94話 最高の賛辞
昨日は更新できず申し訳ありません←汗
P.S.誤字報告ありがとうございました。たいへんに助かりましたorz←土下座
「──これ、は」
氷結王は目を見開いていた。
信じられない、とその顔には書いていた。タマモを見つめる目も、同じく信じられないものを見ているようであった。いや、信じられないことをやりとげたという風にタマモを見つめていた。
あからさまな反応を示す氷結王を見て、タマモは「よし」と思った。
(予想通りの反応です)
内心で喝采をしたくなるタマモだが、そんなことをしていられる気分ではない。
(……丸一日でこうなりますか)
現在氷結王は大ババ様に抱えられていた。もともとこけていた頬からはより肉が抉られてしまっていた。
いや、頬だけじゃない。体中から肉が削げ落ちてしまっている。減量中の格闘家とてここまでひどくはないだろう。もはや骨と皮だけと言ってもいい。
(……この様子だと、ボクを転移させたことでより一層力を消耗されたのかもしれませんね)
現実で丸一日、ゲーム内時間で2日。そう、まだ2日である。たった2日でここまで体が細くなるわけもない。
ありえるとすれば、やはり減量においてわりとポピュラーなものである水抜きという手法くらいだろうが、氷結王が水抜きをする理由はない。
それ以外の可能性としては、タマモをアルトにまで転移させたことが原因としか考えられない。
氷結王としては容易い行為だったのかもしれない。そう、本来の力を発揮できる状態である氷結王ならば、容易い行為だったのだろう。
だが、いまの氷結王はその本来の力をどれほど削られているのだろう。
最大を100とした場合、いまの氷結王はおそらく10にも満たないのかもしれない。いや、転移させたときこそが10だったのかもしれない。いわば最悪のコンディションで転移をさせてくれたというのであれば、この消耗具合も納得できるのだ。
(これでは帰りの分はあるわけないです。仮にあったとしてもこの状態じゃ)
仮にタマモを転移させる力があったとしても、転移させた時点で氷結王は死んでいたかもしれない。
2日前の転移による消耗でここまで削られているうえに回復の兆しもないのだから、この状態で転移などしたらどうなるのかなんて考えるまでもない。
(大ババ様には感謝なのですよ)
この霊山にまで転移させてくれた大ババ様には感謝しかない。
『彼の方の性格を考えると、おそらく余力はもうほぼないだろう。仮にあっても生き絶えることになりかねぬ。ゆえに私が霊山まで送りましょうぞ。ついでに言いたいこともあるのでな』
いなり寿司の調理が終わり、氷結王に連絡を取ろうとしたタマモだったが、大ババ様がそれを止めたのだ。曰く氷結王にはもう余力はないだろう、と。下手したらそれが致命的になりかねないとも。大ババ様は淡々と話していた。だが、淡々と話す大ババ様の手は強く握りしめられていた。表面上は笑顔であるのだが、その内面が荒れ狂っていることは明らかだった。
しかしその内面を穏やかな表情で大ババ様は隠していた。そんな大ババ様にタマモはなにも言うことはできず、大ババ様と一緒に霊山にと転移したのだ。
もしあのとき大ババ様の話を聞かずに、氷結王の力で転移されていたらと思うとぞっとするし、転移自体をしてもらっていなかったら間に合わなかった可能性が高かった。
もっともその代償として「アンリをちゃんと連れて帰れ」という約束をさせられることになったが、氷結王の命の前では安いものだ。
(そもそも氷結王様がこんな状態であることを理解していた上で、ボクが約束をするまでは転移しようとしないというのは問題ありすぎる気がしますけど)
そう、大ババ様は氷結王の状態を理解した上で、タマモがアンリを連れていくという言質を取るまで、のらりくらりとかわして転移させなかったのだ。
おそらくはそれくらいの時間はあると踏んでいたうえでの言動なのだろう。
タマモの性格上アンリを放って行くことはありえないと考えてもいたのだろうが、それでも念には念を入れたのかもしれないが、タマモ的には「命が懸かっているんですけど!?」という状況であったのは言うまでもない。
だが、それを言ったところで大ババ様が折れるとは思えなかった。タマモにできたのは大ババ様の策略に乗ることだけだった。
約束を交わしてようやく大ババ様は、霊山にまで転移してくれたのだ。
一族の娘の将来が懸かっているとは言え、緊急時にそんな悠長なことをしている状況ではなかったのだが、その状況であっさりと悠長なことをさせてくれた大ババ様の悪辣さには、もう脱帽するしかない。
火事場泥棒どころか、詐欺師とて耳を疑い、「マジか、この人」と思う所業であろう。
下衆や外道を超えて鬼畜としか言いようがない。
だが、その鬼畜な大ババ様だが、氷結王を抱き抱える姿は心の底から氷結王を案じていることがわかる。……死に水がどうだのと氷結王が言っていたときに、その横っ面を叩いたように見えたが、きっと気のせいだろう。いや、気のせいということにしておこう。
だが、それは同時に氷結王の身をどれだけ大ババ様が案じていたのかという証拠にもなる。弱気なことを言わずにがむしゃらに生きていて欲しかったのだろうといまではタマモは思えていた。それにもしかしたら──。
(──もしかしたらアンリさんのことは、ついでだったのかもしれないですね)
アンリの将来を大ババ様が案じていることはたしかだろう。
だが、一悶着を起こしたのは決してそれだけが理由とは思えない。もしかしたら大ババ様は、氷結王に会うのが気まずかったのかもしれない。
氷結王との短いやり取りを聞いたことで思ったことではあったが、氷結王と大ババ様はいい意味で気安さを感じさせる仲であった。それこそ家族であるかのようにお互いを想い合っているように思えた。
だが、その家族のような間柄であってもずいぶんと会ってはいなかったようだ。
(そう言えば、この霊山に来るときリーンさんが氷結様のことをそれとなく伝えてくれていましたけど、あれはもしかしたら大ババ様の名代をリーンさんがしていたからなのかもしれませんね)
リーンが念押しをしていたのは、大ババ様の名代をリーンが担っていたからなのかもしれない。
もっとも単なる憶測にしかすぎないことなのだが、ある程度の期間大ババ様と氷結王が会っていなかったことは、氷結王が「久しい」と言ったことで明らかである。その「久しい」がどれほどの長期間であるのかまでは定かではないが、死の手前にいた氷結王が最期に会えたことを嬉しがるほどには会っていなかったことはたしかなことだった。
「……まさか、本当に作ってくれるとは」
氷結王は目を見開いて驚いている。その手は震えていた。震えながらも腕を伸ばすも、その手ではまともに口にすることさえできそうにはない。
大ババ様が目配せをしている。が、言われるまでもないことである。
「氷結王様、失礼致します」
タマモは一言断ってから、皿の上のいなり寿司を一貫箸で摘まむと、左手を下にして氷結王の口元にまでいなり寿司を運んだ。
「……どうぞ、氷結王様」
「……すまぬな」
氷結王はいくから恥ずかしがっているようだが、口を開いた。その口の中は乾燥しているのか、ネバァとした唾液が張り付いていた。
(汁物から飲んでいただくべきでしたね)
失敗したなと思いながらも、タマモは氷結王の口の中にいなり寿司を運んだ。氷結王は口の中に入ったいなり寿司をゆっくりと時間をかけて咀嚼していく。咀嚼しながらもその目からは、一筋の涙がこぼれていた。そして咀嚼したいなり寿司を飲み込むと──。
「……あぁ、これだ。これがずっと食べたかった」
「お口に合いましたか?」
「うむ。甘く煮られたこれはアブラアゲだったかの?そのアブラアゲとその中のシャリの酸っぱさが合わさるとなんとも言えぬ味になる」
氷結王が味の感想を口にしている間に、タマモはインベントリから鍋と一杯のお椀を取り出していた。そのお椀に鍋の中身を注ぎ入れると、静かに氷結王の口元へと運んだ。
「おぉ、これも用意してくれていたのか」
氷結王はタマモが差し出したお椀の中身を、手作り味噌で作った味噌汁を見て感動していた。
「お飲みになられますか?」
「あぁ、いただこう。ふーこよ、頼まれてくれるかの?」
「もちろんです」
大ババ様はタマモの手からお椀を受け取ると、そっと氷結王の口元に宛てた。氷結王は宛てられたお椀に口をつけた。大ババ様はその動きに合わせてゆっくりとお椀を傾けていく。
氷結王の目尻からまた涙がこぼれた。大ババ様は傾けていたお椀を元に戻した。
「あぁ、懐かしい。ミソシルだったな。これも記憶のままだ。母上が作ってくださった味そのものだ」
「では」
「あぁ、美味い。美味いぞ、タマモ。こんなにも美味いものを用意してくれて、本当にありがとう」
──ただ一言。そう一言だけだが、タマモにとっての最大級の賛辞の言葉を氷結王は口にしてくれた。
「まだまだありますが、いかがしますか?」
「もちろん、いただこう」
「畏まりました。それではどうぞ」
タマモは再びいなり寿司を氷結王の口元に運んだ。氷結王は泣きながらいなり寿司と味噌汁を次々に口にしていった。泣きながらも満面の笑みを浮かべるその姿を目にしながら、氷結王の食事の手伝いをし続けたのだった。
ある程度年齢を重ねると、母親のご飯って恋しくなりますね。いろいろと外食はしても、いつ食べても飽きが来ない味というのが、個人的には母の作った、賄いみたいなスパゲッティだったりします




