4話 職人のトロル
遅くなりました←
「──北の第2都市ベルスへようこそ!」
レンの目の前にはそんな垂れ幕が掛かっていた。
垂れ幕に書かれている字は、この世界の言葉だが、自動的にそれぞれのプレイヤーの自国語に翻訳されている。
垂れ幕に書かれている言語は、象形文字と英数字などが組合わさった複雑なものだが、自動翻訳されているため、あっさりと読めていた。
「ここが「ベルス」かぁ」
「ベルス」の内部は東洋と西洋が入り交じったごちゃ混ぜ感のある「アルト」とはだいぶ様相が児となっていた。
街の門を潜ってすぐの大通りには、いくつもの工房兼商店が立ち並んでいた。その商店の建物には煙突があり、その煙突からは白煙が上がっている。商店の軒先には筋骨隆々としたドワーフや巨人等の種族が大声を上げて客寄せをしていた。
「うちの剣は名工が鍛え上げた逸品だ!どんな素人でも岩をバターのように斬ることができるぞ!」
「はっ、そんな剣なんざ、うちの名工が鍛え上げた斧の前じゃ一堪りもないぜ!うちの斧をどうだい!?」
「いやいやいや、どんな剣も斧もうちの工房の秘伝の技で鍛え上げた防具の前ではなまくら同然よ!攻撃に集中するためには防具がよくなけりゃな!」
活きのいい職人同士の罵り合いながらの客呼びの声が大通りには響いていた。
それは門の近くだけではなく、大通り全体で同じようだ。
風光明媚な「アルト」とは違い、「ベルス」は野卑みが強いようだが、大通りは活気に満ち溢れていた。「アルト」も活気はあるのだが、どこかお上品なのだ。
だが、「ベルス」は「アルト」のような上品さは皆無と言ってもいいが、「アルト」とは異なる活気さがレンには好ましく思えた。
「そこの「旅人」の兄さん!」
「え、あ、はい?」
不意に声を掛けられた。見れば筋骨隆々とした巨人の職人が、きらきらとした目でレンを見つめていた。きらきらとした目でレンに向かって手を振っている。
なんとなく嫌な予感がしつつも、レンは職人のもとへと向かった。
「えっと、なにか?」
「いやぁ、なかなかいい装備をしているなぁと思ってな。服系の軽い装備だが、かなりの出来だ。なかなか腕のいい紡績職人が作ったようだな?」
「え、あ、まぁ、そうですね。同じクランの子の知り合いに職人さんがいて、作ってくれたんです」
「なるほどねぇ。うん、いい代物だな」
巨人の職人はレンを上から下まで見渡してから笑った。呼び込みを掛けているほかの工房の職人とは違い、自身の工房の装備を進める様子はない。ただレンの装備を興味深げに眺めるだけである。
「えっと、ここよ装備を勧めはしないので?」
「うん?いや、その装備で十分だろう?あんたは速度重視の剣士のようだし、うちにある装備とは食い違いがあるぜ?」
巨人の職人は不思議そうに首を傾げていた。たしかに巨人の職人の工房に置いてある装備は、重量のあるものばかり。前線に張り付いて後衛の壁役となるタンク系プレイヤーには向いているものだが、レンのように一撃離脱をするタイプのプレイヤーにはあまり向かない。その手のプレイヤー向きの装備もあるにはあるが、レンの装備に比べると劣る性能のもののようであったし、装備するにも少し躊躇いがあった。
甲虫の軽鎧 レア度2 品質B
甲虫系モンスターの甲殻を使った軽鎧。金属不使用なため、魔術に対してマイナス効果はなく、魔術師系プレイヤーでも装備可能となる。防御力+4。
防御力は1点劣り、特殊効果もない。加えて甲虫系モンスターの甲殻を使用しているということが引っ掛かる。
(リトルビートルの甲殻に似ているんだよなぁ)
そう、使用している甲殻がリトルビートルのそれにそっくりなのである。
リトルビートルたちとは、ログハウス建築の際に協力してもらっており、いまも雑木林を切り開き、畑の開墾に従事してくれている。そのリトルビートルに似た甲殻を使用する軽鎧を装備するというのは、クーたち虫系モンスターズに対して喧嘩を売りかねない行為であった。
「ちなみにその軽鎧って、どのモンスターのものですか?」
「うん?これはリトルビートルのだが、あんたのそれより一段劣るぞ?」
巨人の職人は怪訝そうな顔をしていたが、素材を聞いてより一層装備するわけにはいかなくなった。
(下手したら、クーが凄みのある顔で迫ってくるじゃんか)
虫系モンスターズの一員とは、別個体ではあるものの、同じ種族の甲殻が素材となると、クーが確実に怒り狂うのは目に見えていた。
以前、別個体のクロウラーから絹糸を入手したことをようやくクーが許しつつあるのだ。禊がもうじき終わろうとしているのに、また逆戻りは正直勘弁願いたい。
「あー、同じクランにクロウラーがいまして、虫系素材なんて身につけたら真っ赤になって怒るなぁと思ったので」
「なんだ、クロウラーが仲間にいるのかい?なら、この手の装備はダメだなぁ。となるとうちの工房の装備だと、あんたに最適なものはないぜ」
「そうですか。でもならなんで俺を?」
「うん?あ、あー、もしかして勘違いさせたか。悪い、悪い。俺は巨人族のトロルというんだが」
巨人の職人ことトロルは、苦笑いしながら話を始めた。
その話によるとトロルはいわゆる武具マニアらしく、自宅兼工房の個人スペースには古今東西の武具のコレクションを所蔵しているそうだ。そのマニアっぷりが影響して職人を始めた結果、「ベルス」でも有数の職人に選ばれたこともある腕利きのようだった。
しかし腕利きではあるのだが、武具マニアが影響してしまい、珍しい武具の持ち主を見かけたら、話しかけずにはいられない本人曰く悪癖があり、レンに話しかけたのも、ほかのプレイヤーたちとはまるで違う装備を見て、マニア魂がくすぐられた結果であり、決してレンに工房の作品を売り付けようとしていたわけではなかったそうだ。
「そういうことでしたか」
「あぁ、悪いことしちまったな。すまねぇ」
「いえ、お気になさらずに。それよりも」
「うん?」
「武具ということは、こいつにも興味があるんですか?」
「お、おう!もちろんだ!」
レンは腰のミカヅチを指差した。トロルはまた目をキラキラと輝かせて頷いた。その様子はまるで子供のようだった。
「鞘だけじゃ詳しくはわからんが、相当の業物と見たぜ!ぜひ見てみたい!」
キラキラと目を輝かせながら、鞘から抜き放たれたミカヅチを見てみたいと言い切るトロル。
さすがに街中で抜刀するのは憚れたが、トロルの工房の奥であれば問題はなさそうであった。
「この場ではさすがに見せられませんけど、工房の奥なら構いませんよ」
「よし!なら奥に来てくれ!善は急げってな!」
トロルはそそくさと工房の奥に行ってしまった。レンは「本当に子供みたいだなぁ」と苦笑いしつつも、トロルの向かった工房の奥にお邪魔することにした。
本当はもうちょっと続けるつもりでしたが、今日はここまで←汗




