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92話 油揚げの完成

遅れました←汗

「──さて、油揚げの材料はできておる。油揚げ自体の作り方は単純明快だ」


大ババ様は袖を捲って、包丁を手にしていた。ただ普通の包丁とは違い、竹か木を使った包丁のようだった。


「普通の包丁は使わないんですか?」


「いや、自分たちだけで食べるのであれば使ってもよい。鉄製の包丁の方が切れ味はよいしな。ただ今回は氷結王様への捧げ物であろう?貴人に捧げるのであれば、匂いには気を付けた方がよいからのぅ」


「なるほど」


日常的に食べるためのものと捧げ物とでは、どちらにより気を遣うのかは考えるまでもない。自分たちで食べるためであれば、仮に鉄の臭いがしても調理次第でごまかすことはできる。


だが、捧げ物とあれば万が一でも臭いがつかないようにするべきだろう。大ババ様の持つ包丁が木と竹のどちらなのかはわからないが、鉄に比べればはるかに臭いはつかないだろう。むしろ包丁の材質の香りが残ってかえっていいかもしれない。


鉄の臭いと木や竹の香り。どちらを選ぶかとすれば、当然後者であろう。もっとも余分な香りとなることもありえるのだが。


しかし鉄臭さがあるよりかははるかにましだった。


「この竹包丁であれば、鉄の臭いはせぬ。まぁ、きちんと手入れをせぬとあっという間に痛むがの」


大ババ様は竹包丁を濡らすと、上から刃を入れると、素早く豆腐を薄切りにしていく。その手つきはなんの危なげもなく、非常に手慣れたものだった。「お見事なのです」とタマモは手を叩いていた。それはタマモだけではなく、アンリもまた同じであった。タマモに合わせたわけではなく、アンリ自身も大ババ様の手際に感心したようだった。

ただリーンだけは「当たり前にできることでしょう」とそっぽを向いていた。


「ふふふ、わが孫娘は誉めてくれぬか。少し前までは「すごいです」と目をキラキラとしていたのだがなぁ」


大ババ様は若干寂しそうに眉尻を下げていた。が、タマモの目からしてもそれが誘いであることは間違いなかった。それはアンリもわかっているのか、アンリは口元を押さえて笑っている。だが、ひとりだけ。いや、大ババ様の標的だけは慌ててしまっていた。


「そ、そんなの子供のころの話でしょう!?」


「なにを言うか。ほんの5、60年前のことであろうに」


「5、60年前はほんのという時間じゃないですから!」


「そうかのぅ?なにせそなたは当時からほとんど変わらぬしなぁ。ほれ、背丈はほとんど変わらぬし、乳に至ってはアンリに惨敗ではないか。いや、惨敗というよりも無惨かのぅ」


かかか、と高笑いする大ババ様。その高笑いに顔を真っ赤にしたが、当の大ババ様は気にすることなく、竹包丁を振るっていく。


「本来なら眷属様にも豆腐切りをしてもらうべきだろうが、豆腐を薄切りにするのは少々難しいのでな。彼の方に捧げるのであれば、きちんとした見目のものの方がよかろう?」


「それは、そうですね」


やはり自分たちだけで食べるのであれば、厚さにばらつきがあったり、ちょっと形が崩れていたりしても問題はないが、氷結王に捧げるものであれば、そういったばらつきがあるのは避けるべきだろう。


その点大ババ様の切った豆腐は見事に均一だった。長年の経験がものを言っていることはあきらかである。


「ちなみに豆腐の薄切りは、アンリに伝えておるので、いずれ習うとよい」


「そうなんですか?」


「はい。旦那様がお眠りになられた後に手解きを受けました」


大ババ様は視線を反らすことなく、豆腐の薄切りに集中しながらも薄切りをアンリに教えてあると言っていた。


アンリを見やると、やや頬を染めながらも頷いてくれた。もっとも頬を染める意味がよくわからないのだが。


(豆腐を薄切りにする方法を伝えられただけでなぜ頬を染めるのでしょうか?アンリさんが恥ずかしがり屋さんなのはわかりますけど、それだけじゃないような気がしてならないのですが)


なにせナチュラルにセクハラをかましてくる大ババ様からの手解きを受けているのだ。余計な手解きを大ババ様から受けている可能性は高い。いや、大ババ様なら確実に余計な手解きをしていると見ていいだろう。


その余計な手解きがなんなのかはまだわからないのが、なんとも言えないわけなのだが。


「……まぁ、いろいろと手解きもしたのでな?楽しみにしておきなされ」


豆腐から顔をあげて大ババ様が笑う。その笑顔はとてもきれいな笑顔であった。そうきれいな笑顔なのだ。それこそ10人いたら10人全員が見とれかねない笑顔なのだが、タマモには邪悪極まりないものとしか思えなかった。きれいな笑顔であるがゆえに邪悪さがより際立って見えてならなかったのだ。


「……いろいろとですか?」


「うむ。いろいろとのぅ」


大ババ様はアンリを見やる。アンリは顔を背けて俯いてしまった。その反応はかわいらしいのだが、手解きをした相手が相手であった。嫌な予感しかしなかった。


が、いまは油揚げである。


「それでこれを揚げるのですか?」


「そうじゃよ。だが、まずは水切りをせんといかぬ。二時間もあれば十分じゃな」


「二時間ですか」


すぐに揚げるのかと思ったら、まさかの二時間待ちとは想定外にもほどがあった。


(さすがに二時間待ちは)


ログイン時間の半分が潰れることになる。待てなくはないが、なにかトラブルがあった場合のことを踏まえると少々躊躇ってしまう時間でもあった。


「まぁ、本来ならば二時間もあれば十分じゃが」


大ババ様は机の下からたらいを取り出した。たらいには重石が乗っていた。その重石をどけると、そこには薄切りにされ、水気のなくなった豆腐があった。


「これは事前に水気を切っていた豆腐、眷属様が作っていた豆腐であるな」


「へ?いまのは」


「これは眷属様が眠った後に改めて作ったものじゃよ。あくまでも調理行程を見せるために作ったのじゃ。そもそも私は一度もこの豆腐眷属様の作っていた豆腐だとは言うておらしんのぅ」


ニヤニヤと楽しげに笑う大ババ様。「あなた本当にそういうところだぞ」と言いたくなるタマモだったが、大ババ様なりの気遣いには素直に感謝できた。ただこういうドッキリはやめていただきたいものだ。


「さて、これを揚げれば油揚げじゃの。ちなみに最初は低めの油で揚げ、次に高めの油で二度揚げをするのじゃよ」


「二度揚げですか?」


「うむ。私はそうしている。そちらの方が美味いのでな」


大ババ様は水を切った豆腐を手に、かまどへと向かっていく。タマモが後を追いかけると、すでにかまどには油の入った鍋がふたつ置かれていた。ふたつの鍋はそれそれに熱せられ、それぞれに揺れているようだった。


「油の温度の見分け方は菜箸を入れるとわかる。菜箸の先から細かい泡が出ていたら低め。全体から泡が出ていたら高めじゃな」


大ババ様は菜箸をそれぞれの鍋に入れた。左側の鍋は菜箸の先から、右側の鍋は菜箸の全体から泡が出ている。


「こんなものかのぅ」と呟きながら大ババ様は豆腐を左側の鍋に少しずつ入れていく。


「この状態のままでしばらく揚げるのじゃ。目安としては狐色に染まるまでとなるが、低い温度じゃから少し時間がかかるが、待つのも調理じゃよ」


大ババ様の言葉に頷きながらタマモは鍋の中身をじっと見つめていた。そんなタマモを見て大ババ様はとても柔らかく微笑んでいた。


ほどなくして豆腐の色が狐色に染まりはじめた。同時に大ババ様は豆腐を右の鍋にと移していく。


「次は高めの油でいまよりもこんがりと揚げる。時間はいまよりも短めじゃ」


「はい」と頷くとタマモは右側の鍋を見つめた。その表情は真剣そのものだった。隣に来ていたアンリやリーンの表情も自然と引き締まっていく。そして豆腐がより鮮やかな狐色に染まると大ババ様は油から豆腐を出した。その姿はタマモがよく知る油揚げそのものとなっていた。


「これにて油揚げの出来上がりじゃ」


大ババ様は油を切った油揚げを渡してくれた。タマモは渡された出来立ての油揚げを口にした。


「っ!美味しいのです!」


油揚げを口にすると、大豆の甘みが口の中に広がった。独特のクセもあるにはあるが、ほぼ気にならない程度である。


「これなら氷結王様にもお出しできます!」


「そうか。だが、彼の方にお出しするのであれば、これではまだ足りんよ。油抜きもして、味付けをせぬとな」


「……そうですね。ボクはおいなりさんを作りたいのですから」


油揚げの味に気を取られてしまったが、考えてみればタマモが作りたいのは油揚げではなく、いなり寿司である。いなり寿司を作るために油揚げが必要であり、油揚げを作ることは目的ではない。


「油揚げの美味しさで勘違いしていましたよ」


「ふふふ、眷属様も妖狐であることに変わらぬからのぅ。妖狐は基本的に油揚げに目がない。美味い油揚げを食べたらそうなっても無理はない」


大ババ様は笑っているが、フォローになっているのかはいまいちわからなかった。


ただ隣で油揚げを夢中に食べているアンリとリーンを見ていると、大ババ様の言葉には頷かざるを得ない。


「少ししたら油抜きをしようかのぅ。今度は手本ではなく、眷属様が実際にやっておくれ」


「はい!ご指導お願いします!」


タマモは大ババ様に向かって敬礼をした。大ババ様は笑いながら「承った」と頷いてくれた。こうしてタマモはいなり寿司の最後の材料を手に入れたのだった。

タマちゃんが油揚げを入手しました。

次回は視点チェンジです

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