1話 修行
こんにちは、お待たせしました。
昨日更新する予定だったんですけど、間に合わなくて←汗
さて、第5章はレンが主役となります。
呼吸が乱れていた。
周囲の熱気で体が灼けてしまいそうだった。レンはミカヅチを地面に突き刺しながら、呼吸を整えていた。
「どうした、小僧?もう終わりか?」
声が掛かった。顔を上げると、赤い女性が笑っていた。髪と目、身に付けている外套や剣に至るまですべてが赤い。まるで炎が擬人化したかのようだ。
「まだ、これからです」
レンは大きく息を吐きながら、立ち上がった。ミカヅチを正眼に構える。切っ先はわずかに揺れているが、女性は気にしてはいないようだ。
「ならばよし」
女性は赤い剣を肩に担いだ。剣を鞘から抜いており、その鞘は腰の右側にあった。
鞘ありの一撃なら喰らっても致命傷にはらない。だが、鞘から抜かれた剣ならば話は別である。
レンもミカヅチを鞘から抜いているが、一向に当てられそうにない。
「始めるぞ」
女性はそう言うが、動く気配はない。
初擊は譲ってやると言外に言われているのだ。屈辱的なことだが、腹は立たない。もう何度も繰り返したことであるし、なにをされても仕方がないほどに実力差がありすぎているのだ。レンのプライドなどすでにないも同然となっていた。
すべてを受け入れたうえでレンはいまここにいる。
「行きます」
宣言してから踏み込む。正眼からそのままミカヅチの切っ先を押し出すようにして突いた。わずかな動作から放たれる高速の一刀が女性の喉元めがけて唸りを上げた。
女性は「ふむ」とレンの突きを間際まで見ていた。どうあっても避けきれない距離まで女性は動こうとしていなかった。
ミカヅチの切っ先が女性の喉元に触れた──。
「鈍い」
──女性の喉元に触れたはずのミカヅチの切っ先が、逆にレンの喉元に突きつけられていた。
予想していなかった光景に、レンは驚きを隠せなかった。
女性はレンの様子にため息を吐くと、ミカヅチの柄をレンにと向けた。レンは素直にミカヅチの柄を握った。
「アホウ。素直に柄を握る奴がおるか」
同時に女性がレンの手首を掴んだ。それからほんの一瞬でレンの視界はぐるりと回転した。気づいたときには女性を下から見上げていた。一瞬の早業にレンはまた驚いた。
だが、そんなレンを尻目に女性は「ふん」と吐き捨てながら、レンの腹部を踏みつけた。
「げふっ」と自身でも驚くような低い声を出すレン。しかし女性は容赦なくレンを蹴りつけながら攻め立てていく。
「ほれ、どうした?妾はまだ剣の技などひとつも使っておらんぞ?せめて握った剣を一度でも振らせてみよ」
その言葉の通り、女性はレンが知覚できる限り、一度も肩に担いだ剣を振るってはいなかった。そう、文字通り剣を振るっていないのだ。肩に担いだまま、まだ剣を1ミリたりとも動かしていない。いや、それどころか女性は一切その場から動いていないのだ。動くことなく、女性はレンを圧倒していた。
これが格闘技の試合であれば、すでにレフェリーが止めている状態だった。だが、これは試合ではないため、そもそもレフェリーという存在はいない。
遠巻きに見ている者はいれど、止められる資格などはなく、観戦しているだけのものが大半である。その観戦の目的もレンを子供扱いしている女性の戦う様を見るためであり、レンの戦いを見守ろうとしている者は誰も存在していなかった。
「はぁ、つまらぬなぁ。「ミカヅチ」に選ばれし者はこの程度か」
女性は言葉通りレンをつまらないものを見るような目で見ていた。
女性は期待はずれだというかのように、ミカヅチをレンの頭のそばに突き立てた。
「今日はこれでしまいじゃ」
女性はそう言って踵を返した。レンは突き立てられたミカヅチを支えにして立ち上がると、ミカヅチを引き抜こうとした。
「アホウ、気を抜くでない」
ミカヅチを引き抜こうとしたとき、女性の剣が喉元にと触れていた。
いつ振り抜かれたのかもわからなかった。
レンは堪らず尻餅を着いた。女性が大きくため息を吐く。
「やれやれ、あえて背中を見せてやったというのに。一矢報いるどころか、気を抜く始末とは。そなたは相当ぬるい環境におったのじゃな」
女性は呆れていた。呆れながら剣を肩に担いだ。
レンはただ俯くことしかできなかった。
「これ、そうやって気を抜くな」
女性の声に顔を上げると鼻先すれすれのところで女性の剣が止まっていた。また動きが見えなかった。いや、動き出しさえ知覚できなかった。
「これで二度目じゃなぁ」
女性の目は冷たい。冷たいまま、剣を引いた。レンはじっと女性の様子を見つめていた。
(せめて動き出す瞬間だけは見極めたい。いや、見極めなきゃ!)
レンは全神経を集中させて、女性を見つめていた。女性は右手で剣を握っている。
右手に剣を握ったまま、背中を向けていた。レンの意識は女性の右手に集中していた。だが、不意に違和感を覚えた。女性の腰にあった鞘がなくなっていた。
気づいたときには視界の端に赤いものが見えた。レンはとっさに上体を反らしたが、勢いが余って転倒してしまった。同時にそれまでレンの頭があった位置に女性の鞘が通過した。鞘はレンが意識していなかった左手で握られていた。
「ほぅ、避けたか──と言うとでも思ったか?」
鞘の一撃は避けきれた。だが、体勢は崩れていた。レンは急いで体を起こすも、そのときにはすでに女性の剣の切っ先は鼻先にまで迫っていた。
寸止めしようとしていないのは明らかだった。レンの中の時間はゆっくりと過ぎていく。女性の剣もゆっくりとだが迫っていた。
レンは体を左側に倒し、切っ先から逃れた。が、行動が遅かったこともあり女性の剣の切っ先がレンの頬を深く抉りながら通過していく。ひどい痛みとともに口の中に血が溜まっていく。
だが、避けることはできた。そして反撃の機会だった。レンは左側に体を倒しながらミカヅチを振るっていた。
女性は右足で踏み込んでおり、ちょうど右側が死角になっていた。
(このタイミングなら当たる)
レンは確信しながらミカヅチを振り抜いた。
「気を抜くな、と言うたであろうが、アホウめ」
ミカヅチを振り抜いたレンだったが、その視界は上空を見ていた。赤く光る岩の天井。レンの身長よりもはるかに高い天井をレンは見上げていた。
天井を見上げながら、徐々に体が後ろへと倒れていく。
その際わずかにだが、女性の位置が変わっているのが見えた。
女性はレンの左側に立っていた。左手に握る鞘を振り上げる形でだ。女性がいる場所はミカヅチの軌道からは外れていた。ミカヅチが届かない距離にいた。
恐らくはすれ違うようにして左足で踏み込み、ミカヅチの軌道から逃れたうえで鞘で顎を打ち上げたのだろう。
そこまで考えたときには背中から地面に倒れていた。倒れるやいなや首元に女性の剣が突きつけられた。もう体はぴくりとも動かなかった。
「……参り、ました」
レンははっきりと負けを認めた。
女性はため息を吐きながら剣を鞘に納めた。不意打ちを仕掛けられるだろうかと思ったが、女性はレンを抱き起こすと、そのまま座らせた。
「弱いな」
「……はい」
「ほう、認められるか?」
「……少なくとも歯さえも立たないです。悔しいですが」
「ならばよし。これからは折りを見て鍛えてやる。最後の一撃は悪くはなかったし、見込みは多少ある。それに妾の餌場を荒らしてでも強くなろうとしていのだ。妾は貴様のその気概を気に入っている。ゆえに妾のしごきくらいは耐えられるであろう?」
女性はにやりと笑っていた。荒らしたくて荒らしていたわけではなく、たまたまそうなっただけだったのだが、結果的には女性の言うとおりなのである。
「よろしくお願いいたします、焦炎王様」
「堅苦しい呼び名はするな。これよりは「師匠」と呼ぶこと、そして妾の居城に住まうことを許す」
「はい、師匠」
レンは女性、いや、焦炎王にと向けて頭を下げた。
レンがいるのは焦炎王の居城こと地底火山だった。そして観戦していたのは、地底火山に住まうモンスターと「ガルキーパー」のマスターであるガルドだった。
なぜレンとガルドか焦炎王の居城にいるのか。それはゲーム内時間で数日前、ちょうどタマモが特別クエストをクリアした翌日のことだった。
のちほどいろいろと整えます




