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EX-1 絹糸の納品方法

 今回から特別編となります。

 今回は例のベータテスター二人組を一蹴した後のお話となります。

「おーい、タマモちゃーん」


「アルト」の路地から農業ギルドの管理地である街はずれへとレンとヒナギクと一緒に帰ってくると、誰かに呼ばれた。


 声の聞こえた方を見やると、そこには関西限定となった某スナック菓子のキャラクターを連想させるような、口の周りに無精ひげを生やした穏やかなそうな顔のプレイヤーが手を振っていた。


 その格好は作業着のような服なのだが、服装が違ってもか持ち出す雰囲気から、件のキャラクターを容易に連想させてくれる。


 実際レンとヒナギクは「カ○ルおじさん?」と言ってしまっていた。だが、タマモは気にすることなく手を振り返した。


「あ、デントさん。こんにちはー」


「こんにちはー。いやぁ、よかった、よかった。ようやく会えたわ」


「あれ? ボクをお探しだったんですか?」


「そうだよ。姐さんが心配していたからなぁ」


「え? 姐さんが?」


「んだ」


 件のキャラクターを思わせるプレイヤーことデントはタマモのひと言に頷いた。


 がレンとヒナギクは「姐さん?」と首を傾げている。


 だがタマモは「姐さん」のひと言で大事なことを忘れていたのを思い出した。


「あ。そ、そうでした。まだ今日は」


「うん。悪いけれど、今日の分を渡してくれるかね?」


「はい。もちろんですよ。じゃあ、これ今日の分の絹糸なのです。しっかりとお納めくださいです」


「ほいほい、では確認させて──」


「「ちょっと待った!」」


「え?」


「ん?」


 イベントリに残っていた絹糸をデントに手渡し、デントは早速「鑑定」を使って品質を調べようとした。


 だがその寸前でレンとヒナギクがずずいと前に出て、タマモとデントを遮るようにして立ちはだかった。


「カ○ルおじさんみたいな人!」


「か、カ○ルおじさんって俺のことかい?」


「そうだよ! おじさん、あんたタマちゃんからなに喰わぬ顔で絹糸を取り上げるなんて、どういう了見だ!?」


「え? いや、俺は別に取り上げているわけじゃ」


 デントはレンとヒナギクの剣幕に少し気圧されていた。


 というのもレンとヒナギクにとっては、デントは人の好さそうな顔をした借金取りまがいのような存在に見えていたのだ。


 なにせタマモのことを探していたうえに、「姐さん」という女性に加え、今日の分の絹糸を渡せと言ったのだ。


 事情を知らなければ借金取りかなにかかと勘違いされかねない光景だった。


 そしてレンとヒナギクはふたりの関係を債務者と債権者ないしはその取り巻きという風に見えていたのだ。


「人が好さそうな顔をしていて私たちは騙されないよ!」


「そうだ、そうだ! タマちゃんは今日酷い目に遭ったばかりなんだ。これ以上タマちゃんに心労をかけさせることは許さ──」


「え、えっとおふたりとも勘違いですよ?」


 ただでさえ今日は件のベータテスターたちに絡まれてしまっていた。


 そんなタマモにこれ以上の心労を駆けさせたくない。レンとヒナギクの気持ちはひとつになっていた。


 そう、ひとつになっていたのだが、ふたりのそれは完全に勘違いだった。


「ボクは別に債務者というわけではないのです。そしてデントさんも債権者でもなければ、その取り巻きさんでもないのですよ?」


「へ?」


「で、でも絹糸を渡せって。しかも姐さんとか言っていたし」


 タマモの言葉にレンとヒナギクは困惑していた。


 だがタマモとデントにとっては別に困惑させるつもりはないのだ。ただちょっとややっこしい問題があるだけだった。


「まぁ、見ていてくれればわかりますよ。それでデントさん」


「あ。ああ、ちょっと待っておくれよ。えー、うん。たしかに今日の分も品質はAランクだ。これなら姐さんも腕の振るい甲斐がありそうだ」


 デントはタマモから渡された絹糸を改めて「鑑定」した。


 今回の納品分も問題なく品質はAランクだった。


 実際タマモも一度「鑑定」を掛けているので品質に関してはわかっていた。


 ただやはりひとりではなく、別の誰かのチェックも必要だった。


 それはデントもわかっていることなので、あえてこうして「鑑定」をかけてチェックしてくれていたのだ。そしてそのチェックも終った。あとはデントに任せるだけである。


「それはよかったのです。姐さんにはよろしく言っておいてほしいのです」


「ん、了解だ。じゃあ俺はこれで。明日もよろしくな、タマモちゃん」


「はい。今日もありがとうございました」


 デントに一礼すると、デントもまた頭を下げた。


 それからデントはそそくさと農業ギルドの管理地から「アルト」の中心街へと向かって行った。その足取りはわりと速く、急いでいることが窺い知れた。


「ふぅ、すっかりと迷惑を掛けてしまったのですよ」


 そう、デントにはすっかりと迷惑を掛けてしまった。


 今度お詫びの品として自家製の腐葉土でもプレゼントしよう。


 以前から腐葉土を気になっているようだったので、喜んでくれそうだった。


「えっと、タマちゃん?」


「結局意味がわからなかったんだけど、どういうこと?」


 レンとヒナギクは黙って一部始終を見守ってくれていたが、それだけでは理解しきれなかったようだった。


 説明をしていないのだから無理もないことだろうなぁとタマモは思った。


「えっとですね。あの絹糸は納品分のものなのですよ」


「納品?」


「ええ。姐さんっていう方に納品するためのものなのです。姐さんっていうのはこの生産スレッドの、えっと、あ、あったあった。ここに「通りすがりの紡績職人」さんっているじゃないですか。この人のことなのですよ」


 タマモはメニューから掲示板を開き、生産スレッドを表示させた。


 現在のスレッドは第三十回にまで達しており、タマモが連絡をしなかったことで「通りすがりの紡績職人」こと姐さんが暴れている様子が書かれていた。


「……えっと、なに、この恐怖政治?」


「生産職ではなく、凄惨職じゃない、これ?」


 生産スレッドを眺めてレンとヒナギクの表情が凍り付いた。


 生産スレッドは「通りすがりの紡績職人」の恐怖政治によって成り立っている。


 どういうわけか、「通りすがりの紡績職人」はタマモを溺愛しており、その強権の矛先がタマモには向かない。


 ほかの生産スレッドの住人には問答無用に向けられてしまうのだが。


「まぁ、おふたりの言うこともわかるのですが、姐さんは面倒見のいい優しい人なんですよ?」


「え? これで?」


「私には独裁的な暴君としか思えないんだけど?」


「……まぁ、否定はできないのです」


 レンとヒナギクがそういうのも無理もない。


 姐さんのやり方はまさに独裁的な暴君だった。


 とはいえ、それでも生産スレッドが過疎化することがないのは、なんだかんだで姐さんの面倒見のよさを住人全員がわかっているからだ。


 そして全員がそのやり取りを楽しんでいるということでもあった。


 タマモも生産スレッドの住人たちとやり取りするのは楽しく、そして好きなのだ。


「まぁ、とにかくですよ。ボクの絹糸は姐さんに卸しているんですが、実を言うとボクは姐さんに会ったことはないのです」


「え? じゃあどうやって」


「あ、もしかして、この人が?」


「この人って?」


「ほら、この「通りすがりのファーマー」とか言う人。「カ○ルおじさんって言われちゃった」って書きこんでいるから、さっきの人じゃない?」


「あ、本当だ。その人の書き込みに「通りすがりの紡績職人」が反応しているね。でもなに言っているんだろう、この人たち?」


 ヒナギクが見つけたのは「通りすがりのファーマー」の書き込みに姐さんが反応したことだ。


 その書きこみの内容は「おやつは3つにしたら、真ん中だ」とか「鐘と夕飯の間に4つ。右は真っ白だ」などの妙な言葉を書きこんでいるのだ。


 タマモも最初はわからなかったが、いまはなんとなくわかっていた。


「たぶん、暗号だと思うのです。おやつってことは三時のことだと思うのです。つまり三時の方向にある3つの建物のうちに真ん中で待ち合せようと言っているんだと思うのです」


「なるほど。じゃあ、鐘と夕飯の間にっていうのは」


「地域によっては違うと思うのですが、夕方の五時にチャイムが鳴るじゃないですか。たぶんこれはそのことを言っているのです。で夕飯はやっぱりお家によって違いますが、だいたい夜の七時くらいです。その間ということは」


「六時の方向にある4つの建物のうち、真っ白な右の建物で待ち合わせってこと?」


「そうだと思うのです。まぁ、もしかしたらもっと別の解釈があるかもしれませんけれど」


 読み取れる情報からだと考えられるのはこのくらいだ。「通りすがりのファーマー」ことデントも姐さんの徹底ぶりには参っていることだろう。


「でもなんでこんな暗号なんて」


「ボクにもわからないのです。ただデントさんが言うには姐さんはどうしてもボクには会えない事情があるってことでしたので」


「会えない事情?」


「どういうこと?」


「さぁ? でも姐さんには姐さんの事情があるでしょうし、あまり詮索するのも悪いかなって思うのです」


 ただでさえ姐さんには面倒を看てもらっているのだ。


 その恩返しにと絹糸を卸しているし、その絹糸を使って姐さんはタマモの装備を作ってくれているそうだった。


 あくまでもデントからの情報によると、だ。


 だが、姐さんがタマモを騙す理由はないので、本当にタマモの装備を作ってくれているのだろう。


 装備が出来上がったら渡しに来てほしいとは思うが、デント経由になりそうだなと思わなくもない。


「とにかく、ボクは決して債務者というわけではないのです。そもそもそれなりにお金は持っているので、借りる理由はないのですよ」


「う~ん。なんとなく納得できないけれど」


「タマちゃんがそういうのであれば、そうなんだろうね」


 レンとヒナギクはなにか言いたげではあったが、最終的には頷いてくれた。


「まぁ、積もる話はいいのです。それよりも畑に行きましょう! 畑が待ってくれているのですよ」

「うん。訓練の続きだね」


「俺はクーの補佐として頑張るとしようかな」


 畑はもうタマモだけの場所ではなかった。これからは同じクランのメンバーとしてレンとヒナギクの居場所にもなる。


 仲間。はじめての仲間。莉亜以外のはじめての仲間。


 タマモは何度も口の中で呟きながら畑へと向かって行く。


 ふたりのおかげでより一層このゲームにのめり込むことができそうだと心の底からタマモは思うのだった。

「通りすがりの紡績職人」さんの事情はそのうちに。

 続きは明日の正午となります。

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