2話 迷うレン
遅くなりました←汗
今回も引き続きレン視点となります
数日前──。
「やっと着いたか」
レンはため息混じりに、エリアの境目に立っていた。
レンが見ていたのは、第2都市のあるエリアだった。レンが向かったのは「ベノス」──北の第2都市だった。
その「ベノス」を一望できる境目から、切り立った崖の縁にレンは立っていた。
「……まったくタマちゃんめ」
「ベノス」を眺めながらレンはため息を吐いた。本来なら「ベノス」には、とっくにたどり着いている予定だった。
だが、思わぬトラブルに巻き込まれたのだ。そう、タマモの「死の山」への登山である。
当初レンも気づいてはいなかったのだが、第2都市に続く、第2エリア踏破を目指さそうと掲示板で情報収集していると、各板で生産職の面々が現れたのだ。
最初は「生産職の人もいろいろな板に現れるよなぁ」と思ったものだったが、その内容をよく観察してみると「死の山」についての情報を集めているようだった。
当然レンも「死の山」については知っていた。「はじまりの街アルト」のすぐそばにある高難易度ダンジョンのことである。
曰く攻略組でさえも太刀打ちできないモンスターたちの巣窟であり、初日から連続で死に戻りをし続けながら踏破を目指すプレイヤーたちがいるという程度は知っていた。
おそらくはほぼすべてのプレイヤーたちが、その程度の認識しかしていないはずだ。
生産職のプレイヤーは戦闘もこなせるが、基本的には裏方メインとなるので、高難易度ダンジョンにはあまり興味がないと思っていたのだ。あったとしてもそのダンジョンで入手できる素材がどれくらいのものなのかということくらいか。
だが、ほとんど踏破できていない現状では、入手できる素材のことなどほとんどわかっていないはず。
それでも未知の素材に対して飽くなき探求心があるのだろうとレンは思っていたのだ、そこまでは。
だが、読み進めていくと他人事ではすませられなくなってしまった。
なぜなら生産職の面々は、「狐ちゃんが」と言っていたのだ。
「狐ちゃん」とは掲示板におけるタマモの通称「通りすがりの狐」の略であるが、なぜかどの板の生産職の面々は口々に「狐ちゃんが」と言っていたのだ。
嫌な予感を覚えたレンは、生産職の面々の書き込んだ内容をよく読んでみた。大抵の書き込みはだいぶ焦っているようであり、散発的な書き込みばかりでいまいち内容がわからなかった。
だが、ただならぬ雰囲気をかもち出しているのはわかった。散発的な内容になるほどのことが起きてしまったという証拠である。
「今度はなにをやらかしたんだ、タマちゃんは」
生産職の面々が慌てふためくこと。生産板のアイドルと言われているタマモが、またなにかやらかしたということしか思い付かなかった。
すでにアルトからだいぶ離れていたレンは、数時間前に別れたばかりのタマモとの会話を思い出していていた。
「たしかタマちゃんは登山をしに行くって言っていたよな。小川の源流点を見つけに行くとかなんとか言って」
週末に放映される旅番組のようなことをしようとしていた理由はわからないが、タマモの琴線に触れたことはたしかであろう。
「近くの山の中にあるみたいだから、数日登山しに行くと言って──ぁ」
レンはそこでわかった。同時に背中を冷たい汗が伝っていく。
「アルトの近くの山って、「死の山」しかなくね?」
口にしてようやく生産職の面々が慌てている理由がわかった。タマモが無謀を通り越して、致死確定の登山しに行ったからである。それも単独行でだ。
「なにしているんだよ、あのロリっ狐は!?」
レンは堪らず叫んだ。
そのときのレンは次のエリアに進むためのエリアボスの挑戦待ちをしていた。そのための情報収集だったのだが、まさかのタマモの暴走を知ることになるとは考えてもいなかった。
レンは堪らずアルトに戻ろうと立ち上がったが、ちょうどそのとき。
「そこのあんた、順番空いたぞ!」
声を掛けられた。ひとつ前に挑戦していたクランが戻ってきていた。
どうやら討伐はできたようだが、その反面消耗が大きく、そのままアルトへと戻るようだった。
「えっと」
ボスに挑戦している場合ではなくなっていた。なくなっていたのだが、順番が回ってきた以上は仕方のないことだった。
後ろ髪引かれる想いではあったが、レンはエリアボスにと挑戦した。
第1エリアのボスであるレッドタイガーは、その名の通り赤い毛皮を持つ虎型のモンスターだった。そこそこの動きの速さと高い攻撃力を誇る強敵だったが、致命的な弱点がある。
それは状態異常への耐性がなく、状態異常に非常に弱いということ。特に毒や麻痺が有効であり、毒のスリップダメージだけで体力の半分を削れ、麻痺も併用させれば封殺可能となる。
かつてはガチンコでの対決をしていたそうだが、一か八かで毒の攻撃アイテムを使ったら、それだけで体力の半分を削ることができたことから、状態異常に弱いのではないかという推測が立ち、検証の結果、状態異常にさえしてしまえば、アルト周辺のエリアボス中最弱の存在となってしまう。
もっともあくまでも状態異常にできればの話であり、状態異常にできなければスピードとパワーによる逆に封殺されてしまいかねない、弱いのか強いのかよくわからないエリアボスという立ち位置になっていた。
ゆえにレッドタイガー戦では毒や麻痺等の攻撃アイテムを切らせないことが重要だった。
レンも毒の攻撃アイテムを持っていたが、そのときはタマモのことで頭が一杯になっていた。
そのため、エリアボス戦に突入すると、レンは攻撃アイテムを使わずに最初からミカヅチを全力で使うことにした。
「……悪いけど、遊んでいる暇はないんだ」
エリアボスのレッドタイガーは、一段上がった高台にいた。
その体はかなり大きかった。見たところ3メートルはあった。ベンガルトラなどの大型の虎が同じくらいのサイズとなるというのは聞いたことがあるが、動物園で見るような虎はそこまで大きくはないため、そのサイズには圧倒されそうになる。レンも一瞬息を呑んだものの、すぐにスイッチを切り替えると、ミカヅチを抜いて構えた。
レッドタイガーは高台で牙を剥いて低く唸りながら、レンを睨み付けていた。その目は血走っており、強い怒りに染まっていた。
しかしどんな強い怒りを向けられたところで、レンに思うところはない。そういう設定のボスであろうということはわかる。だが思うのはそれだけ。それ以上の感情はレンにはなかった。
「「雷電」」
レンはレッドタイガーに向かって駆け抜けた。駆け抜けながら使いなれたスキルである「雷電」を、雷を纏った高速移動スキルを使った。
「雷電」が発動すると同時にレンの姿は掻き消えた。
レッドタイガーの目が見開かれ、そのまま閉じることはなくなった。レッドタイガーは目を見開いたまま、首と胴体が別れることになった。
「……ごめんね」
レッドタイガーの巨体がずしんと大きな音を立てて地面に倒れた。
「北部第2エリアの通行が可能となりました。なおエリアボスを初回かつギミックなしでの撃破した功績を称えまして、「威武堂々」の称号をお贈りします」
レッドタイガーの死骸が光に包まれるのと同時に、アナウンスが流れた。内容は第2エリアへの通行が可能となった知らせと称号の入手だった。
「称号は聞いていなかったけど」
そう、称号のことはレンは初耳だった。ただそれも無理もない。
レッドタイガーは初期エリア4つのエリアボス中、まともに戦う場合は最強のエリアボスだが、状態異常付与させて戦う場合は一気に最弱と化す。ほかのエリアボスはそれぞれ弱体化できるギミックを利用しても完封可能にはならない。もっとも一気に弱体化することには変わらないが、レッドタイガーほど顕著ではなかった。
そのエリアボスたちに攻略組は何度も死に戻って現在の攻略法を確立したのだ。その検証回数がもっとも多かったのがほかならぬレッドタイガーであったが、その甲斐あって現在北部第2エリアへは多くのプレイヤーが行き来可能となっていた。
すべては攻略組の検証の成果だ。その成果があるからこそ、レッドタイガーは安全に狩れるエリアボスとなっている。
そのレッドタイガー相手にガチンコで真っ正面で戦おうというプレイヤーなど、わざわざ危険しかない方法で戦おうとするプレイヤーなどいるわけもない。
よって「威武堂々」の称号は掲示板には掲載されていない情報だったが、そのときのレンにはどうでもいいことだった。
「一度アルトに戻るか?でも早々に戻るのも」
強くなるまでは戻らない。そう啖呵を切ったというのに、早々に戻るというのはどうにも格好がつかない。
とはいえ、タマモの危機であることも確かであった。
どうしたらいいのか。レンにはわからなかった。
わからないが、このままボスエリアに居座るわけにもいかない。
「……どうしよう」
レンは退くことはおろか進むことも躊躇っていた。
躊躇いながらもとりあえずボスエリアからは出ることにしたのだ。
「とりあえず、第2エリアに出てから詳しく考えよう」
レンはため息を吐きつつ、第2エリアにと脚を踏み入れたのだった。
威武堂々……正々堂々真っ正面からの戦いを望む者に与えられし称号。その気勢、まさに武人なり。初期エリアの各ボスを弱体化なしで討伐することで入手。効果は戦闘時にSTR、VIT、DEXに補正(中)付与。




