁ、考えただけで身震いする。どうやって屈服させようかの? 手足を折って、動けなくなったところを少しずついたぶろうかの? 信じていた相手にいたぶられて泣くあの子に「あなたのものになります」と請わせようかの。ああ、それがいい。それが一番よいのぅ。ふふふ、それまではあの子が想う我を演じなければならぬ。面倒だが仕方があるまい。この恋を成就させねばならぬのじゃから」
「……同情するね、その子には」
「なんじゃ妬いておるのかえ?」
「誰が。ただわかったことがあるよ」
「うむ?」
「あなたは壊れているよ、アオイ」
「そんなことはとうにわかっておるよ、アッシリア」
高らかに笑いながら、アオイは路地の奥へと向かった。
タマモをいたぶろうとした蛙どもは始末した。タマモをいたれるのは自分しかしてはいけない。だからこその制裁をした。その制裁がすみ、アオイは上機嫌になっていた。
「さぁ、行くぞ、アッシリア。「蒼天」の立ちあげじゃ」
「……了解、姫」
アッシリアはまたため息を吐いた。
ため息を吐きながらもアオイの後を追ってくる。その姿を眺めつつ、アオイは目を見つめていた。
前を見つめながらもアオイは舌なめずりをしながら呟いた。
「あぁ、早く会いたいのぅ。会ってそなたをめちゃくちゃに壊してやりたいのぅ」
あの純真さがどう穢れるのかを想像しながら、アオイは高らかに笑った。
以上「銀髪の悪魔」ことアオイ視点のお話でした。
これにて第一章はおしまいです。
次回から第二章ですが、少し間を開けまして、31日の木曜日正午から始めます。ご了承ください。




