98話 切り札
進化したEKをひとしきり眺めていたタマモ。
月と星の光に照らされたおたまとフライパンは、実に美しかった。
おたまとフライパンを形作る白銀が、無数の輝きを放っていた。特にフライパンの底には、星と月の明かりが反射していた。まるで夜空を切り取り、フライパンの底に沈めたかのように、無数の輝きを放っている。
いままでの鈍色のおたまとフライパンでは決して見ることが叶わなかった光景。その光景を見てタマモは素直に美しいと思った。
そう、美しいことはわかった。それこそいくらでも見ていたくなるほどに、とてもきれいである。この輝きを底に沈めたまま、おたまとフライパンを振るえたら、それだけで美味しくなりそうだと、心の底から思えるほどにきれいではあった。だがそれよりもいまは確かめたいことがある。
「「禁術」と「古武術」ですか」
特別クエストをクリアした特典のひとつである「禁術「氷結魔法」」と「古武術「結氷拳」」の使用感を確かめたいのである。
(うまく行けば、ボクも前線に出られるはずなのです)
いままでは運によって勝ってきたが、このふたつのスキルの使用感によっては、運ではなく実力で勝てるようになるかもしれない。
それこそ無双できるようになるかもしれないのだ。
(さすがに無双は無理かもですけど、それに近いことはできるかもなのです。「武闘大会」がまたあれば、次はきっと)
ついこの間に行われた「武闘大会」は、正直な話できすぎではあったのだ。
初心者でしかなかったタマモが、歴戦のベータテスターたち相手に金星を上げ続けたのだ。
運の要素が大きかったというのはタマモが一番理解していた。
だからこそ、次は運ではなく実力で勝ち残りたいのだ。
(なによりも次はローズさんにも勝ちたいのです)
「武闘大会」では、ローズとの一騎討ちに負けてしまったが、次もし戦うことがあったら、今度は一騎討ちではなく、「フィオーレ」と「紅華」との全力でのぶつかり合いをしたい。
もちろん、その際にローズとやりあえるのが最良ではあるが、そこはもう流れ次第としか言いようがない。
だが、ローズは次も一騎討ちを仕掛けて来るだろうなと思う。それは「ガルキーパー」のガルドや「フルメタルボディズ」のバルドも同じだろう。3人ともトッププレイヤーである。その3人の標的になっているのだから、それ相応の努力では相手にならない。
もっと強くならなければならない。それこそいまこの瞬間にも強くなろうとしている3人の努力をはるかに凌駕するつもりでなければ、相手にさえならないはずだ。
3人を凌駕するきっかけまでにはならなくても、一石を投じる程度にはなる可能性はある。「禁術」と「古武術」に関して、タマモはその程度の認識だった。
切り札にはならない。そう思っていたのだ。だが、その予想はいい意味で裏切られることになった。
(とりあえず、このふたつを取得しちゃいましょう。ボーナスポイントはうまい具合にありますからねぇ)
現在のタマモのボーナスポイントの総量は70。「禁術」は40ポイント、「古武術」は25ポイントの計65ポイントである。
もともと持っていたボーナスポイントはいろいろと使っているうちに少なくなっており、いわばこの70ポイントは虎の子と言ってもいいものだ。次はいつレベルアップするかわからないので、できれば取っておきたいとは思うのだが、現在の総量のほぼすべてを使うこのふたつのスキルに懸けてみたいともタマモは思っていた。ゆえに決断は一瞬で終わった。
「「禁術「氷結魔法」」と「古武術「結氷拳」」を取得いたしました」
たった一言の表示と共にボーナスポイントは5ポイントに減ってしまった。
これで取得してふたつのスキルが使えないものであったら、もう泣くしかない。
(いえ、ふたつ合わせたら65ポイントも使うスキルなんですから、相対的に見ればとんでもスキルのはずなのですよ!)
確証はないが、相対的に見れば強力なスキルの可能性が高い。ボーナスポイントの消費量を見れば、それだけ強力なスキルという証拠だろうと思うタマモ。
だが、外れればダメージは極大である。それは課金したものの、最後の十連までなにも来ず、最後の大勝負を挑むときの心境と酷似していた。
これで取得した両スキルが外れであれば、それこそFXで有り金を溶かした人のような顔になるだろうが、残念ながらその瞬間は訪れない。
「狐は度胸!「結氷拳」発動です!」
タマモは思いきって空に向かって拳を打ち出した。「三尾」は拳を打ち出す瞬間にタマモの腕にと巻き付いていた。そうして打ち出された拳からは──。
──ゴォォォ!
──タマモの拳の先から放射状に氷の竜巻とも言うべきものが夜空へと放たれた。
「……ほぇ?」
思いもしなかった光景に、タマモの目は点となった。
だが、それは決してタマモだけではない。
「タマモさん、なにをしているの?いや、いまなにをしたの?」
テンゼンは唖然としていた。いきなりタマモが叫びだしたと思ったら、空に向かって拳を打ち出すと、その拳の先からまっすぐ放射状に氷の竜巻が放たれたのだ。
「いや、その「古武術」を」
「そんな古武術があるわけないでしょう!?」
テンゼンの目は血走っていた。だが、そうなるのも無理もないよなぁと思うタマモ。というよりもタマモ自身そうとしか思えないのだから。
メタ的なことを言えば、70ポイント近く払って手に入れたスキルのうちのひとつがバ火力だったというだけのことである。それ以外に言いようがないのだ。
「氷結王様からいただいたスキルなのですよ」
「フロ爺から?」
とりあえず、氷結王からもらったものだと説明するとテンゼンは氷結王を見やった。その視線に合わせて氷結王はそっぽを向いて口笛を吹いていたが、いかにも楽しそうな顔をしている。どうやら確信的な犯行のようだ。
「最初からあれほどの竜巻を発生させられるとは。タマモは末恐ろしいのぅ」
「……おそらくは眷属様の力だけではなく、「三尾」の力も含まれているでしょうが、それでもアレですからのぅ。まさに末恐ろしい」
「……あれが直撃したら我でさえもひとたまりもありませんな。まぁ直撃しなければどうということもありませんがね?」
氷結王は楽しげに、大ババ様は呆れ気味に、そしてシュトロームは体を強張らせていた。三者三様の有り様である。が、総合的に見るとどうやら褒めてもらえているようである。若干の呆れは感じられるが、少なくとも恐れている風ではないようだった。
「まぁ、まだ甘いがのぅ。真の「結氷拳」はその程度ではない」
氷結王はそう言って立ち上がると、静かに息を吐いた。その次の瞬間、すべてが凍てついた。
「……ぇ?」
目に見える範囲すべてが凍てついた。木も土もそして空さえも。なにもかもが凍てついていた。タマモたちだけは無事だが、吐く息が白い。呼吸をするだけで痛みがあった。周囲の冷気が呼吸のたびに内側から、体の臓器さえも凍らせようとしている。
タマモは自然と小さく、そして早い呼吸をしていた。そうしないと臓器さえも凍らせられてしまいそうだった。
それはタマモだけではなく、テンゼンたちも同じようだ。ただひとり。氷結王だけは平然としていた。その姿を変容させながら。
「氷結王様、そのお姿は」
タマモは小さく早い呼吸をしながら、氷結王の変容に目を見開いていた。
もともと氷結王は氷を思わせる青白い姿をしていたが、いまの氷結王はその名の通り、その身を凍りつかせている。いや、その身に氷を纏わせているという方が正しいだろうか。ドラゴンの姿のときと同じようにだ。
「これが「結氷拳」の深奥よ。ありとあらゆるものを悉く打ち砕く。その極致こそがこの姿となる」
そう言ってから、氷結王はふたたび息を吐いた。同時に凍てついていた世界がもとの姿に戻っていく。
「ふぅ、くたびれたのぅ」
やれやれとため息を吐きつつ、氷結王は座り込んだ。
「久しぶりに使うと疲れるのぅ。だが、焼き付いたようじゃな?」
あくびを掻きつつ、氷結王は言う。ひどく呑気な雰囲気ではあるが、タマモ自身の目で「結氷拳」の深奥を見たのだ。その深奥は、目に焼きついている。
「はい。ご鞭撻ありがとうございます」
「うむ。努力せよ、タマモ。血の繋がらぬ我が孫娘よ」
氷結王は笑った。その笑顔と言葉にタマモは「はい」と頷いた。力強く頷いたのだった。
結氷拳を現時点では残念スキルにするかどうかは悩みましたが、気づいたら強力スキルになりました。まぁ、あくまでも「三尾」ありきではありますので、タマちゃんだけであれば、扇風機の前に保冷剤を設置する程度になりますが←しみじみ




