100話 下山
今日も遅くなりました←汗
「──達者でな、タマモよ」
氷結王と大ババ様からのいじりが終わると、ようやくアルトに戻ることになった。アンリと隣り合う形で、大ババ様の前に立っていると、氷結王が寂しそうな顔をしていた。
(遊びに来た孫が帰るのを見送るおじいさんみたいですねぇ)
タマモ自身は経験のないことだが、友人たちの話かドラマや映画などのコンテンツにおいては、わりと見聞きするものだった。
そのシーンにおいて祖父母は表面上は笑っていることが多い。だが、よく見ると涙ぐんでいたり、寂しそうに伏し目がちだったりとしているのだ。
その例に倣っているかのようにいまの氷結王は少しだけ伏し目がちにしていた。涙ぐんではいないが、寂しそうにしていることは変わらない。
(本当に孫娘のように想ってくれているんですねぇ)
氷結王はこのゲームの中の登場人物だが、たとえデータだけの存在だったとしても、氷結王が向けてくれている気持ちはとても嬉しかった。……アンリが向けてくれている気持ちと同じようにだ。ちらりと隣にいるアンリを見ると、アンリはやや顔を俯かせていた。落ち込んでいるわけではない。旅館の女将がするようなお辞儀をしていたのだ。
旅館以外で行っている人を見るのは初めてだったこともあり、思わずアンリを凝視してしまうタマモ。そんなタマモの視線を感じたのか、アンリの頬に朱色が差した。
(よく肌を染める子ですよねぇ)
アンリは頬をよく染める。その反応がタマモにはかわいらしく見えて仕方がない。端から見たら「これで受け入れるつもりはないんだぜ?嘘みたいだろう?」と言われることだろう。
そんなタマモの姿に氷結王は低い声で笑った。それまでの寂しそうな笑顔が嘘のように、とても楽しそうに笑っていた。
タマモはその声に慌てて視線を戻すと、頭を下げた。
「いろいろとお世話になりました」
「世話になったのは我の方だ。そなたの作ってくれたいなり寿司は絶品であった。まさに母上の味であったよ」
しみじみと頷きながら、氷結王はまた笑った。今度はとても満足げに、いなり寿司の味を反芻しているかのようにまぶたを閉じながら。それからゆっくりとまぶたを開くと、笑みを消して氷結王は言った。
「ゆえに礼をしたい」
「お礼はすでに」
そう、すでに報酬という形で礼はもらっていた。霊山に来る前とこれから下山するいまとでは、タマモの能力には大きな開きが生じていた。はっきりと言えば、強くなれたのだ。ゆえにもう報酬はいらない。いや、これ以上はもらいすぎになる。だからこそ礼を辞退しようと思ったのだが、氷結王は頑なだった。
「いや、我は払わねばならぬ。それほどのことはしてもらったのだ」
「ですが」
「それにこれはそなたの力を高めることではない。まぁ、間接的にはそうなるかもしれぬがのぅ」
「間接的にというと、なにかしらの情報を?」
「うむ。活かせるかどうかはそなた次第であろう」
氷結王は相変わらず真剣な表情だった。その表情のまま、氷結王は語った。
「この世界には4体の竜王がいる。その4体の竜王は総じて「四竜王」と呼ばれている」
「氷結王様を含めてですよね?」
「うむ。それぞれが古代竜であり、それぞれの属性の王を名乗っている。アルトより西には風を守護せし者「聖風王」、アルトより東には土に愛されし者「土轟王」、そしてアルトより北には炎の申し子「焦炎王」がいる」
それぞれの竜王の名を告げていく氷結王だが、焦炎王の名を口にするときだけ、なぜか苦々しそうな顔をしていた。
苦々しそうではあるが、嫌がっているというよりも困っているような顔である。
「そう言えば、氷結王様の貯蔵庫の扉に赤いドラゴンさんが描かれていましたけど」
「……アレを見たのか」
「え、はい。一応ですけど」
「……そうか」
氷結王は小さくため息を吐いていた。なんとなくだが、氷結王と焦炎王との関係が見えてくるようである。
「……兄上。まだおドラ姉上と仲違いしておられるので?」
「だってあいつ頑固なんじゃもん」
「いや、それは知っておりますが、兄上の方が年配者なのですから、そこはビシッと」
「無理なもんは無理なんじゃってば」
大ババ様が呆れたように聞くと、氷結王はまるで子供みたいなことを言い出した。
「おドラさんって?」
「あぁ、焦炎王様のことじゃ。この氷結王様と焦炎王様はご兄妹でのぅ」
「ご兄妹、ですか。というと焦炎王様は女性なんですね?」
「うむ。四竜王の紅一点と呼ばれるお美しい方じゃが、どうにも頑固な方でなぁ。気に召されんと話も聞いてくださらぬ。性根はお優しい方なのじゃがなぁ」
「……本当にのぅ。根は優しい子なんじゃが、どうにも当たりが強いのじゃよ。やれ加齢臭がするだの、やれじじくさいだのと。ぐさりと胸に突き刺さることばかり言ってくれよるし」
「……言葉の綾でしょうぞ」
やれやれと肩を竦める大ババ様と若干死んだ目をしている氷結王。
どうやら焦炎王と氷結王の仲違いに関して大ババ様はかなり苦労していたようだ。同じくらいに氷結王を慰めることにもまた。
(仲違いというよりかは、単純に焦炎王様が一方的に氷結王様を嫌っているようですけど)
氷結王の口調からして、焦炎王のことを嫌っているようには思えないが、焦炎王の方は大いに氷結王を嫌っているようである。あくまでも大ババ様と氷結王の話を聞く限りはだが。
(ただ、なんというか、焦炎王様との関係が「思春期の妹を持ったお兄さん」という風に思えるんですよねぇ)
漫画やゲームでよく見かけるものだが、思春期に入った妹にぞんざいに扱われる兄というのはどのコンテンツでも一定数は見かけるものだ。その兄と氷結王の姿は不思議と重なって見えてしまったのだ。
加えてなぜかテンゼンが神妙そうな顔、というか、若干青ざめた顔をしているのが印象的である。
なにやら「いやいや、そんなことはない。そんなことはないはずだ」とぶつぶつと呟いていた。テンゼンはレンの兄のはずだが、レンの下には妹がいるのだろうか。
(まぁ、よそのお家事情には首を突っ込むべきではないですねぇ)
レンの家にはレンの家なりの事情があるのだろうと思うことにしたタマモは、氷結王の話のなかで気になっていたことを口にした。
「氷結王様、南にはなにかあるのでしょうか?」
氷結王が言う4体の竜王は、四方のうち南以外に位置していた。状況的に見ると氷結王が南になるのだろうが、アルトの南側にも第2の都市はあるはずだった。
その南側に竜王はいない。いまいちその理由がタマモにはわからなかった。
「ふむ。「天子南面」という言葉を知っておるか?」
「えっと、たしか王様が北に背を向けて南を見ているということでしたよね?」
「博識じゃな、タマモは。そう、天より統治者として認められた者が北を背にし、南を向くことで祖先等の助けを受けて為政を行うという意味合いの言葉じゃが、この世界においては南側に天子がいるという意味合いになる。まぁ、この場合の天子は王ではなく、主神様のことを差すのじゃが、詳しいことはよかろう。とにかく南側には、主神様がおられるのじゃ。ゆえに南側に竜王はおらぬ。むしろ南側におられる主神様を守護するために我ら竜王は南を囲むようにして位置しておる」
「なるほど」
つまり「天子南面」ならぬ「天子北面」というとことだった。統治者であれば、北を背にするべきだろうが、この世界の主神であれば南側を背にして問題はないのだろう。
「各竜王の元に向かうことがあれば、まずはその近くの「里長」の元へと向かうとよい。そなたの力になるであろう。そなたには往き来する資格があるからの」
そう言って氷結王は口を閉ざした。「里長」というのは大ババ様のような「妖狐の里」の長のことだろう。「常春の招待状」については見破られているということだった。そして口を閉ざしたということはタマモに与えられる情報は、これで終わりということなのだろう。たしかに直接的なパワーアップには繋がらないが、価千金にもなる重要なものだった。
「なにからなにまでありがとうございました」
「なに、活かすも殺すもそなた次第じゃ。達者でな、タマモよ」
氷結王は笑った。その笑みを見つめつつ、タマモはもう一度頭を下げてから意を決して言った。
「頑張ります、お祖父様」
氷結王に向かって「お祖父様」と言ったのだ。氷結王は目を少し見開いたが、すぐに笑ってくれた。笑いながら「頑張りなさい、我が孫娘」とタマモの頭を撫でてくれた。
竜の姿の時にも頭を撫でてもらった。あのときは指で撫でてもらったが、あのときに感じたのと同じぬくもりだった。
タマモは顔を少し綻ばせて「はい」とだけ頷いた。それ以上は胸がいっぱいになって言えなかった。だが、それでいいと思った。これ以上の言葉は必要なかった。
その後、タマモは大ババ様にアルトへと転移させてもらった。隣にいるアンリは相変わらずまぶたを閉じていたが、ほんのりと頬を染めていた。それがどうしてなのかはあえて尋ねなかった。
(たぶん見られていたかもですねぇ)
氷結王とのやり取りをアンリはうっすらとまぶたを開いて見ていたのだろう。だが、そのことを咎めるつもりはタマモにはなかった。
ただお返しとばかりにアンリの手を握ってやった。アンリは尻尾をびくんと大きく震わせたが、しばらくして握り返してくれた。
握り返してくれたアンリの頬はかわいそうなくらいに真っ赤になっていたが、その反応が愛おしかった。
胸に募る愛おしさと掌に伝わってくるぬくもりを感じながら、タマモは「頑張ろう」とただ思いながら、霊山を後にし、「フィオーレ」のホームにと戻ったのだった。
次回ある意味修羅場です←




