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83話 時間との勝負

また遅くなりました←汗

このままだと三が日は全部遅れそうですね←汗

明日は無事に更新したいなぁ←しみじみ

「──まずは、豆を砕くぞ」


大ババ様の指示にタマモは「はい」と頷いた。水に浸かっていた大豆は、すでに芯はなく、指でつぶれるほどに柔らかくなっていた。その大豆を慎重にすり鉢の中にと移すと、大ババ様がすりこぎを渡してくれた。


「アンリ。そなたはすり鉢を押さえてやれ」


「はい、大ババ様」


アンリはなぜか嬉しそうに笑うと、すり鉢を両手で押さえ込んでくれた。その際「初めての共同作業かぁ」と呟いていた。


(まぁ、たしかにそう言えなくもないけど)


正直な話、アンリからの好意はタマモには少し恐ろしかった。


初めて会ったばかりの相手に対して、見かけるたびに恋をすると言われても重すぎるとしか言いようがない。


アンリの見目がいくら整っていても、その事実は変わらないのだ。


だが、アンリはそんなことはおかまいなしにタマモを一途に想ってくれている。


タマモにはアンリに想われる理由はなにひとつとて思い付かないというのにも関わらずだ。


(……本当になんでこの子はこんなにもボクを想ってくれているのやら)


タマモにはアンリは理解できない存在である。だが、理解できないがその好意自体は嫌ではない。ただいろいろな過程をすっ飛ばしすぎているため、共感がわかないのだ。


もっともゲーム内のキャラクター、もっと言えばデータだけの存在であるアンリと共感したところで、「EKO」がサービス終了してしまえば、もう二度と会えなくなるのだ。そんなアンリに恋慕したところで意味などない。


だからアンリからの想いに対して、タマモから応えるつもりはいまのところはないのだ。その好意自体は嬉しいが、嬉しいからと言って応えてあげる筋合いはない。


(……言葉尻だけを捉えると、最低なことですよねぇ)


想わせるだけ想わせておいて、応えるつもりはないというのは、現実であれば鬼畜と言われても致し方のないことだった。


だが、その鬼畜の所業をタマモはするしかなかった。アンリのことは嫌いではないが、好きになったところで悲しい結末しかないのだ。ならば好きにならない方がはるかにいい。たとえそれがアンリを傷つけることになったとしても。


「旦那様?」


不思議そうに首を傾げるアンリ。タマモは「なんでもないですよ」と言ってから、すりこぎを動かしていく。同時にアンリがすり鉢を強く押さえ込んでくれた。


タマモの力に合わせているのか、すり鉢はぴくりとも動かない。これならば安心してすりこぎを動かせられそうだった。


「豆は液体状になるまで砕いておくれ。豆の強い香りがするからわかりやすいと思う」


すり鉢を見つめながらタマモは頷いた。ごりごりとすりこぎを力一杯に動かして、豆を次々に砕いていく。


(液体状にということは、ペーストにするってことですよね)


水に浸かっていたからか、大豆は水分をかなり含んではいるが、完全な液体にはできない。あくまでも液体状に、どろりとした液状化にさせるのが限界だろう。


とはいえ、物質をそこまでするのもやはり大変な作業ではあるのたが。


(現実ならミキサーがありますけど、このゲーム内にはありませんし、人力でやるしかないですね)


現実ならミキサーが使えるものの、ゲーム内にはミキサーなんて便利なものは存在しない。


すべて人力で行わなければならない。が、タマモには裏技があるわけなのだが。


「「三尾」」


タマモはすりこぎを持つ手を覆うようにして「三尾」ですりこぎを握ると、円を描くようにしてグリグリと回転させていく。


「ほぅ。さすがは眷属様。すでに「三尾」を自由自在に扱えますか」


大ババ様が感心したように言った。ありがとうございます、と返事をしつつ、それまで以上の速さで豆が砕けていく。


「う、うぅ~。私も!」


不意にアンリが叫んだ。顔を上げるとアンリは耳まで真っ赤になってすり鉢を押さえていたが、その手はぷるぷると震えていた。


が、アンリ自身の尻尾が伸び、すり鉢に巻き付いた。安定感が増したが、アンリ自身はだいぶ限界に近いようであった。


「大丈夫ですか?」


手を止めずにアンリに尋ねると、「大丈夫です!」と力を振り絞るようにして叫んでくれた。どう見ても大丈夫という風には見えないが、タマモに必死に食らいついていこうとする姿は、どこか愛らしかった。


「……無理そうなら早めにね」


「だ、大丈夫ですから!」


アンリは額に汗の珠を浮かばせていた。限界は恐らくすでに迎えているだろうが、それでもなお頑張ろうとする姿は健気であった。


その健気な姿を見て、思うところがないわけではない。


だが、必要以上に気持ちを向ける気にはなれない。いや、向けたくなかった。いつか必ず訪れる「終焉」の際に余計な感慨など抱きたくなかったからだ。


(ボクは本当に臆病者ですねぇ)


自身の臆病さに平伏しつつもタマモは、3本のうちの1本をすりこぎからすり鉢にと回した。ちょうとアンリの尻尾を上から包み込むようにてして、すり鉢を固定させていく。


「ぁ」


アンリの頬に朱が差した。顔を真っ赤にしていても、頬が染まるのははっきりとわかった。


「……こうした方が安心できますから」


「……はい、ありがとうございます」


ややぶっきらぼうな言い方になったが、アンリはそれでも嬉しそうに笑っていた。


嬉しそうに笑うアンリを見て、心臓が少しだけ高鳴るタマモ。


「……青春じゃなぁ」


くくく、と喉の奥を鳴らして大ババ様は笑っていた。笑い方はともかく、その笑顔自体はほほえましいものを見ているかのように穏やかだった。穏やかだが、どこかもの悲しそうにも見えた。そのりゆうはわからない。わからないまま、タマモはすりこぎを動かしていった。


やがてすり鉢の中から大豆の強い香りが立ち込めていく。すり鉢の中の大豆はどろりとした液体状にと変わっていた。


「よし。これで生呉はできたの」


「生呉?」


「あぁ、このどろりとした液体のことじゃよ。油あげの材料である豆腐の元と言ってもいいかのぅ」


「これが。これを絞るんですか?」


「いや、それにはまだ早い。そうなる前にまだいくらかの段階を踏まねばならぬ」


「ここまででもだいぶ大変でしたけど」


「ふふふ、まだまだこれからよ」


にやにやと大ババ様は笑っていた。言葉尻から踏まえると、どうやらまだ時間はかかりそうである。


(間に合いますかねぇ)


ログイン限界までもう30分を切っていた。ここからは時間との勝負になる。


(……ログイン限界が先か、豆腐になるのが先か。いざ尋常に勝負なのですよ)


油あげは無理だったとしても、せめて豆腐までは作っておきたかった。


タマモは頬をパンパンと叩いて気合いを入れた。こうしてログイン限界との勝負は始まったのだった。

次回はわりと駆け足になります

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