Ex-14 兄と重ねて・前編
非常に遅くなりました←汗
今回から特別編です。
本当は1話にするつもりでしたが、なんかえらく長くなりそうだったので、区切りがよさそうと書いて、「ここから」というところで区切りました←
というわけで今回と次回はアンリ視点となります。
優しい人たちだ。
頭を撫でてもらいながらもアンリは思った。押し掛け女房でしかない自分を受け入れてくれているのだから、優しいとしか言いようがない。
(普通なら、アンリなんて受け入れてくれないはずです)
押し掛け女房というものは、基本的には厄介者扱いされるもの。実際そういう扱いをされてしまう同胞を、子供の頃からアンリは何度も見ていた。
ゆえに本来なら自分もそうなるだろうと思っていたのだ。
(……旦那様もヒナギク様もやはりお優しい方たちです。いまはいらっしゃいませんけど、レン様もお優しい人みたいでしたし)
この場にはいないレンのことをアンリは知っている。いや、「フィオーレ」のことでアンリが知らないことはほとんど存在しない。
なにせ大ババ様から世話役を任せられる前からずっと見ていたのだ。そう、ずっとタマモたちのことをアンリは見ていたのだ。それこそ3人が出会う前からずっと、アンリはタマモを見ていたのだ。
(……最初の頃は頼りないなぁとしか思っていなかったのですけどね)
最初アンリがタマモを見たのは、姉貴分であるリーンにと届け物を持ってきたときだった。届け物と言っても、単なる弁当を届けに来ただけだったのだが。
当のリーン自身は弁当のことは知らなかった。単に大ババ様がいなり寿司を作りすぎたために、リーンにとお裾分けしてこいと頼まれたのだ。
同じ里の中であれば、たやすいお使いなのだが、リーンは上界であるアルトに住んでいた。
アンリは上界と往き来することには慣れていた。時折里への出入口である大ババ様の宿屋の手伝いをしに行っていたし、その関係で買い物なども任せられることがあったのだ。
もっともそのときはまさか里からアルトまでのお使いをするとは思っていなかった。
だが、お使いの内容は大好きな姉貴分であるリーンに弁当を届けるというものだった
。
アンリはにべもなく受けた。当時からリーンは定期的に里に帰ってきていたが、そのたびにリーンとは会えていなかった。
リーンが帰ってくるときは、たいていアンリに外せない用事があったり、大ババ様の手伝いでアルトに買い物に出ていたりしていた。
まるでリーンがタイミングを見計らって、アンリとは会わないように帰って来ているのではないかと思ったものだ。
子供の頃アンリはリーンといつも一緒だった。
兄のアントンが生活のために畑仕事をしているとき、アンリは日中リーンの実家である大ババ様の家に預けられた。
リーンの家族の中で、リーンは末っ子であり、唯一の子供だった。ゆえにアンリはリーンの遊び相手を兼ねて預けられていたのだ。
その縁ゆえにアンリはリーンを実姉のように慕っていた。
そのリーンとなかなか会えないというのは、アンリにとっては辛いことだった。
だからこそ大ババ様からのお使いにアンリは飛びついたのだ。
だが、そのときはそのお使いで運命の相手を見つけるとは思わなかった。
その相手こそがタマモだった。だが、その第一印象は「頼りないなぁ」というものだった。
リーンと、人の姿のリーンと手を繋いで歩く姿を見て、最初はリーンが子供を産んだのかと思ったものだったが、よく見ると伝承の「金毛の妖狐」だったのだ。しかしすぐに幻滅した。
なにせ狐火はおろか尻尾さえも操作できなかったのだ。見目に関しては伝承の通り、陽光に煌めく髪と麗しき金色の瞳の持ち主ではあったが、それ以外は伝承とはかけ離れていた。
(あのときは「この人本当に眷属様なのかな」と思っていたけど)
当時の自分といまの自分とがかけ離れていることに苦笑いしそうになるアンリ。
当時はタマモに恋をするなんて思ってもいなかった。そもそも恋をする要素がなにひとつとてなかった。
ただどうしてか気になった。気にはなったが、荒れ地に置いてけぼりにされたタマモを見つつ、そのときの用事である弁当をリーンに渡すことを優先した。
弁当を渡したとき、リーンはなんとも驚いた顔をしていたが、昔のように頭を撫でてくれた。
アンリは頭を撫でられるのが好きだった。子供っぽいと自分でも思わなくないが、好きなものは好きなのだから、致し方がない。
それも大好きな姉貴分であるリーンに、久しぶりに頭を撫でてもらえてとても嬉しかった。
嬉しかったが、頭の端にはどうしてもあの「金毛の妖狐」のことがちらついていた。
しばらくリーンと話をしたかったが、リーンも仕事があるということでその日はお暇したのだ。
その帰り道にアンリはひとり雑木林を伐り開くタマモを見かけたのだ。
(ひとりっきりで雑木林を?)
タマモは両手にあるおたまとフライパンで雑木を次々に伐り倒していた。
ただどうやら本人的にはなにかしらの理由があるのか、もしくはこだわりだったのか、なぜか変なポーズを取っていたり、妙なことを口走りながら伐り倒していた。
アンリはその様子を茂みに隠れながら眺めていた。
(じゃっくぽっと、ってなんでしょう?)
よくわからないことを空に向かって叫ぶ姿は、アンリの目には異様に見えた。
だが、鼻歌混じりに開墾をするタマモの姿に感じ入るものはあった。
(……お兄様に似ている)
開墾をするタマモの姿は、どこか兄のアントンと重なって見えた。
だが、どの辺りが似ているのかがさっぱりとわからず、気づいたときにはタマモの一挙手一投足を茂みに隠れてじっと見つめていた。
その視線にタマモは気づくこともなく、雑木林を開墾していた。
結局その日のうちには、タマモと兄の共通点を見つけることはできなかった。
とはいえ、性別がそもそも違うのだから、似ているわけがないのだから、早々に立ち去っても問題はなかった。
だが、アンリはなぜかタマモのことが気になって仕方がなかったのだ。
その次の日もアンリはリーンの元に弁当を届けるという名目でアルトへと赴いた。
リーンは2日続けては悪いと言っていたが、余って仕方がないものだからと嘘を吐いた。その日の弁当はアンリ自身が用意したものであり、大ババ様が作ったものではなかったが、有無を言わさずにリーンにと押し付けると、アンリは里に帰るふりをして雑木林にと潜んだ。
雑木林に潜んだときにはまだタマモはいなかったが、しばらくするとタマモは雑木林に訪れて前の日と同じように伐採を始めたのだ。
そんなタマモの観察をアンリはしていた。リーンに渡した弁当と同じものを口にしながら、タマモの様子を伺ったのだ。
タマモはその日も雑木林を開墾していた。
(いったいどれだけ広げられるおつもりでしょうか、あの方は)
タマモが伐り開いた雑木林は、すでに畑ひとつどころか、その近くに小屋を建てられるほどだった。
(無計画に伐り開くのはどうかと思いますけど)
アンリにはタマモがしていることは、無計画に自然を破壊しているとしか思えなかった。
そもそも伐り倒した木をどうするつもりなのかもわからなかったのだ。
(……よくわからない方ですね。でも)
──よくわからないけれど、兄様に似ている気がする。
アンリはタマモの姿を見つめながらそう思った。
見た目は全然違うし、雰囲気も違う。タマモと兄を結びつける要素はなにひとつ感じられないのに、兄に似ていると思った。自分を育ててくれた兄にとてもよく似ていると不思議と思った。
結局その日もアンリはタマモと兄の共通点を見つけることはできず、その次の日もリーンの弁当を届けるという名目でアルトに向かった。
そのことを兄は「リーン様に懐いていたもんなぁ」と苦笑いしていた。兄にはリーンの弁当を届けると、リーンの仕事を見学させてもらっていると説明していた。
実際にはタマモの作業を見学しているだけなのだが、あまり詳しいことは言えなかった。端から見れば怪しいと思われている自覚はアンリにはあったが、タマモと兄の共通点が気になって仕方がなかったこともあり、あえて気にしないことにしていた。
もっともいま思えば、兄は嘘に気づいていたのかもしれない。
笑い掛けてくれてはいたが、その笑顔はどこか寂しそうだった。兄のそんな笑顔を見るのは初めてだった。
両親を早くに亡くし、自身も少年であるのに幼いアンリをひとりで育ててくれた兄アントン。朝は日の出よりも早く起きて、日が沈むまで畑仕事に励んでいた。
アンリが幼い頃は、まだ家事を覚える前は、兄が家事をしてくれていた。畑仕事で疲れているはずなのに、文句ひとつ言うことなく、アンリのために家事をしてくれた。
幼心に申し訳なく思った。「ごめんなさい」と泣きながら何度も謝った。
だが、兄は笑うだけだった。笑いながら頭を撫でてくれた。
「おまえは父上と母上が遺してくださった俺の宝物なんだ。宝物は大切に扱うのが当然だろう?だからおまえはなにも気にしないでいい。なにも謝ることはない。ただ笑ってくれればいい。おまえの笑顔が俺の力になるんだよ」
兄はそう言って笑ってくれた。その笑顔と言葉に涙がこぼれた。兄は「アンリは本当に泣き虫だなぁ」と笑いながら抱き締めてくれた。
兄の腕の中で、「早く大きくなりたい」とアンリは思っていた。兄の手伝いができるほどに大きくなりたいと願った。
それから6、70年が経ち、いまはもう兄の手伝いどころか、兄よりも家事ができるようになった。
だが、タマモに出会うまでは恋を知らなかった。そんなことに現を抜かしているほど生活に余裕があるわけではなかった。
しかし兄は「良人はいないのか?」と言うようになった。
「おまえほどの器量よしであれば、引く手あまたであろうに。いつまでも俺のそばにいるのはよろしくない。さっさと嫁に行け。行き遅れになっても俺は知らんからな」
兄はややつっけんどんにそう言うようになったが、アンリは知っていた。アンリが寝た後、兄は両親の位牌に語りかけていることを。その際に兄は言っていたのだ。
「……アンリはとても美しく成長しました。だが、俺のために生きようとしてくれてもいます。俺のことなんて放ってもいいというのに。「恩返しがしたいのです」なんてバカなことを言うようになってしまいました。俺は兄としてあの子を守り育ててきましたが、どうにも育て方を間違えてしまったようです。俺はただアンリが幸せになってくれるのであればそれでいいのに。あの子が満面の笑みを浮かべて日々生きてくれればそれでいいというのに。まったく困った妹です。だから決めました。あの子が良人を決められるように、さっさと俺のもとからいなくなるようにひどい兄になろうと。俺のことよりも自分の幸せを優先しても、問題がないようなひどい兄になろうと。もちろん、手を上げることはしませんよ?そんなことをしたら死にたくなります。だが、ひどい言葉を言うかもしれません。あの子に徹底的に嫌われるために、あの子を言葉で傷つけます。そうでもしないとあの頑固者はそう簡単に婿を決めませんからね」
兄は笑っていた。アンリが見たのは兄の背中だけだったので、どんな顔をしていたのかはわからない。だが、声は笑っていてもその表情がどうであったのかは手に取るようにわかった。
それから兄はことあるごとに「早く嫁に行け」と口酸っぱく言うようになった。アンリの扱いもぞんざいなものになっていったが、ぞんざいさの中にたしかな愛情が込められていた。
加えて兄は演技が下手すぎた。ひどい兄になると言っていたくせに、やっていることは口汚いくらいでそれまでとなんら変わらないのだ。どうすれば、その程度で徹底的に嫌えるのかを教えてほしかった。
だが、兄はそのことには気づかず、ひどい兄で在り続けた。
しかしどんなことをされてもアンリは兄を嫌うことはできなかった。むしろ好きになっていったし、嫁入りするのであれば、兄のような人のもとがいいと思うようになった。そのことを伝えると兄は困ったように、しかし嬉しそうに笑っていた。
だが、その兄のような人はなかなかいなかった。
近いところはあれど、どこか違うのだ。だから良人を選ぶことはできなかったし、恋もしなかったのだ。タマモの開墾する姿を見るまでは。
「……タマモ様と兄様は似ても似つかない」
アンリはタマモの観察を続けながら、改めて兄とは似ても似つかないと思っていた。だが、その一方でとても似ているとも思った。
「……どこが似ているんだろう?」
土を耕し始めたタマモを眺めながらアンリはタマモと兄との共通点がなんなのかを考える。だが、その答えはある日唐突にわかってしまった。
「……あぁ、そっか。背中だ」
タマモと兄の共通点を探していたアンリは、ついにそれを見つけた。タマモと兄の共通点はその背中だった。
だが、背中と言っても大きさは兄の方が大きいし筋肉質だった。
だが、似ているのだ。
決して自分を曲げないところが、どんな苦難が立ちはだかってもまっすぐに前を見続けるその姿が、ピンと伸ばされたその背中が兄とうりふたつだった。
「……兄様と同じ背中」
タマモの背中を見て、アンリは心の中でなにかが動く音をはっきりと自覚した。
わりとやっていることがややストーカーじみていたアンリでした←身も蓋もない言い方




