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85話 思い悩むまりも

遅れました←汗

まぶたを開くと、そこは見慣れた自室の天井だった。


真っ白な天井には同じ模様の柄がいくつも描かれていた。描かれている柄を、とりとめもなくひとつずつ数えていくまりも。


頭の中はとてもぼんやりとしていた。窓から見える空の色はすでにオレンジ色に染まっている。強制ログアウトの影響だろうか。


「……なんで、あんなに?」


限界を超えてプレイしていた弊害なのか、タマモの思考はだいぶ鈍っていた。鈍っていてもなお想い描くのは、最後に見たアンリの笑顔だった。


「……意味なんてないのに」


どれだけアンリがタマモを想っていたとしても、まりもにはアンリの気持ちに応える気はない。いや、そもそも意味がない。


しょせんはデータだけの存在でしかないアンリをどれだけ想ったところで、ただ虚しいだけである。そんな虚しさなどとは、まりもは無縁でいたかった。


まだ現実で会える可能性のあるアオイやヒナギクに懸想する方が有意義であるし、プログラミングされただけの実在しないモノを想うよりもはるかに健全だった。


(……なのになんでこんなに胸が痛いんですか?)


胸の痛みの理由がわからないまりも。アンリのことを考えるとひどく胸が傷んだ。


アンリはまりも、いや、タマモのそばに居続けられればそれでいいと言ってくれた。タマモが応えてくれなくても構わないとさえ言ってくれた。


どうしてそこまでアンリがタマモを思慕してくれるのか。その理由はゲームから離れてみても理解できない。


そもそも愛だの恋だのというのとは、いままでの人生においてまりもは無縁だった。


他人の恋愛には、莉亜に絡んでくる連中を徹底的に潰すことはよくしていたが、こと自身に関しては初めてであり、どうしたらいいのかがわからないのだ。


「なんであの子はあんなにもボクを想ってくれるんです?」


わからない。


なにもかもがわからない。


あまりにもわからなさすぎて、かえって不快に思うほどに。


だが、アンリを見ていると不思議と不快ではなかった。


むしろ一生懸命にタマモのために動こうとするアンリを見ていると、どこか微笑ましく、そして愛らしく思えてしまった。


そう思ってしまう自分がまりもには不思議だった。


まだ恋愛シミュレーションゲームのキャラクターの方がわかりやすいとさえ思えた。


あらかじめプレイヤーに対する好感度がそれぞれに設定されており、ゲーム中にたびたび出現する選択肢によって好感度がその度に増減する。一定の期間中に一定量の好感度が溜まれば、個別のルートへと向かう。


様々な恋愛シミュレーションゲームというものは存在するものの、基本的なシステムは古今東西変わらない。


まりも自身、一時はのめり込んでいたこともあったため、その手のゲームのことはそれなりに知っている。


時には莉亜に協力してもらって目当てのキャラクターを落としたこともある。無論その際に莉亜からは、絶対零度を思わせるとても冷たい視線を、いや、冷たいという言葉さえも生ぬるい、どうしようもないものを見るような目で見られてしまったが、馴れてしまえばこちらのものであった。


ちなみにだが、協力してもらった際に落とせなかったこともあったが、そのときの莉亜の反応は劇的だった。どういう意味で劇的だったのかは推して知るべしというところか。


とにかく恋愛シミュレーションゲームにおいても、それなりの知識があるまりもだが、こと現実においてはまったくの無知である。


だが、無知であってもアンリからの想いに応える意味がないことくらいはわかる。堂々巡りだが、最終的にはそうとしか言えないのだ。


「……データだけの存在に恋されたとか、恋するとかバカみたい」


どれだけ恋い焦がれようと現実にいないのであれば、なんの意味もないのだ。


この意見を他人に押し付けようとは思わないし、他人には他人の恋愛観があるのだから、それを悪いとは思わない。


ただまりも個人においてゲームのキャラクターに恋しても仕方がないと思うのだ。


いつぞや問題となった「生産性がない」という単語を口にするだけである。


そもそも恋愛シミュレーションゲームで気に入ったキャラクターがいたとしても、今後も同じような偶像は数多く出るのだ。


どんなに好きなキャラクターであっても、徐々に色褪せてしまうものだ。


ゆえに特定のキャラクターに一定以上の感情を向けたところで、いずれどのコンテンツもいつかは終わるのだ。


そしてコンテンツが終わる頃にはそれまでの思い出はあっても、気持ちまでも同じとは限らない。仮に気持ちが同じであったところで、コンテンツが終わってしまえばその気持ちは宙ぶらりとなるだけ。


むしろ思い出があるという程度に留めてある方がかえって幸せなのかもしれない。それはまりもとて同じことが言える。


「……ボクだっていつまで続けているのかはわからないのです」


そう、まりもはいまのところ「エターナルカイザーオンライン」にのめり込んでいる。だが、それがいつまでも続くかはわからない。続いたとしてもサービス終了となれば、そこでおしまいだ。ネットゲームにしろ、ソーシャルゲームにしろ、サービス終了とは無縁ではいられない。


プレイヤーにしてみれば、ゲームデータの削除という程度のことだが、ゲーム内のキャラクターにとってみれば、ゲームデータの削除は死ということだ。


現実に実在しないのだから、生きるも死ぬもないかもしれないが、少なくともなにも残さずにいなくなることには変わらない。


これがもし現実の人間相手であれば、同情はされるだろうが、ゲーム内のキャラクターとなると同情どころか奇異の目で見られるだけだ。


少なくともまりもはそんな視線に耐えられるほど心は強くない。


必要以上に傷つきたくないのだ。


「……やっぱり応えない方がいいですよね。少なくともボクは傷つきません。あの子だってそれでいいと言っていましたし」


そう、アンリはそばにいられるだけでいいと言っていた。それ以上はいらないと言っていたのだ。ならばその言葉に甘えても問題はない。たとえそれがどんなにまりも自身でも最低だと思う行為であっても、深く傷つくよりかははるかにましなのだから。


「……あんたがそれでいいのであればいいんじゃない?」


アンリの気持ちには応えない。そう決意したそのとき。部屋の入り口から声が聞こえた。


「……アリア?」


部屋の入り口には莉亜が壁にもたれ掛かるようにして立っていた。莉亜はまっすぐにまりもを見つめていた。その表情にもそのまなざしにもどんな感情が宿っているのかはまりもにはわからなかった。


「……なにか大変なことになっていたから、話だけは聞こうと思っていたんだけど、どうもかなり複雑な話みたいね」


莉亜は寄り掛かっていた壁から離れると、まりものベットの脇に腰かけた。細長いしなやかな脚を組んで座っていた。それは莉亜なりのまりもの話を聞く体勢だった。


いつものように話を聞いてくれるようだ。「ありがとう」とお礼を口にしてからまりもは、アンリのことをぼかすところはぼかしつつ、できる限りの説明を行ったのだった。

タマちゃんの臆病さが悪い意味で発揮される回となりました。

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