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Ex-16 照らす月に希う

昨日は更新できずすみません←汗

今回は、リーゼさん視点です。え、誰のこと? それは読めばわかるってばよ←

 きれいな月だった。


 無数の星々が散らばり、月という主役を際立たせていた。しかし星々の光とて目を奪われるほどに美しい。


 ただ白銀の星よりも黄金の月の方が煌めいているだけのこと。どちらも地上を優しく照らしていることには変わらない。


 そんな月と星を見ていると、かつてのことを思い出す。それこそまぶたを閉じれば鮮やかに甦る思い出がリーゼにはあった。


 それはリーゼが幼かった頃──。




「だんな様、できました!」


 リーゼは小さな体をいっぱいに動かしながら、豆腐の入ったたらいをテーブルのうえに置いた。


「よぅできたねぇ」と優しい声とともに頭を撫でられた。リーゼは「むふぅ」と鼻息を荒くしつつ、尻尾をパタパタと動かしていた。


 当時、リーゼには「()()()()」と慕う人がいた。実際には「だんな様」と呼べるような関係ではなく、従者と主人という関係にしかすぎなかったのだが、リーゼは気にすることなく「だんな様」と呼んでいた。その当の「だんな様」はおかしそうに笑ってはいつもリーゼを膝の上に乗せては頭を撫でてくれた。


 リーゼは「だんな様」に頭を撫でて貰うのが大好きだった。当時はまだひとつしかなかった尻尾は、「だんな様」に頭を撫でて貰うと自然と左右にゆらゆらと揺れてしまっていた。


「だんな様」は「くすぐったいなぁ」と笑っていた。そんな「だんな様」を見るのがリーゼは大好きだった。


 それはその日も同じであり、「だんな様」のお手伝いをした後、「だんな様」と一緒にのんびりとしていた。その内容は出掛けている家族のために食事を作っていたのだ。内容はいなり寿司で、リーゼはもちろん、「だんな様」も大好物だった。


 いなり寿司の材料となる豆腐も作り終えた。後は豆腐を油揚げにして、甘く煮ればもうできたも同然である。


 そのためにも水分を抜かねばならないのだが、その間は暇となるため、リーゼは「だんな様」と休んでいた。


 最初リーゼは「だんな様」の隣に座っていたのだが、「だんな様」が自身の膝を叩いて、「ええよ」と言ってくれたのだ。


 リーゼは頬を綻ばせながら、「だんな様」の膝のうえに腰かけた。「だんな様」はすぐにリーゼの頭を撫でてくれた。リーゼは嬉しくて「こぉん」と鳴いていた。そんなリーゼを「だんな様」はとても優しく見守ってくれていた。


「くぉらぁ!()()ぇぇぇ!」


 しかしリーゼが「だんな様」に頭を撫でてもらっているといつも邪魔が入る。それはリーゼにとっては「だんな様」と同じ主人のひとりであり、「だんな様」の妹にあたる人だった。


「お帰りなさいです、()()()様」


 リーゼは少しだけ不満げに「だんな様」の妹であるギョウに挨拶をした。その日はギョウは出掛けていており、邪魔が入らないはずだったのだ。


 だが、出掛けていたギョウが帰って来てしまったせいで、「だんな様」は頭を撫でるのをやめてしまったのだ。


 リーゼにとっての至福の時間をギョウはいつも邪魔をする。


 だが、そんなギョウをリーゼは嫌いではなかった。もっとも好きというわけでもなかったわけだが、リーゼにとってはギョウもいなくてはならない家族のひとりだったのだ。そのギョウは顔を真っ赤にして、ずんずんと足を踏み鳴らして近づいてくると、こめかみに血管を浮かび上がらせながら叫んだ。


「なぁにぃがぁ、「お帰りなさい」だ、貴様!誰の許しを得て、そんな羨まし、もとい畏れ多いことをしておる!?」


「だんな様が「ええよ」と言ってくださったからですよ?」


「「なにを言っているの?」みたいな顔をするな、子狐!」


「だって、実際そうですもん」


「きぃさぁまぁ!我を誰だと」


「怒りん坊なギョウ様です」


「我が怒っているのは、おまえのせいだよ!」


 目を見開きながら怒るギョウ。そんなギョウにリーゼは「こん?」と首を傾げた。ギョウは「か、かわいい仕草をしてもダメだ!」と顔を真っ赤にして怒っていたが、リーゼとしては怒られている意味がよくわからなかった。


「リーゼはだんな様のお許しを得ているから、お膝のうえに乗らせてもらっているのです。ギョウ様では体重があるからだんな様のお膝が潰れてしまうからダメなのです」


「き、貴様!体重のことを口にしたら、もう戦争しかないだろうが!」


「でも事実なのです。リーゼはギョウ様の半分も体重がありません。つまりギョウ様はリーゼの倍以上に重いわけであって」


「おまえぇぇぇぇぇぇーっ!」


 ギョウは涙目になっていた。


 涙目になりながら怒っていた。怒っているのか、泣いているのかどっちなんだろうとリーゼは思うも、すでにギョウの耳にはリーゼの声は届かなくなっていた。


「子狐、そこになおれぇ!オシオキだぁーっ!」


「リーゼは、ギョウ様にオシオキされないといけないのですか、だんな様?」


 首を傾げながら「だんな様」を見やると、「だんな様」は「されなくてもええんちゃう?」と笑っていた。「だんな様」の止まっていた手がふたたびリーゼの頭を撫で始める。リーゼは「こぉん」と嬉しそうに鳴いてからギョウを見て言い放った。


「なので、お断りするのです、ギョウ様」


「なのでってなんだ、なのでってぇぇぇーっ!?」


 ギョウは目を血走らせながら叫んでいた。地団駄しながら叫ぶのは、ギョウならではの反応であり、リーゼはそんなギョウを見るのが好きだった。そしてそれは「だんな様」も同じで、「ギョウはほんまおもしろいなぁ」と言っていた。


 楽しそうに笑う「だんな様」を見るのもリーゼは好き、いや、大好きだった。むしろ「だんな様」であれば、どんなときでも大好きなのだ。たったひとつを除いては。


「ただいま、戻りま──これは何事で?」


 それまで出掛けていた「()」が戻ってきた。まだ「()」は戻ってきておらず、先に使いを終えたようだ。


「姉」は「兄」にいつも張り合っており、その日もたしか「どちらが先に帰ってこられるか」というどうでもいい勝負を兄に吹っ掛けていた。


 だが、その手の勝負で「姉」は「兄」に勝ったことはない。ゆえに「姉」が荒れて、リーゼの尻尾をめちゃくにするであろうことが容易に想像できた。そのことを考えると少し憂鬱だった。


 しかし「兄」が「姉」より先に戻ってきたことは、被害はリーゼだけに及ぶことはなくなった。いや、「兄」がもっとも被害を受けることになったのだ。


 なぜなら「兄」が戻ってきたことで、ギョウの矛先が変わったからだ。血走った目が「兄」へと向いていた。目を血走らせながらギョウの口元が大きく歪んだ。


「いいところに帰って来たなぁ、()()()ぇ」


「え、あ、あの、姉上?なぜそんなに目を血走らせて、いや、その前に指を鳴らせているのは、ナゼデスカ?」


「決まっておろう?あの子狐の代わりにおまえを折檻するからじゃぁぁぁぁーっ!」


「え、それは八つ当たり、ひぃぃぃーっ!?」


 ギョウは腰の長刀ふたつを即座に抜くと、「兄」に襲いかかった。


「兄」はすれすれでギョウの斬撃を避けるとそのまま逃げ出した。がギョウは「逃がすかぁ!」と叫んで追いかけていた。


「ふふん、今日こそは兄者に勝──」


「そこをどいてくれ、()()()ぁぁぁーっ!」


「な、兄者!?くそ、また今日も──」


「貴様も道連れじゃぁぁぁぁぁーっ!」


「なんでですかぁぁぁぁぁーっ!?」


 家の入口を自信満々で「姉」が潜ったが、その表情はわずかな間で二転三転とし、「兄」ともどもギョウの長刀二刀流に襲われた。「兄」と「姉」は揃って逃げ出すが、ギョウは血走った目を妖しく輝かせながらふたりを追いかけていた。


 そんな三人を「だんな様」と一緒に眺めているとリーゼの膝の上と肩の上にそれぞれ()()()()()()が乗った。イム美は「兄」の、トリ奈は「姉」の眷属であった。ふだんはそれぞれに「兄」と「姉」とともに行動しているが、ギョウの折檻から避難してきたようだった。2体はそれぞれに呆れているようであった。


 もっとも呆れているのはリーゼも同じだった。せっかく「だんな様」に頭を撫でて貰っていたのに、ギョウが来てからは台無しになってしまったのだ。リーゼは頬をぷくっと膨らませていた。


「ほんま、楽しいなぁ」


 だが、当の「だんな様」はにこやかに笑うだけ。その笑顔はとてもきれいだった。その笑顔を見るたびにリーゼの胸はきゅっと締め付けられた。


「……ただ騒がしいだけなのです」


「ふふふ、そうかぁ。でもなぁ、ながぁく生きていているとね、楽しいことってどんどんと少なくなっていくんよ」


「そうなのですか?」


「まぁ、同じ時間を生きていられる誰かがいれば話は違うけどねぇ。……でも誰もいないとなぁ、置いてけぼりにされてしまうんよ」


「だんな様」は懐から狐が描かれた煙管を取り出すと、浅く咥えこんだ。煙管を咥える「だんな様」の目はどこか遠い。なにを思い出しているのか、いや、なにを考えているのかさえもわからない。


 大好きな「だんな様」なのに、少しだけ怖いと思うときがある。それは煙管を咥えて、遠くを眺めているときだ。そのときの「だんな様」だけはリーゼは苦手だった。


 そのときも本音を言うと少しだけ怖かった。だが、それ以上にその目が寂しそうに思えたのだ。リーゼはいてもたってもいられなくなっていた。


「……リーゼは置いてけぼりにはしません」


「うん?」


「リーゼはだんな様を置いて、どこにも行かないのです。だからリーゼをずっとおそばに置いてください」


「だんな様」に相対しながら、リーゼは言った。その際、膝と肩の上に乗っていたイム美とトリ奈は空気を読んだかのように少し離れていた。


 だが、そのことに気づくことなく、リーゼは「だんな様」をじっと見つめていた。


 リーゼの言葉に「だんな様」は呆気に取られたかのように目を何度も瞬かせていたが、すぐに笑うと懐から扇子を取り出し、それをリーゼにと手渡してくれた。


「じゃぁ、これは約束の証。ずっとアタシのそばにいてくれるという証にあげるな」


()()()()()()ということですか?」


「ふふふ、ずいぶんと難しい言葉を知っとるねぇ。まぁ、そんなものやねぇ。で、どないする?受け取ったら約束を交わすことに──」


「だんな様」の言葉を遮るようにリーゼは扇子を受け取った。そのときのリーゼにはためらいなどなにもなかった。ただ大好きな「だんな様」に笑顔を浮かべてほしかった。ただそれだけだったのだ。そうして「だんな様」から扇子を受け取ったリーゼは改めて宣言した。


「リーゼはずっとおそばにおります!だんな様が嫌がったとしてもずっとおそばにおります!」


「……そうかぁ。なら約束やよ、()()()。アタシをひとりにせえへんでね?」


「だんな様」は笑っていた。だが、その目には光るものがあった。そのことにまた胸が締め付けられるが、それよりも優先することがあった。


「リーゼは、「ふーこ」じゃないのです!リーゼは「リーゼ」なのです!」


「だんな様」には困った癖があった。それはヘンテコなあだ名をつけるというものだ。ギョウ以外はそのヘンテコなあだ名が家の中での呼び名になっているのだ。リーゼは「ふーこ」ではないと何度も言ったが、「だんな様」を始め、誰も聞いてはくれないのだ。それがリーゼの唯一の不満であった。


「ええやん、「ふーこ」で。かーいいやん」


「かわいくないのです!」


「ふふふ、そうか、そうか。「ふーこ」はわがままやんなぁ」


「むぅぅぅぅーっ!」


「ふふふ」


「だんな様」は笑っていた。その目にはもう光るものはなく、ただ楽しげにそして愛おしげにリーゼを見つめてくれていた。当時は本当に「だんな様」とずっと一緒にいられると本気で思っていた。だが、その約束は果たされることはなかった。




「……どうした、ふーこよ?」


 不意に声が聞こえた。振り向くと、年老いた兄がいる。その隣にはずいぶんと進化したイム美もいた。だが、「姉」とトリ奈はいない。そしてギョウも「だんな様」もいない。家族はすっかりとバラバラになってしまっていた。


「……少し昔を思い出しておりましたのでな」


 リーゼは懐から扇子を取り出した。思い出が詰まった扇子であり、ずっとずっと大切に扱っていたし、綻びがあってもすぐ補修して使ってきた。それでも少しずつくたびれてはいるが、まだまだ現役で使えるものだった。


「その扇子、まだ使ってくれておるのだな」


「当然ですよ、兄上。だってこれは()()()()ですもの」


「……そうだったな。母上もお喜びになるであろう。そして見せたかったのぅ。おまえは本当に大きく、美しくなった」


「褒めてくださっても差し上げるものはございませぬよ?」


「わかっておるわい」


 肩を竦める兄を見ながらリーゼはくすりと笑った。それから扇子をゆっくりと広げた。


「……あなたは嘘つきでしたね。ずっとそばにいろと言ってくださったのに。自分だけさっさといなくなって、本当にひどい人ですよ、「だんな様」は」


 広げた扇子を眺めていると視界が歪んだ。兄が「ふーこ」と呼んだ。久方ぶりに呼ばれた名前だった。懐かしかった。悲しみもある。だが、それ以上に愛おしさが甦る。


 ずっと昔に置いてきたはずのものが、リーゼの胸に鮮やかに甦る。それはとても残酷で、だがとても美しい記憶だった。その記憶を胸にリーゼはそっと扇子を閉じると胸のうちに抱いた。溢れる想いごと抑え込むようにして扇子を強く抱く。


「私もいずれおそばに向かいます。だからそれまでお待ちください。さっさと置いて行ってくださったお礼を兼ねて、言いたいことは山ほどあるのですから。お覚悟してくださいまし、「()()()()」」


 リーゼは空を見上げた。黄金色の光を放つ月を、いまは亡き「だんな様」を想わせる月を見上げながら、その胸に宿り、そして秘めていた想いを吐露しながらリーゼはただ月を見上げた。


 はるか遠くにいる「だんな様」との再会を(こいねが)いながらただ夜空を見上げ続けた。

次回は別の人視点です。

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