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88話 愛娘がかわいいよぉ~(byタマモパパン

サブタイトルがいつもどおりおかしいですが、まぁ、そういう内容です。

あと遅れまして申し訳ないです。

「──お嬢様、起きてください。ご夕食ですよ」


「……ほぇ?」


体が左右に揺さぶられた。


少し前まで斜陽が差し込めていたはずの部屋の中はすでに真っ暗となっている。


寝ていたわけではないのだが、気づいたらもう夜になっている。時間の移り変わりの早さに少しだけ驚きつつも、まりもは体を起こした。


「ずいぶんとお眠りになられましたね?」


目の前にいる藍那は呆れた風である。そう、早苗ではなく藍那が目の前にはいた。今朝も藍那が身の回りの世話をしてくれていたのだ。だが、今朝は早苗と玉森夫人が第二応接間に入ってしまったがゆえだった。


本来ならいま目の前にいるのは藍那ではなく、早苗のはずなのにその早苗はどうしたのだろうか。まりもはぼんやりとしながら、「早苗さんは?」と尋ねた。


「お姉様でしたら、今朝と同じですよ」


「また、ですか?」


「ええ、また。奥様と第二応接間でお話をしております」


藍那は若干目をそらしつつ言った。なんとも怪しい反応ではあるのだが、わざわざ口にすることもなかった。


「お母様も早苗さんもなにを話しているんでしょうね」


あくびを掻きつつ、まりもはベッドから降りた。その際藍那が自然に手を取ってくれた。


「ありがとうございます」とお礼を口にしつつ、藍那と手を繋いだまま、部屋の外に出るまりも。その光景はエスコートという風にも見えなくはないが、迷子にならないように姉ないしは母親と手を繋いでいる女の子という風にも見えてしまう。なお、エスコートと迷子防止のどちらの方がより強いのかは言うまでもないだろう。


「そう言えば、莉亜様がお越しになっておりましたが、お気づきでしたか?」


「あ、はい。気づいていましたよ」


「……ほぅ。では、あの様子にもお気づきですか」


「ほぇ?」


食堂に向かっていると、藍那が莉亜のことを口にした。意識はあったうえに、いろいろと話をしたのだから当然知っている。だが、藍那は翼わからないことも口にしていた。


「あの様子?」


「おや、お気づきではなかったので?」


藍那は意外だとでも言うかのように、目を丸くしていた。が、目を丸くされたところで莉亜が特におかしな様子を見せたとは思えないのだ。


いつも通りに美脚を強調するように脚を組んでなにかしらのことを考えていた。いつも通りの莉亜が、いつも通りに話をしただけなのだ。そこにいつもとは違うなにかを見いだすことはできなかった。


「いつもと変わらなかったと思うのですけど」


「ふふふ、左様ですか。お嬢様にはそう見えたのですね。では藍那からは特に言うことはございません」


藍那はとても楽しそうに表情を歪めていた。笑っているのだろうが、その表情にははっきりと「愉悦」と書かれていたのだ。


なにを以て「愉悦」なんて顔に書けるのか。まりもにはさっぱりとわからない。藍那の琴線に触れることはなにもなかったはずなのだが、どうにも藍那の言うことはいまひとつ理解しづらかった。


「……藍那さんの言うことはいまいちわからないのです」


「本当にそうですか?」


藍那はじっとまりもを見つめていた。普段閉ざされているまぶたがうっすらと開いて、まりもを凝視していた。


しかしどんなに凝視されたところで、わからないものはわからないのだ。


「……よくわからないのです」


「……左様ですか。まぁ、極端な話をしますと、口の周りにご飯粒がついていても、本人にはわからないのと同じですよ。あまりにも近すぎるとわかっているようでわからないものですから」


「ほぇ?」


例えはあんまりなものだったが、言いたい意味はなんとなくわかるような気はするが、具体的にはよくわからない。


藍那が莉亜のことを言っているのはわかるのだ。だが、どういう意味でそんなことを言っているのかがよくわからない。そもそも莉亜に対してわからないことがあると、言われるのは心外である。


「ボクとアリアはこれからも親友なのですよ」


「……お嬢様がそう仰るのであれば、そうなのでしょうね」


莉亜とは親友だった。親友であるがゆえにわからないことなどあるわけがない。そうまりもは言った。


だが、藍那は同情しているかのように、どこか悲しんだ様子で頷くだけだった。いまにも「かわいそうな子」と聞こえてきそうなほどに、藍那の表情は悲しみに染まっていた。


それでもまりもには藍那の言う意味がわからない。理解できなかった。


「藍那さんは」


「そろそろ着きますよ、お嬢様」


藍那がまりもの言葉を遮る。話を反らそうとするなと言いたいが、実際に食堂は目の前である。ふたりのメイドが控える扉がすぐ目の前にあった。ふたりのメイドはまりもを見かけると手慣れた様子で扉を同時に開いた。


扉の先にはまりもの父である玉森家当主が粛々とひとり食事をしているのだが、先に控えていたメイドたちがどこか呆れているような雰囲気である。


「お父様、この時間にご在宅なのは珍しいですね?」


まりもは首をかしげつつ、藍那と手を繋いで席にまで案内してもらった。席に腰かける際もやはり藍那が椅子を引いてくれた。その椅子に腰掛けると、藍那はまりもの後ろに立った。


そんな藍那を見る父の目はなぜか鋭いのだが、藍那は特に気に留めていない。むしろ「ふふん」と鼻息を鳴らす始末である。


「さすがは藍那さんだなぁ」としみじみと思うまりもと藍那を怨めしそうに睨むまりもの父。だが、まりもの父はまりもが着席すると、少しだけ表情を綻ばせた。


「予定していた会合が延期になったのでな。そのまま外食で済まそうと思ったが、たまには愛娘と食事を取るのも悪くないと思って一時的に帰宅している」


「そうでしたか。ボクもお父様とお食事ができるのは嬉しいですよ」


「そうか」


「はい」


まりもは素直に父に笑いかけた。父はそれまで同様に粛々と食事をしているのだが、よくその表情を見るとぷるぷると震えているのがわかる。どうして震えているのかは言うまでもない。情熱さんと理性さんとの戦いがその心中で激しく行われているがためである。


が、そのことにまりもは気づいていないが、震えていることはわかった。


「お父様。お加減が?」


「……いや、そういうわけではないが、少々寒気があるな。念のために風邪薬でも飲んでおこう」


「そうしてください。お父様になにかあったら、ボクは悲しいのです」


「すまぬな。心配を掛けてしまった」


「いえ、そんなことはないのです。こう言うとなんですけど、というか、子供みたいですが」


「うん?」


まりもは頬をほんのりと染めつつ、恥ずかしそうにしている。そんなまりもの姿に父は顔どころか体さえも震え始めるも、すでにまりもは父を見ておらず、顔を俯かせていた。その仕草に父は吐血寸前にまで追い込まれているが、やはりまりもは気づくことなくトドメとなる一言を無自覚に伝えた。


「ボクはお父様が大好きなのですよ。この年齢でべたべたとするのは、お父様が嫌がるかと思っていますので控えていますけど。だからそのお父様になにかあったら、気が気ではないので、お体にはどうかお気を付けてください」


まりもは下から見上げるようにして父を見やる。その姿に、普段はまりもを「変態」と言うメイドたちさえも胸をきゅんとさせてしまった。後ろに控えていた藍那は口元を手で覆って顔を反らしていた。そして直接その視線を浴びるまりもの父がどうなるのかはもはや語るまでもない。


「……」


──バタン!


無言で背中から倒れこんだ。まりもが慌てて「お父様!?」と駆け寄ろうとしたが、藍那により制されてしまう。いや、正確には藍那がまりもを羽交い締めにし、ほかのメイドたちという人垣が瞬く間にできてしまったのだ。まりもは父のそばに駆け寄りたいが駆け寄れない。


「藍那さん!離してください!」


「落ち着いてください、お嬢様。ご当主様はただ眠られたのです」


「あんな眠り方があるわけ」


「いや、まぁ、そうなのですが。ですが、ご当主様のことをお思いであるのであれば、どうかいまはお近づきになられぬように」


「なんでですか!?」


「……ご当主様もいまのお姿を見られたくはないかと思いますので」


「意味がわからないですよ!?」


「とにかく、こちらへ。みな頼みましたよ」


藍那はまりもを抱き抱えると退室してしまう。まりもは「お父様!」と必死に手を伸ばすが、その手が父に届くことはない。ただ人垣の間からわずかに、そう、ほんのわずかに父が親指を立てている姿が見えた。とりあえず息はあるようだが、それでも父の身になにがあったのかがわからないままである。


気が気ではないまりもだったが、藍那により自室にと強制連行されてしまうのだった。


その後父が多忙のあまり休んでいなかったがゆえに急に寝てしまったのだと玉森夫人から、なぜか呆れた様子の母から伝えられることになったまりもだった。

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