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Ex-17 悲しいほどに似た笑顔のために

遅くなりました←汗

今回で4章はおしまいです。

妹が月に語りかけていた。


母を喪ったばかりの頃は、よく見かけていたものだが、それはいまも変わらないようだった。


(無理もない、か)


妹は母の従者であった。が、妹が母に向ける目には、明らかな恋心が含まれていた。


だが、当時はそのことになにも思うことはなかっ


た。恋をしていたのは妹だけであり、母は娘としてかわいがっているのだろうとしか思っていなかった。


ゆえに妹もいずれは諦めて真っ当な恋をするだりうと思っていた。


だが、それは誤りだったのかもしれないといまは思えていた。


(母上もふーこを特別な目で見ていたのかもしれんな)


その証拠が妹の持つ扇子だった。妹曰く「結納の品」ということだったが、その「結納の品」を妹は大切に扱っているようだ。


もう1000年は経っているだろうに、いまでもまだ現役で使えている扇子には驚かされた。妹が定期的に補修していたのだろうが、それ以上の理由がある。


(母上の霊力が込められていたのか)


扇子には母の霊力が込められていた。その霊力はとても強力で、1000年という長すぎる時間が経ってもなお形状を維持している時点で、どれほどの霊力が込められているのかは伺いしれる。


もっともその力も長すぎる時間の中でだいぶ薄れているようだが、この霊山に住まうモンスターなどはたやすく塵にできる程度はまだあるようだ。


(……それほどの力を込めたものをふーこに渡したという時点で、いや、ふーこに渡すからこそ込められたのかの?どちらにしろ、ふーこを守るための力であることには変わらぬな。つまりそれだけふーこを特別視していたということじゃな)


妹の一方通行な想いだとばかり思っていた。しかし実のところは、一方通行というわけではなかったのかもしれない。具体的にはもう知りようはないが、少なくとも妹を憎からず想っていたことはたしかなようだった。


(まぁ、母上らしいか。いつも笑みを浮かべてばかりの人じゃったし。……その笑みにどれほどの諦念が込められいたのかは考えるまでもないことじゃが)


昔はよく笑う人だとしか思っていなかった。だが、いまになってわかるのだ。当時の母はよく笑っていたのではなく、笑うことしかできなかったのだ、と。


(……いまになって理解できるのじゃから、ままならぬものよ)


強大な力を持つようになったことで、他者と隔絶した力を持つようになったことで、はっきりと理解できた。「あぁ、こういうことだったのか」と。「笑顔をいつも浮かべていたのではなく、笑うことしかできなくなっていたのだ」と。「その笑みには諦念しかなかったのだ」ということがいまならわかる。


(どんなに感情を露にしたくとも、そうしただけで甚大な被害が出てしまう。それが我らに降りかかったらと考えれば、母上が笑うしかなかったのも理解できるし、納得できる)


当時はただの竜だった。そのただの竜であっても、ほかのモンスターとは比べくもない実力差があった。


しかし母との差は比べくもないという言葉では片付けられないほどにあった。それこそ象と蟻という言葉でさえ生ぬるいほどにだ。


それは姉と他者との関係も同じだったが、その姉と母との差もやはり隔絶していた。むしろ姉でようやく蟻になれるほどに母は強かった。強すぎるほどに強かった。


それこそ母が戦おうと霊力を発しただけでその周囲数キロが蒸発するのだ。人もモンスターも大地さえ跡形もなく蒸発する。それほどに母は強すぎた。母の前で立っていられるのは、主神エルドのみ。そのエルドを前にしたら、母でさえも子供扱いされてしまっていたが、その点で言えば母は恵まれていたのだろう。


道を踏み外しても止めてくれる存在がいることは救いではあった。


しかしその一方で並び立つ者が存在しなかったことは不幸としか言い様がない。


氷結王自身、並び立つ者はほぼいない。せいぜいほかの「四竜王」くらいだが、わずかでも並び立つ者はいるのだ。


だが、母にはそんな相手は存在しなかった。いや、存在するわけもないのだ。なぜなら母は主神エルドの使いとして産まれたのだ。そう、たった一人の「神獣」として産まれた母と並び立てる存在などいるわけがなかった。


(可能性があったのは、姉上くらいだったか。あの方は努力する天才じゃったしな)


母と並び立てるとしたら、それは姉以外には考えられなかった。


母の妹として産まれた姉ならば、「霊獣」である姉ならば可能性はあった。


その証拠に剣術において姉に勝てる者など存在しなかった。あくまでも母を除いては、だが。


姉は剣術だけではなく、戦闘における天才であり、努力家であった。


だが、その努力家な天才を以てしても母には太刀打ちさえできなかった。文字通り子供扱いされていた。姉が努力する天才であれば、母は神の寵愛を受けし者だった。


姉ほどの天才が凡才に成り下がるほどに、母はすべてにおいて姉をはるかに凌駕していた。


(……いま思えば説得するべきだった。いや、説得したところで認めるような人ではなかったが、命を懸けて説得するべきだったのぅ)


どんなに努力をしても超えられないものはある。それが壁と言われるもの。その壁を姉は命からがらよじ登っていたとすれば、母はその壁みずからが縦に割れて道を作っていた。


そんな存在に並び立つことなど無理なことだ。そう言えればよかった。殴られようとも斬られようとも言えばよかった。別の方法で並び立てばいいと道を示してあげればよかった。いや、一緒に進めばよかったのだ。……目の前の妹がそうしたように、だ。


(ふーこを特別視されたのは、ふーこが母上を「神獣」として見ていたからではなく、ふーこは母上を「だんな様」と見ていたからか。この世に存在するすべてから崇めたてられる存在としてではなく、ただひとりの「だんな様」として見ていたからなのだろうな)


いま思えば当時の自分は「母上」と呼び慕っていたが、本当は母としてではなく、「神獣様」として母を見ていたのだろう。


母は「家族だ」と言ってくれていた。


だが、自分はその役割を演じるだけだった。「家族」になろうとしていなかったのだ。それは自身の眷属も直下の妹とその眷属も、そして姉でさえも変わらなかった。ただひとり目の前にいる妹であるふーこだけは違っていた。


ふーこは母が言っていた「家族」として母のそばにいた。それを母がどれほどまでに望んでいたのか。ふーこよりも長くそばにいたはずの自分たちには気づけなかったことを、ふーこだけは気付き、そして実践していた。いや、実践していたというよりも、本当の「家族」になっていたのだ。


だからこそ母はふーこを特別視していた。そのことに気づいていたからこそ、姉はふーこにはことさら厳しかったが、その一方でふーこのことを母ほどではないが愛していた。


(姉上は素直ではなかったからのぅ)


自分にできないことをやってのけたふーこを、本当の妹のように想いつつも、姉である母を奪われそうなことに危機感も抱いていたのだろう。実にあの姉らしいことだった。


矛盾する想い。相反する想いを抱いてしまう。あの姉はきっとそういう星の下に産まれたのだ。悲しき宿命を姉は背負っていたのだろう。だからこそ母は言っていた。最期の力を振り絞りながら言っていた。


「ギョウを怨まんといてなぁ。あの子は「愛するものを目の前で喪う」という宿命を背負っているんよ。愛するからこそ、あの子は喪ってしまう。そんな悲しみから解き放ってあげたかったんだけど、ねぇ」


母はもうまともに目が見えなくなっていたのに、最期の最期まで姉を、自身の妹たるギョウを心配していた。ギョウを最期の最期まで家族として愛していた。たとえその死が家族であるギョウの手に掛かっていたとしても。母は最期まで母らしかった。


「……堪忍なぁ、ふーこ。一緒にはもういられないんよ。元気で、なぁ」


最期にふーこに謝りながら、母は眠りについた。醒めることのない眠りについたのだ。


あれから1000年以上の月日が流れた。まだ若い竜だった自分は、すっかりと老いてしまった。そしてふーこもまた老いていた。老いながらもその姿は在りし日の母を連想させてくれるほどに美しく成長していた。


だが、まさかかつてのふーこを想わせる存在が現れるとは思っていなかった。


「のぅ、ふーこよ」


「はい?」


「アンリたちを連れて来たのはなぜじゃ?」


ふーこはアンリという若い妖狐の少女を連れてきていた。連れてくるのはいいのだ。ただなぜ自分の前に出したのかがわからなかった。ゆえに尋ねた。するとふーこは真剣な表情で言った。


「……兄上のお力を貸してほしいからです」


「我の?」


「はい。「だんな様」を喪ったときのように眷属様を喪うわけにはいかぬのです。ゆえにどうか眷属様たちに加護を」


「……そういうことか」


あえてアンリを連れて来ていたのは、かつての光景と重ねさせるため。たしかにタマモとアンリはかつての母とふーこの姿を連想させてくれていた。だいたいそうだろうなとは思っていたが予想通りのようだ。


「……わかった。できる限りのことをしよう」


「ありがとうございます」


「気にするな」


悲しき別れを誰にも経験させたくない。孫娘のように想っているタマモならばなおさらである。


「タマモよ。そなたの将来に幸あれ」


氷結王はそっとまぶたを閉じた。思い浮かぶのは、母の笑顔と悲しいほどに似たタマモの笑顔だった。

5章は、2月5日頃の開始となります。

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