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29話 「三華」の出会い

 あっさりと終ったベータテスター二人組との戦闘がどういうものだったのかをタマモ視点で説明となります。

 ありえない光景だとタマモは心の底から思った。


「プレイヤー「ファウスト」と「クロード」の戦闘続行不可能を確認しました。よってプレイヤー「レン」と「ヒナギク」の勝利とします」


 機械音声が示す通り、ベータテスターの二人組は気絶してしまい、戦闘を続行できそうになかった。


 反対にレンとヒナギクにはまだまだ余裕がありそうだ。むしろ物足りなさそうな顔をしていた。


「つ、強すぎるのですよ」


 目にした光景のあまりものありえなさにタマモは開いた口が塞がらなくなってしまっていた。


 ベータテスターは現時点でのEKOにおける最強のプレイヤーたちの総称のようなものになっていた。


 その最強の一角をレンとヒナギクはたやすく一蹴してしまった。


 ふたりが放ったのはそれぞれ二撃。たった二撃でふたりはベータテスター二人組に勝ってしまった。


 レンは懐に入り込んでの居合いと上空へと跳躍してからの一撃、特に最後の一撃は黒い稲妻を纏ったとんでもないものだった。


 最初の居合いでファウストという剣士には勝てていた。


 ファウストはなにがあったのかもわからずに呆然と空を仰いでいた。あのまま倒れればそれで勝負は決していただろう。


しかしより確実に勝利を得るためのとどめとなった二撃目は完全にオーバーキルとしか言いようがない一撃で、黒い稲妻がファウストを呑み込んでいったのだ。


 その際の衝撃は凄まじく、まるで落雷があったかのような大気の震動と音が続いた。


 ヒナギクの場合はレン同様に懐に入り込んではいた。


 ただヒナギクは武器を使ってはいなかった。使ったのは自身の拳だけだった。


 レンがファウストを倒したことでクロードという格闘家は動揺していた。


 その間にヒナギクはクロードに接近し、死角に立つとクロードが隙を見せた瞬間に恐ろしいほどに正確に真横から顎を打ち抜いていた。


 ボクシングの試合であれば、それだけでレフェリーストップになるような一撃だった。


 しかしクロードはファウストのかたき討ちを取ろうとしていたのか、スキルを放った。


 だがそのスキルをあろうことかヒナギクはクロードの拳を掴むことで潰してしまった。


 そしてカウンターとばかりにクロードの顔面に左のストレートを放った。


 その左の一撃でクロードの体は何度もバウンドしながら吹き飛んで行った。


 下手したら稲妻に呑み込まれたファウストよりもヒナギクの左ストレートを顔面に貰ったクロードの方が重傷なのではないかと思えるような、とんでもない一撃だった。


「決闘」の時間はわずかに数分だった。最強の一角であるベータテスターたちが数分で地に平伏すというありえい結果に終わった。


「「決闘」を終了。これより通常フィールドへと移行します」


 機械音声とともに闘技場からそれまでのいつもの路地へと戻ってきた。


 そこには白目を剥いて倒れるファウストと顔面を血まみれにしたクロードが倒れていた。


 どう見てもクロードの方が重傷だろう。


 けれどそれを為したヒナギクはナプキンでみずからの左手を拭いていた。


「……やりすぎだよ、ヒナギク。現実だったら後遺症残るレベルだぜ、これ?」


「でもタマちゃんを苛めたのだから、このくらいの罰は当然でしょう?」


「いや、そうかもしれないけどさ。もう少し加減してやれって。胃の中の蛙って見ていたらわかったじゃんか」


「それでもタマちゃんのためなの」


「……さいですか」


 レンはなにを言っても無駄だと思ったのか、首を振っていた。


 そんなレンとは違い、ヒナギクはにこりと笑ってタマモに近づいてくる。


 思わずタマモは後ずさってしまった。が、後ずさるよりも早くヒナギクはタマモに近寄り、そして──。


「ごめんね、タマちゃん」


「ふぇ?」


 ──なぜか頭を下げてくれたのだ。いきなりのことでタマモは少し気が動転した。


 なにがどうごめんなのかはタマモにはわからなかった。


 そもそも謝られることなどされてはいない。


 謝るのではなくお礼を言う立場であるのだ。


 なのにヒナギクが頭を下げてきた。その理由がタマモにはわからなかった。


「えっと、なんで謝るんですか?」


「だってタマちゃんを一人にしちゃったから、あのオジさんたちに絡まれちゃったわけだし。元からタマちゃんを連れて冒険者ギルドへ向かっていればよかったって思ったから」


 ヒナギクは申し訳なさそうだった。それはレンも同じようで、ヒナギクに続いて頭を下げてくれた。


「仲間を置いて行くなんてどうかしていたと反省しているよ。ごめんよ」


 仲間。レンが言った一言にタマモは言うべきことを思い出していた。


「仲間って、どういうことですか? だってレンさんとヒナギクさんは別の人とクランを組むんじゃ」


「なんのこと?」


「返事をしに行くとは言ったけれど、クランを組みに行くとまでは言っていないよ?」


「え? あ、そ、そう言えば」


 たしかにふたりは「返事をしに行く」と言っていた。


 だが言ったのはそれだけであり、「誘ってくれた人の仲間になる」とは言っていなかった。


(つまり、ボクの完全な早とちり?)


 状況を踏まえるかぎり、そうとしか言いようがなかった。


 ふたりの言葉を曲解し、勝手に落ち込んでいたのだ。


 それどころかふたりの記憶の片隅にでも残っていればいいなどというおセンチなことを考えてしまっていた。顔に一気に熱が溜まっていくのがわかった。


「あ、あうぅぅぅ!」


 タマモはいたたまれなくなり、その場に座り込んだ。


 レンとヒナギクが「だ、大丈夫?」とか「あいつらに殴られていたの?」とか声を掛けて気遣ってくれていた。


 だが、その気遣いがかえって胸に痛かった。


(だ、誰か僕を殺してくださいぃぃぃー!)


 あまりにも恥ずかしすぎる。恥ずかしすぎて死にそうだ。


 いやむしろ誰か殺してほしいとさえ思えてくる。


 だが、どんなに死にたくても羞恥心で死ぬことはない。


 ……精神的に死にそうになっているが、肉体的に死ぬことはないのである。それがかえってタマモには辛かった。


「……もしかしてタマちゃん。私たちがタマちゃんを置いて別の人とクランを組むとか思っちゃったの?」


「はぅ!」


 ヒナギクがずばりと言い合ってくれた。そのひと言にタマモは素っ頓狂な声を上げた。その声にレンが楽しそうににやりと口元を歪めて笑った。


「なんだ、なんだ? タマちゃんってば俺たちがいなくなると思っていたのか。どうりで絹糸なんてくれるわけだ。感謝の印兼少しでも記憶にとどめてもらおうとしていたわけか」


「はぅぅぅ!」


「タマちゃんってばそんなことを考えていたの? おバカさんだなぁ」


「も、もうやめてくださいぃぃぃ! 羞恥心で死ぬるのですぅぅぅ!」


 タマモは泣いた。もう泣くしかなかった。


 しかしレンとヒナギクはおかしそうに笑うだけで、タマモを弄るのをやめようとはしない。


 だがなんとなくそれがタマモには嬉しく思えていた。


 本当にレンとヒナギクがいなくなってしまったら、こんなやりとりもできなくなっていた。


 それどころか助けてもらえたかどうかもわからないのだ。


 感謝こそすれ非難するいわれはない。そう、ないのだが──。


「タマちゃんってばおセンチだなぁ」


「本当だよねぇ。ぷー、くすくす」


「う、うぅぅ! レンさんもヒナギクさんも意地悪なのですよぉぉぉーっ!」


 タマモは夕空へと向かって叫んだ。そんなタマモにレンとヒナギクは笑っていた。


 笑うふたりを見ているうちに、タマモもいつしか笑っていた。


 薄暗い路地の中で三人の笑い声はしばらくの間続いた。


 ひとしきり笑い合ったあと、タマモは改めてレンとヒナギクに頭を下げた。


「レンさん、ヒナギクさん。これからもよろしくお願いします」


「こちらこそだよ、タマちゃん」


「これからもよろしくね」


「はい!」


 笑いかけてくれるふたりにタマモは力強く頷いた。


 こうしてタマモはレンとヒナギクという仲間を得た。


 そしてこのことが後に「エターナルカイザーオンライン」における最大最強のクランとなる「フィオーレ」、その中核たる「三華」の本当の出会いとなったのだった。

 これにて第一章は終了です。

 次回から特別編です。

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