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82話 油あげを作ります

遅くなりました←汗

大ババ様の家の中に入ると、すぐに炊事場があった。


ふたつのかまどと天井から吊り下げられた柿。いくつもの一抱えはある大きな壺。そして机の上に並べられた野菜とやはり一抱えはある木桶があった。


大ババ様はその木桶の前に立って、にやにやと笑っていた。


「ふふふ、遅かったのぅ。すぐに入ってくるかと思うたが」


「ちょっといろいろとありまして」


「ほぅ?いろいろ、か。アンリは美味であったかの?」


大ババ様の口元が大きく歪む。タマモは固まった。アンリはまた目を渦巻かせて「お、大ババ様!?」と慌てていた。

だが、大ババ様はふたりの反応を見て、カカカと笑うだけである。


この手の話題において、若人というものは年配者には敵わないものである。タマモは趣味こそ若干アレではあるが、中身は初心である。


アンリはアンリで兄であるアントンに、玉のように愛されて育ったがゆえに、その手の話題への耐性は皆無といっていい。


そんなふたりでは、長きを生きた百戦錬磨の大ババ様に太刀打ちできるわけもなく、大ババ様の玩具になるのが関の山であった。


「まぁ、からかうのはこの辺にしておこうかの。眷属様よ、こちらへ」


大ババ様は表情を引き締めるようにして唇を真一文字に結ぶと、タマモを手招きした。


(……慇懃無礼ですねぇ。まぁ、別に構いませんけど)


大ババ様は「眷属様」とは呼んでくれているが、それ以外は基本的に里の子供たちと接するかのような、いい意味で気安い態度であるのだ。


その態度はまるで藍那のようである。現実ならともかく、ゲーム内ではタマモの地位などはあってないようなものだ。だから大ババ様の態度にタマモは特に思うところはない。


あくまでも大ババ様は「眷属様」と呼んでくれてはいるが、それはタマモが眷属である「金毛の妖狐」だからだ。「タマモ」だからこそではない。いわば、大ババ様よりも上位であるということを、大ババ様から認められたわけではない。


もっともタマモ自身、大ババ様よりも上位になろうとは考えてもいないため、いまの関係であることはむしろ好ましいのだ。


(お婆様がいたら、こうだったのかもしれませんねぇ)


タマモには祖母はいない。タマモが産まれるよりも前に亡くなっている。祖父はタマモが産まれてすぐにまた亡くなっている。


そのため、祖父母のことをタマモはよく知らない。


言葉としての意味合いは知っているし、両親からは祖父母のことを聞かされてはいるのだが、物心がついたときにはすでにいなくなっている人たちのことを、知らない肉親のことを聞かされても、なんの感慨もわかなかった。


それでも時折祖父母のことを想うことがないわけではない。


そんなタマモにとって、大ババ様とのやり取りは、産まれる前に他界した祖母とのふれあいを連想させてくれる。ゆえにタマモは大ババ様とのやりとりを嫌がっているわけではないのだ。


「なにかご用ですか?」


「うむ。こちらを見ていただけますかのぅ?」


大ババ様のもとへと向かうと、大ババ様は手元の木桶を指差した。木桶の中には水が張られていた。その水の中には大豆が浸かっていた。


「……これは?」


「油あげの材料の材料じゃな。油あげ自体は、この里の中で流通しておる。そちらを手に入れるのは容易いが、氷結王様に献上するのであれば、手作りした方がよかろうて」


大ババ様は浸かった大豆を見やりながら言うが、タマモは一瞬だけ言葉を失った。


「どうして氷結王様のことを」


「この辺りに住んでおって、あの方を知らぬ者はおらぬさ。あの方がご存命であることは知っているが、まだお元気かの?」


「……だいぶ痩せておられますけど」


「……左様か。であれば急ぐか。あの方の命がいつまで続くもわからぬ」


「生きてもらいます、必ず」


氷結王のことを想うと、居ても立ってもいられない。だが、一度失敗したいま、同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。


市販のものを買うのは容易い。だが、氷結王に食べてほしい一品は、いなり寿司は氷結王の母が作っていたいなり寿司だ。そのいなり寿司を作るためには、できる限り再現したいのだ。おそらくは氷結王の母のいなり寿司に使った油あげは、自身で作ったものだろう。そのときにも妖狐の里があったかどうかはわからない。あったとしても買いに来ていたとも思えない。


となればだ。当時のものを再現するためには、一から手作りするしかなかった。


「……承知した。私も手伝おう。氷結王様の母君のことは、よく知っておるからのぅ」


大ババ様は笑っていた。笑っているのだが、どこか悲しそうだった。なぜそんな顔をしているのかはよくわからない。


だが、氷結王の母を知っているというのであれば、話は早い。できる限りの協力をしてもらえるのであれば、これ以上ありがたいことはない。


「お願いします、大ババ様」


「……うむ。どうにか氷結王様の母君の味を追い求めましょうかの」


大ババ様はまた笑った。だが、やはりその笑顔は悲しそうだった。その悲しみの理由を思い描きながらも、タマモは油あげ作りにと取り組むのだった。

ここまで来たら手作りかな、と←笑

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