101話 旦那様のばかぁぁぁっ!
遅くなりました。
本当はこの話で4章の本編はおしまいだったんですけど、ちょっと長くなったので半分に切りました。
なわけで、今回はヒナギクとの遭遇となります←
まぶたを開けると、そこは夕暮れのキャベベ畑だった。
収穫前のキャベベが実っていて、中には花が咲いているものもある。おそらくは種を採るためのものなのだろう。
キャベベの種は花から採る。花が咲くまで放置するか、芯を植えて花が咲くまで待つかという違いはあれど、基本的には花が咲かねば種は採れない。
そのための花が風に揺れている。それもひとつだけではなく、いくつもの花が揺れている。まるで「お帰りなさい」と言っているかのようにタマモには思えた。
「うわぁ、見事なキャベベ畑ですね」
初めて見たタマモの畑を見て、アンリがやや興奮していた。
実際キャベベ畑の大きさはそれなりにはなっていた。クーが率いる虫系モンスターズが日々開墾し続けてくれているため、いまや農業ギルドの敷地内で最大を誇る畑となっていた。それでもまだ虫系モンスターズは畑を広げているようで、雑木林からはクーの「きゅー!」という注意喚起の声が聞こえていた。その後、雑木林の木はゆっくりと倒れていった。
「なんだかかわいらしい声ですね。なんの声でしょうか?」
「あぁ、クロウラーの声ですよ。ボクの友達ですよ」
「クロウラーとお友達ですか。さすがは旦那様ですね!」
「あ、ありがとうございます?」
クロウラーが友人であることをアンリは褒めてくれたが、はたして褒め言葉になるのか、いまいちわからないタマモ。
だが、クロウラーのクーが友人になってくれたおかげでいまがあるのだ。
最初期はタマモがひとりで開墾したものだが、いまは虫系モンスターズに任せっきりである。
もちろん報酬としてキャベベは変わらず渡している。中には「おまえ、肉食じゃね?」という虫系モンスターもいるが、なんの問題もなくキャベベを食べていた。
たださすがにキャベベだけはそろそろ問題なのかもしれない。
(クーやヒナギクさんと相談して別の野菜畑も作りますかねぇ)
そろそろキャベベ畑だけは卒業するべきだろう。別の野菜の栽培を始めてもいいはずだった。
ヒナギクの許しを得るべきだが、前回に会ったときのことを踏まえると許してもらえそうな気がした。
「旦那様、旦那様」
「なんです?」
「こちらの畑はどなた様のものなのでしょうか?とても見事な畑ですが」
「あぁ、これはボクのです。ボクが耕した畑が元になってですね」
「なんと!旦那様は畑まで耕されていたんですか!アンリは感服致しました!」
パタパタと黒みがかった緑色の尻尾をこれでもかと振りながら、アンリは目をキラキラと輝かせていた。
アンリの目には敬愛の光が宿っており、なんとも気恥ずかしいが、ひとりで耕したわけではないため、どうにも気後れがあった。
「えっと、この畑はボクだけで耕したわけじゃなくてですね」
このまま気後れしたままなのは、どうにも据わりが悪いため、タマモは本当のことを話そうとした。
「あ、タマちゃん、お帰りなさい」
するとホームの窓が開いた。窓の向こうにはマグカップを持ったヒナギクがいたる。わずかな土汚れが頬にある。どうやら畑仕事を終えて一休みしていたのだろう。
「ただいまです、ヒナギクさん」
「ご飯は無事に作れたの?」
「ええ、問題なく」
「そっか。それはよかったよ」
にこやかに笑うヒナギク。思わずドキリと胸が高鳴ってしまったが、タマモは重要なことを忘れていた。いまこの場にいるのはタマモとヒナギクだけではないということを、タマモはほんのわずかな間だけ忘れてしまっていた。ゆえにそれは必然であった。
「……やっぱりアンリなんて」
不意に後ろから聞こえてきた声に、はっと慌てて振り返るタマモ。そこには涙ぐむアンリがいる。すでに目の端には大粒の涙が溜まっていた。いまにも泣き出しそう、というかすでに泣いている。
「まままま、待ってください!落ち着きましょう、アンリさ──」
「アンリですっ!アンリは、旦那様に「アンリ」と呼び捨てにしてほしいんですぅぅぅぅーっ!」
つい「アンリさん」と呼んでしまった。どうにも呼び捨ては気が引けるためだったのだが、それは結果的に悪手であった。アンリは目の端に溜まった涙を流しながら、タマモに向かって倒れこんできたのだ。
上背は完敗で、乙女の秘密である体重に至ってもアンリの方が上であるため、後ろから倒れこんできたアンリの体を支えることはできず、タマモはうつ伏せに倒れた。
蛙が潰れたような、内蔵を圧迫された際のわりと低めな「ぐえっ」という声を出しながら、タマモはアンリの下敷きになった。
「タマちゃん、大丈夫!?」
ヒナギクが慌てて声を掛けるも、タマモには返答する余裕はなかった。泣きじゃくるアンリをどうにか慰めねばならなかったが、それ以上に上から退いて欲しかったのだ。
やはり体重差はいかんともしがたいたかった。さすがに「重いから」とは言えない。体重に関してはタマモとて「乙女の秘密」であることは理解しており、「重いから」とは口が割けても言うわけにはいかない。
しかし自重を超えた圧力を受けていることには変わらない。「内臓が口から出ちゃう!」と思いつつも、アンリを傷つけないように声を掛けた。
「あ、アンリさん、ちょっと。ちょっとの間だけ退い──げふっ!?」
タマモは、ストレートに上から退いてもらおうとしたが、その際またもや「さん付け」したことで、アンリの怒りと悲しみに火を点けてしまう。具体的には──。
「あんりです!旦那様のばかぁぁぁーっ!」
──アンリの怒りの連撃が火を吹いたのだ。泣きながらタマモにへと小指の方から拳を打ち下ろしていくアンリ。いわゆるパウンドである。そのあまりの躊躇のなさは、根っからのハンターである狐の性ゆえなのだろう。
もっともパウンドする動きは、泣いた子供がするぐるぐるパンチであるため、ハンターというよりかは、はんたーという方が合っているようにも思えるのだが。
「え、ちょ、ちょっとあなた、なにしているの!?」
そんなアンリの凶行にヒナギクは頬を引きらせつつも、窓から軽やかに外へと躍り出る。
しかし泣きじゃくりながらアンリはためらいなくタマモを攻撃し続けていく。
「旦那様のばかぁぁぁーっ!」
「わ、わざとじゃないんですよぉぉぉーっ!」
泣きじゃくるアンリと半ば悲鳴じみた声をあげながらアンリを落ち着かせようとするタマモ。
そんなふたりのやり取りを聞いたファーマーたちは、「あぁ、タマモちゃんが帰ってきたのかぁ」とのんびりと思ったそうだが、そのことをタマモとアンリは知らない。そんなふたりのやり取りはしばらくの間続くことになった。




