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102話 今日も平和です

ちょっとだけ遅れました←汗


──数十分後。


「──ということがあったのです」


3人は「フィオーレ」のホームであるログハウスの中にいた。アンリを落ち着かせることはできたが、その場で土下座をしそうになったため、ヒナギクが強引に立ち上がらせてホームにと連行したのだ。


その際、ヒナギクはタマモに「中で詳しい話を聞くからね」と言っていた。その話も大部分を終えた頃には、アンリはその身を小さく縮めていた。


「……タマちゃんを旦那様と呼んでいるから何事かと思ったけど、そういうことね」


ヒナギクはふぅとため息を吐きつつ、手にあるマグカップを静かに置いた。


ちなみにヒナギクが飲んでいるのはホットミルクだった。


アンリを落ち着かせるために用意していたものだったが、どうせならとヒナギク自身の分とタマモの分を用意したのだ。


電子レンジがあるのであれば3人分を用意するのは面倒だが、電子レンジなんて文明の利器はまだ存在していないため、ホットミルクを作るのは鍋で温めなければならなかった。鍋で作るのであれば、まとめて作っても問題はなかったためである。むしろひとり分のためにホットミルクを作るのが単純に面倒だったということもある。そうしてヒナギク印のホットミルクにより、アンリは落ち着いた。落ち着いたのだが、今度は別の問題が生じていた。


「……誠に申し訳ありませんでした。旦那様、ヒナギク様」


アンリはタマモとヒナギクの前で小さくなっていた。立ち耳はその気分に合わせて折れ、尻尾に至っては力なく垂れ下がっている。なによりも目の端にはまた大粒の涙が溜まっていた。


アンリはヒナギクが用意してくれたホットミルクをそっと口に含んだ。さきほどから少しずつホットミルクを飲んでは、その手にある新品のマグカップを両手で包みこながらアンリは言葉通りに申し訳なさそうにしている。


もはや間の手と言ってもいいほどに、アンリは何度も何度も謝っている。そのたびにヒナギクもタマモは声を掛けているが、アンリの様子は改善されず、ずっと落ち込んだままだった。ヒナギクもタマモも根気よくアンリとのやり取りを続けていた。


「何度も言っているけど、気にしないでいいよ、アンリちゃん」


ヒナギクは苦笑いしてアンリを見やる。だが、アンリは肩を落として涙目になっている。これほどまでに「しょんぼりとしている」という一言を体現している光景はなかなかないだろう。


「でも、アンリは。アンリはぁ」


アンリはほろりと涙を流していた。ホットミルクを飲むことで一時的には落ち着かせることはできているのだが、アンリの自責の念が強すぎるためにホットミルクで落ち着かせるのにも限界がある。


(どうしたものでしょうかねぇ)


自責の念が強すぎるアンリ。そのアンリはタマモの手には余るのだ。しかしアンリが悪いというわけでもない。アンリの前でヒナギクに見惚れていたタマモの非が大きい。もちろんアンリも直情的に行動してしまったことは責められるべきだが、アンリがそのような凶行をした原因を作ったのはほかならぬタマモであった。


実際に婚姻を結んだわけではないが、タマモを「旦那様」と呼び慕うアンリを先に傷つけたのはタマモである。手を出したアンリにも非はあるのだが、タマモとしてはすでに反省しきっているアンリを責める気にはなれない。


(なによりもいまのアンリさんを責めたら、それこそ人でなしなのですよ)


アンリの立ち耳も尻尾はこれ以上となく垂れ下がっており、見ているだけでなんとも申し訳ない気分になる。


(……殴られて痛かったけど、アンリさんのお胸を背中に感じられましたし。損か得かと言われたら得しかありませんでしたからねぇ)


アンリにのし掛かられた際に、改めてアンリの胸の感触を堪能できたこともあり、タマモとしては怒る理由がないのだ。……その理由はどうよ?と言ってはいけない。タマモにとっては重要なことなのだ。


(それにこういうときは旦那さん側が折れるべきですし。まぁ、ボクはアンリさんを嫁にはしませんけど)


夫婦喧嘩の際には、やはり夫から折れた方が夫婦仲を安定させるものである。とはいえ、やりすぎてはパワーバランスが一方的になるが、かかあ天下の方が家庭は安定する。……夫の尊厳はご臨終しかねないが、DV夫と呼ばれて家庭が崩壊するよりかはましかもしれない。


とはいえ、タマモとしてはアンリを嫁にするつもりはないのだが、やはり美少女には涙よりも笑顔が似合うというのがタマモなりの考えでもあった。そしてその考えは一部ヒナギクにも通じていた。


「アンリちゃん。もう気にしないで」


「でも、アンリは」


「タマちゃんももう気にしていないよ。ね、タマちゃん?」


「……本当ですか?」


アンリは涙目でタマモを見つめている。「そいつは反則なのですよ」と思いつつも、咳払いをした後、タマモは頷いた。


「悪かったのはボクですから。アンリさんは気にしないでいいのですよ。それにアンリさんは泣き顔より笑顔の方が似合っていますし」


顔を背けながら、タマモは言った。アンリを落ち着かせるためとはいえ、古来よりの殺し文句を口にしてしまうあたり、天然たらしの要素がタマモに備わっていることは明らかであった。ヒナギクも「……そういうところだよ、タマちゃんは」と頭を抱えていた。


しかし殺し文句を言われたアンリにとって、タマモのその一言はこれ以上となく嬉しかったようであり、「旦那様ぁ」とまた泣いてしまった。その涙はそれまでとは違い、歓喜の涙であることは一目でわかった。


「アンリちゃんは泣き虫さんだねぇ」


ヒナギクは笑いながらアンリの頭を撫でた。するとアンリは一瞬びくんと体を震わせたが、すぐに「ふやぁ」と奇妙な声をあげて表情を弛ませた。


(実に愛らしいのです!)


くわっと目を見開きつつ、アンリの様子を眺めるタマモ。そんなタマモの姿にヒナギクは大いに呆れたようにため息を吐いた。


「……タマちゃん。言っていることとやっていることが違うよ?」


「これはこれ、それはそれなのですよ!」


「……ねぇ、本当にこんな子でいいの、アンリちゃん?」


ヒナギクはタマモを指差しながら言うも、当のアンリは「ふにゃぁ~」と弛みきっているだけである。そんなアンリを見てタマモはだらしなく笑っていた。


「……ダメだ、この子たち。私がどうにかしないと」


弛みきったアンリとだらしなく笑うタマモを見て、ヒナギクは自分がどうにかしないとダメだと思った。もっともそのヒナギクも「ふにゃぁ~」と弛みきったアンリを見て、若干頬を弛ませているので、五十歩百歩というところだろう。それでもアンリとタマモよりかはマシであることは確かだった。


「とにかく、アンリちゃん。アンリちゃんもここに住むことでいいんだよね?」


「はい。よろしくお願いしまひゅ~」


パアッと輝かん笑顔を浮かべるアンリ。その笑顔に「く、かわいいな」と思うヒナギク。そんなふたりのやり取りにやはりだらしなく笑うタマモ。そして──。


「……きゅー(ダメだ、こりゃ)」


──窓越しから部屋の中を見たクーが、一仕事を終えたクーが部屋の中の様子を見て肩を竦めながらため息を吐くのだった。


とにかく今日も「フィオーレ」は平和だった。


こうして「フィオーレ」のマスターにタマモは復帰し、なおかつ新しいメンバーが加わることとなったのだった。

とりあえず、今回で第4章の本編はおしまいです。

次回より特別編となります

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