95話 クエストクリア。そして
遅れました←汗
称号の説明はのちほど追記します。
P.S.追記しました。&名称変更しました。
空の色が変わる。
夕焼けがいまは黒と薄紫が入り混じった色へと変わっていた。
「──馳走になった」
その空の下で氷結王は静かに箸を置いた。最初はタマモと大ババ様に口元へと運んでようやくできていた食事が最終的には、みずから箸を動かし、お椀を持って啜るまでになっていたのだ。
その食事もいましがた終わった。食事を開始してからかれこれ一時間は食べ続けていただろうか。氷結王は満足げに腹部を撫でている。
「お粗末様でした。いかがでしたか?」
「うむ。素晴らしかった」
氷結王は満面の笑みとなっている。その笑顔の端には涙の痕が刻み込まれているが、あえて口にする気はタマモにはなかった。
「もう食べることは叶わぬと思っていた。もう二度と食べられないとそう思っていたのだ」
氷結王はほろりと涙をこぼしていた。
涙をこぼす氷結王の姿はついさきほどまで見ていたが、いまとさきほどまでとは違っている。さきほどまでは歓喜ゆえのものだった。
いまも歓喜ではあるが、方向性がやや異なっていた。同じ歓喜でもいまの歓喜は、前向きとでも言えばいいのだろうか。さきほどまでとはそこが違う。
さきほどまでは、やや後ろ向きなものだった。もう助からないと、自分はもう死ぬのだと覚悟していたところからの求めていたものが、そのものの形で現れたのだ。それゆえの歓喜。後ろ向きだった気持ちが前向きにと転換したもの。文字通りの方向性が異なるものだった。
「……これからいつでも食べられますよ。ご連絡いただければいつでもです」
「そうか。ではさっそくだが、明日の晩も食べたいのぅ」
「承知しました、と言いたいところではありますが」
「むぅ?」
「お夕飯はわりと重たいものを食べられる方は多いですけど、お夕飯後は寝るだけですので、本来ならば軽めのお食事がよろしいかと思います」
「む。それはそうだがのぅ。ほれ、我はさっきまでは食事を取っておらなんだから」
「おや?つい先日はちゃんと食事を取っていると仰っていていませんでしたか?」
にっこりと笑いかけるタマモ。その笑顔に「そ、それはぁ」と目を反らす氷結王。端から見れば、孫娘の追求をどうにかかわそうと必死に言葉を探す祖父という風に見えてしまう。しかしその努力が無駄であることは目に見えている。
「そもそもですねぇ」
「な、なにかのぅ?」
「氷結王様は食べすぎなのですよ!」
タマモはそばに置いていた木桶を氷結王に見せた。わずかな米粒が張り付いているが、それ以外にはなにもなかった。誰が見ても空っぽである。
だが、つい少し前まではたんまりと酢飯が詰まっていたのだ。
そのたんまりと詰まっていた酢飯はいまや存在していない。木桶の大きさはタマモの腕どころか、大ババ様がどうにか抱えられるくらいの大きさだった。
その大きさの木桶の中にあった酢飯の量は数キロ単位──炊飯前の米でも升単位はあった。その米がいまや空である。
同じく味噌汁の鍋の中身もとうに空であった。味噌汁も酢飯も氷結王だけではなく、後でみんなで食べようと多めに用意していた。
それらの中身がすべて失くなった。その中身がどこに消えたのかなんて言うまでもないことであった。
「そ、そうかのぅ?我はそんなに食べては」
「氷結王様のお食事が終わったら食べようと多めに用意していたんですけどねぇ?」
「い、いや、それはその、じゃのぅ」
露骨に顔を背ける氷結王。額どころか全身に汗を掻いているが、それは決して食事の際に出た汗だけではないのは誰の目から見ても明らかであった。
「ゆえに食べすぎなのです。久しぶりのお食事だったからとは言え、食べすぎはお体に悪いのです」
「し、しかしのぅ」
「しかしもかかしもねーのですよ!」
「ぬぅ!?」
くわっと目を見開いて叫ぶタマモ。その迫力に氷結王はたじろんだ。というか、母親に叱られている子供のようである。若干涙目なのがそれを助長させている。
「……こういうところもそっくりじゃなぁ」
そばに控えていた大ババ様が笑っていた。笑いながらもどこか呆れているようなのが印象的である。
「まぁ、フロ爺は食いすぎだよねぇ。……加えて羨ましいことをしていやがったし」
少し離れたところで見守っていたテンゼンは呆れ半分恨み半分という様子で氷結王を見つめている。フード越しに見える黒目からは怪しい輝きを放っているのが、やはり印象的である。
「……旺盛なのはいいのですが、いくらなんでも食べぎですよ」
ふぅと小さくため息を吐くシュトローム。その目にあるのは完全な呆れの色である。つまるところ、これ以上とない四面楚歌であった。氷結王の味方は存在していなかった。そのことにショックを受けつつも氷結王は口を開いた。
「いや、だが、のぅ。ほれ、タマモとて次々に用意してくれて」
「たしかに用意はしました。ですが、それは氷結王様以外の方にも振る舞うためだったのです。先ほども言いましたけどね?」
「そ、そうだったのか?てっきり」
「「てっきり全部食べていいのかと思った」とは言われませんよねぇ?」
「……」
「無言は肯定と致しますよ?」
タマモの笑顔がより深まる。氷結王の汗が一層に増えていく。
「とにかくです。すぐにはいなり寿司をご用意は難しいのです。油揚げはどうにかご用意できますが、酢飯となるお米の在庫がないのです。このあと肉塊、いえ沼クジラをしばき倒してお米があるかどうかを確かめますけど、なかった場合は一から育てなければなりません。収穫がどのくらいかかるのかもわかりませんので、すぐには無理なのです」
「むぅ、そうか。残念じゃなぁ」
材料がなければいなり寿司は作れない。その材料を食いつくしてしまった以上は補充をしないとどうしようもないのである。氷結王は言葉通り残念そうではあるが、理解してはくれたようだった。
「ですが、お味噌汁でしたらいつでもご用意はできますよ。お味噌は大ババ様にも分けていただいておりますし、これから自家製のものを作る予定なのです。まぁ、お味噌汁だけだとお腹一杯にはならないかと思いますけど、ほかにも主菜は用意致します。キャベベ炒めというものがありますので、そちらでしたらいくらでもご提供はできます」
「キャベベ炒め?」
「はい、こちらになるのです」
タマモはインベントリから大ババ様の自宅で片手間に作っておいたキャベベ炒めを氷結王の前に出した。氷結王は「ほぅ」と珍しいものを見るような目で炒められたキャベベをひとつ摘まんで口に含んだ。
「ほぅ!これはよい!しゃきしゃきとした野菜の食感に、野菜の旨味と調味料が合わさったソースがまたよい。なによりもさっぱりとしていて美味い」
「こちらのキャベベ炒めにお味噌汁というセットになりますが、そちらでよろしければいつでもご提供させていただきます。いずれはこれにご飯のセットに致しますけど、いまはお味噌汁のセットでご勘弁を」
「なぁに、構わぬ。我はもう肉が食べられぬのだよ。ゆえにそなたの用意してくれるものならばなんでも構わぬ」
「左様ですか。では明日の晩にはお味噌汁とキャベベ炒めのセットをお持ちいたします」
「うむ。頼むぞ。これはその礼である」
氷結王が嬉しそうに、まるで子供のような笑顔を浮かべながら手を差しのべた。なんだろうと思いつつ、手を掴んだ、そのときだった。
「特別クエスト「氷結王の食事事情」を最高評価でクリアしました。クリア特典としてボーナスナポイントを25点と資金100万シルを獲得いたしました。また早期クリア特典としてボーナスナポイントを30点と資金150万シルを追加で獲得いたしました。加えまして全プレイヤー中最速で特別クエストをクリアした功績を称えて特別称号「流星の旅人」をお贈りいたします。なお別途で称号「氷結王の料理番」を獲得いたしました。これにより禁術「氷結魔法」と古武術「結氷拳」が取得可能となりました」
頭の中で一気にアナウンスが流れた。矢継ぎ早に語られた内容すべてを確認することはできなかったが、とにかくいろいろと入手できたようであった。
「まぁ、後で確認しますけど。とりあえず、これからもよろしくお願い致します、氷結王様」
「うむ。よろしく頼むぞ、タマモよ」
氷結王が笑った。その笑顔に向けてタマモもまた笑顔で返した。こうしてタマモにとって初の特別クエストは無事に終了したのだった。
だが、それは同時にあることを意味していた。
「一定の経験値を得たことにより、プレイヤー「タマモ」はレベルアップ致しました。条件を満たしたことにより、EKの位階が上がります」
あっさりとした言葉とともに「それ」は始まったのだった。
流星の旅人……特別クエストを最初に最高評価でクリアしたプレイヤーに与えられし称号。その余勢まさに流星の如く。戦闘時各ステータスに補正(中)あり。なおほかにステータス補正がある場合、加算処理となる。
氷結王の料理番……古代竜「氷結王」からの依頼を達成した凄腕料理人に与えられし称号。老いてもますます盛んに食べるから調理は大変だけどガンバレ。禁術「氷結魔法」と体術「結氷法」を取得可能となる。戦闘時に氷系攻撃の被ダメージ減少(大)、氷系攻撃の与ダメージ増加(大)あり。
禁術「氷結魔法」……ありとあらゆるものを凍てつかせたことで、禁忌とされた古の魔法。その調べは魂さえも凍てつかせる。使用者の能力で威力は増減する。取得にはボーナスナポイント40消費する。
古武術「結氷拳」……かつて隆盛を誇るも、時の流れの中で失伝された古の体術。我が一撃すべてを悉く打ち砕かん。使用者の能力で威力は増減する。取得にはボーナスナポイントを25消費する。




