91話 どうしたらいいんですか
遅くなりました←汗
今回はリーンさんが暴走しています←
「──はい、これがお豆腐ですよ!」
ドンと机の上に豆腐の入った容器が置かれた。そんなに強く置いたら崩れてしまいそうなものだが、意外なことに豆腐は崩れることなく、ぷるぷると震えるだけであった。
もっとも豆腐を置いたリーンは豆腐が崩れることなどおかまいなしであった。ただただみずからの苛立ちを込めているかのようである。
「……えっと、なんでリーンさんは怒って──」
「妹分を汚されたら怒るに決まっているでしょうが!」
くわっと目を見開いて叫ぶリーン。その目はひどく血走っていた。タマモは「すみませんでした!」と頭を下げた。
だが、頭を下げつつも「汚したわけじゃないのに」とも思うタマモだが、下手なことを言うとより怒られそうな気がしてならなかった。
いや、まず間違いなく怒られるだろう。ゆえに下手なことを言わないようにしようとタマモは思ったのだ。
「……アンリとしては、その、嬉しかったですけど」
ぼそりと隣にいるアンリが口にした。アンリは真っ白な肌を淡く染めながら、顔を俯かせている。
(く、かわいいのです)
思わず抱き締めたい衝動に駆られるタマモ。だが、悲しいことにタマモとアンリとでは身長さがあるため、タマモ的には抱き締めていたとしても、端から見ればしがみついているようにしか見えないだろう。もっと言えば、年上のお姉さんに甘えている女の子という風にしか見えないだろう。
もっとも実年齢を踏まえても、タマモよりもアンリの方が歳上であることは間違いない。怒り狂っているリーンとて、これでも100年は生きているということらしいので、アンリも100年近い月日を生きているということになる。実年齢が19歳なタマモはもはや子供同然である。
下手したら「少し前まではお母様のお腹の中におられたんですね」と言われてもおかしくはないほどの年齢差とも言える。
つまり外見にしろ、実年齢にしろ、タマモはどうあってもアンリよりも年下の女の子にしか見えないという悲しみを背負っているのだ。
それでも。それでもなおタマモはアンリを抱き締めたいという衝動に駆られてはいた。が──。
「……へぇ、私が寝ている間に、うちの妹分とずいぶんと仲良しさんになったんですねぇ~?いったいどういう了見ですかねぇ、あーん!?」
──衝動に駆られたら死ぬとタマモは理解していた。なぜかはわからないが、リーンからの当たりが妙に強いのだ。
タマモとしては特になにかをした覚えはないのだが、リーンからの当たりは非常に強い。まるでヤキモチを妬いているかのように思えてならない。
「いや、あの、別に仲良しさんになったわけでは──ぁ」
言い掛けてタマモは「しまった」と思ったが、時既に遅しである。隣にいるアンリが涙目になって俯いているからだ。
まずい、と思ったと同時にリーンの手がタマモの襟を強く掴んだ。
「うちの妹分をなぁに泣かしてくれやがるんですかぁ!?」
リーンのこめかみに血管が浮かび上がっていた。目の血走りはより一層強くなっていた。
とはいえ、だ。仲良くしたら怒られ、否定して泣かれたらより怒られる。正直な話「どうしたらいいんですか」とタマモには思えてならない。
だが、怒れるリーン相手にはどうすることもできない。むしろ話を聞いてくれそうになかった。いや、話を聞ける状況であるとは思えない。リーンの血走りすぎた目は、もはやもとから赤ではないかと思えるほどに緑を赤が侵食している。
「お、落ち着いてください、リーンさん。話せばきっとわかるはずなので──」
「うちの妹分を汚して泣かす人と話すことなんざねえーのですよ!ぶっ飛ばすぞ、コラぁぁぁぁーっ!」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
タマモは叫んだ。リーンがついに実力行使をするべく腕を振り上げたからである。降り注がれる拳を見て、タマモはついまぶたを閉じた。
が、いつまで経っても衝撃は訪れない。恐る恐るとまぶたを開くと、アンリがリーンの手を押さえていた。
「離しなさい、アンリ!私はいまからこのド外道をですね!」
「だ、ダメです!旦那様を殴られるのであれば、アンリからお殴りください、リーン姉様!」
「なにを言っているんですか、あなたは!?」
アンリの一言にリーンが慌てている。だが、アンリはとてもまっすぐにリーンを見つめている。目尻には涙が溜まっているが、涙が溜まっていてもアンリの目には強い意思の光が宿っていた。
「リーン姉様が旦那様をお殴りになると言うのであれば、アンリは旦那様をお守りするために代わりにリーン姉様に殴られます!アンリは旦那様が傷つくお姿を見たくありません!だからアンリを代わりに!」
リーンに向かって懇願するアンリ。その意思はとても強い。そのアンリの一言にリーンは言葉を詰まらせた。
「……アンリさん」
リーンが言葉を詰まらせる一方でタマモは困惑を強めていた。なぜこんなにアンリは想いを向けてくれているのか。その理由がタマモにはわからないのだ。
だが、実際に言葉にするのは憚れた。それを口にすることは、アンリをより傷つけそうな気がしたのだ。
ゆえになにも言えなかった。リーンを強い目で見つめるアンリを見ていることしかタマモにはできなかった。
「ふふふ、本当にアンリは眷属様を想っておるのぅ。……懐かしいものじゃ」
不意にそれまで黙っていた大ババ様が言った。
大ババ様はどこか遠くを眺めるように目を細めていた。
そんな大ババ様の姿にタマモは首を傾げた。いったいなにが懐かしいのかと言おうとしたのだが、それよりも早くリーンが叫んだ。
「あー、もう!わかりましたよ!殴らなければいいんでしょう!?」
リーンが折れたのだ。だが、タマモを見つめる目は忌々しそうに見える。というよりもなんだか裏切り者を見ているかのようにも見えた。
タマモにはなんのことなのかはさっぱりとわからないが、タマモがなにかしらの不利益をリーンに与えてしまったということはわかった。
「あの、なんか、ごめんなさい?」
「謝ってすむ問題ではありません!」
牙を剥き出しにするリーン。タマモはまた悲鳴を上げそうになるも、必死に堪えて頭を下げた。リーンはむぅと小さく唸るが、それ以上はなにも言わなかった。
「さて、リーンの癇癪も終わったし、油あげを作るとしよう。豆腐はできておるのだから、後はもう少しというところじゃな」
大ババ様は袖を捲りながら言った。リーンの荒ぶりに関しては特になにかをするつもりもないのだろう。
だが、理由は定かではないが、リーンの不興を買ったのはタマモであるため、大ババ様がなんのリアクションも取らないのは当たり前である。それをわかっているからタマモもなにも言えなかった。
言えるのはただひとつ。
「アンリさん」
「はい?」
「……ありがとう。あとこれからよろしくなのですよ」
「……はい、旦那様」
リーンを止めてくれたお礼とこれからの挨拶をアンリにした。リーンはその一言で余計に機嫌を悪くしているだが、こればかりはもうどうしようもない。
だが、いまはそのことは気にしている場合ではない。後回しにすると先が怖いが、いまは油あげが最優先である。
「よし、やりますよ!」
タマモは大ババ様に倣って袖を捲り、油あげ作りの詰めを行うべく、気合いを入れるタマモだった。
次回で油揚げです。めいびー←




