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79話 まさに天気雨

油あげの下りまで行かなかったZ☆E

ひそひそと話し声が聞こえていた。


視線もそこら中から注がれているのがわかる。


(……なんとも居心地が悪いのですよ)


タマモは苦笑いしつつ、先を行く大ババ様の後を追いかけていた。


「あ、あの!」


不意に声を掛けられた。大ババ様が足を止めて振り返る。タマモも続いて止まった。止まらなかったとしても大ババ様なら避けるだろうし、仮にぶつかったとしても体格の差がありすぎるのだから問題はなさそうだが、わざわざ足を止めて振り返った相手に突っ込もうとはタマモには思えない。


たとえ初めて見た3桁台の持ち主であったとしても、それはそれ、これはこれなのだ。欲望のままに突っ走るわけにはいかないのだ。欲望のままに突っ走るなどとレディーのすることではない。淑女たるもの貞淑さを忘れてはならない。


(その点、ボクは一流のレディーと言っても過言ではないのです。いままで欲望のままに突っ走ったことなどありませんからね)


むふぅと鼻息を鳴らしつつタマモは胸を張る。もしこの場にレンやヒナギクがいれば、口を揃えて「それはひょっとしてギャグで言っているのか!?」と言うことだろう。


だが、えてして自身の言動というものは冷静には省みれないものである。特にタマモはみずからを貞淑なレディーと思っているため、自身の言動がややバクっていることに気づいていない。


むしろ「おまえはなにを言っているんだ?」と言われたとしても不思議ではないのだが、現在タマモをツッコめる人材はいないため、タマモの普段の言動を誰も指摘できないという、ある種恐怖な展開となっていた。そんな中、再び声が掛かった。


タマモが振り返るとそこには黒みがかった緑色の髪の妖狐の少女がいた。少女と言っても外見上はタマモよりも歳上であり、リーンと同じか少し下くらいだろうか。かなりの美少女であり、異性からモテそうだなぁと客観的にタマモは思った。


その少女が非常に緊張した面持ちでタマモを見つめていた。髪と同じ黒みがかった緑色の瞳は、すでに渦を巻いている。なぜかは知らないが相当に緊張しているのがうかがい知れた。


「あ、あの!ちょっとよろしいでひょう、か」


なんですかと言おう口を開いたタマモだったが、少女が思いっきり噛んだことで二の句を告げられなくなった。少女はかわいそうなくらいに顔を真っ赤にしたうえに涙目になっていた。いまにも羞恥心で死んでしまいそうである。


「……えっと、ボクですかね?」


あははは、と笑いかけるタマモ。少女が噛んだことなど知らぬ存ぜぬと言うように、ごく普通に笑いかけた。が、少女にとってはタマモの気遣いはかえって辛かったようで、その場に座り込んで泣き出してしまった。


「……あー、その、なんかごめんなさい?」


タマモは少女のそばにまで近より、頭を撫でた。少女は泣きながらタマモを見つめていたが、いきなり抱きついてきた。


「えっと?」


「おやさひいのです、眷属しゃまぁ!」


「いや、これは優しいもなにもないのですけど」


「おやさひいのですぅ!こんなどんくさい世話役なんかにもおやさひい言葉をくださいましたぁ!」


「……()()()?」


言われた意味がわからないタマモ。事情を知っていそうな大ババ様を見やると、ニヤニヤといかにも楽しそうに笑っている。いわゆる愉悦顔というところか。


「……えっと、どう言うことですかね?」


大ババ様に問いかけるも大ババ様は、口笛を吹くだけでなにも言わない。


そもそもこうして「風の妖狐の里」の中を歩いているのは、大ババ様が着いてこいと言うからその後を追いかけているだけなのだ。


大ババ様の元に来たのは、油あげを手に入れるためだったのだが、なぜか妖狐の里にまで連れてこられたあげく、里の中を練り歩かされている現状をタマモは理解することができなかった。


だが、当の大ババ様はなにも言わない。どこに向かっているのかさえもわからなかった。なにもかもわからない状況の中、目の前にいる少女が泣きじゃくりながら口を開いた。


「ひっく、わたひは眷属しゃまの世話役なのれす」


「えっと、世話役と言いますと?」


「……眷属しゃまの身の回りのお世話をするのが、わたひのお仕事なのです」


徐々に少女は泣き止みつつあるが、その口調は若干拙い。見目も合わさってかわいいものである。が、言っている内容が内容である。


「いや、別にお世話とかいらな──」


現実では早苗や藍那たちメイドたちに世話をしてもらっているタマモではあるが、ゲーム内までもそんなお世話をしてもらう必要はない。


むしろゲーム内までもお世話をしてもらったら、完全にダメ人間になれる自信がタマモにはあった。


だからこそいらないと言おうとしたのだが、その一言に少女の目から、止まりつつあった涙がふたたびこぼれ落ちていく。


「ふ、ふぇぇ!やっぱり、わたひなんていらにゃいんらぁぁぁぁぁぁーっ!」


少女は泣き叫んだ。タマモを押し倒す形で泣き叫んでいく。


いきなりの少女の行動に目を白黒とするタマモだったが、すぐに無数の圧を感じた。ひそひそひそと話し声が聞こえてくる。


「……聞きました、奥さん」


「……ええ、聞きましたよ。アンリちゃんでは満足できないと」


「……すごいわぁ。アンリちゃんでも足りないなんて。この里で1番かわいい子なのに。その1番かわいい子にお世話をしてもらえるのに、それでも足りないなんて。眷属様は贅沢なのねぇ」


「ええ。据え膳を食わないなんてまったく失礼よねぇ」


奥様方のなんとも言えない会話と視線がタマモにと突き刺さる。


「アンリお姉ちゃん、かわいそう」


「アンリお姉ちゃん、美人さんなのに、なにが嫌なんだろうね?」


「アンリお姉ちゃん、眷属様のお世話役になるのをあんなに楽しみにしていたのに」


「眷属様ってひどいね」


「うん、ひどいの」


「ひどーい」


次いで無垢なる者たちからの軽蔑の視線と侮蔑の言葉がタマモの胸を抉ってくれる。


「……眷属様!」


「ど、どなたです?」


「おにいさま」


「お、お兄さん?」


少女ことアンリと同じ髪と尻尾の色の男性の妖狐が意を決したように、きつく唇を真一文字に結んで現れた。その男性をアンリは「おにいさま」と呼んだ。どうやらアンリの実兄のようである。その実兄はくわっと目を見開きながら言った。


「いったい」


「え?」


「いったい、うちのかわいい妹のどこが気にいらぬと仰るのですか!?身内びいきのようで気は引けますが、うちの妹はメチャクチャかわいいですよ!?見目は言うに及ばずですので、あえて語りませんが!本音を言えば一晩中でも語り続けたいところですけど!酒の席で一晩中語りたいですが!そうそう酒と言えば酒粕だけで酔えるほどにこの子は酒に弱いのです!でも酔ったときはとろーんとした目で「おにいしゃま、だいすきぃ~」と言ってくれるのが堪らなくかわいいのです!畑仕事で疲れているときなんて進んで肩たたきをしてくれます!炊事洗濯なんでもござれです!家計の管理もできる!まさに絵に描いたような良妻賢母になれる子です!その、そのアンリのどこが!どこが気にいらぬのですかぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」


アンリの兄は血走った目でかつ一息で言い切ってくれた。アンリの兄もかなり見目が整ったイケメンではあるのだが、この妹溺愛っぷりを見る限り、モテそうにはない。実際年頃のお姉さん妖狐もいるのだが、誰もが頭を抱えているようだ。「()()さえなければなぁ」と誰かが言っているのが聞こえた。


タマモもこれさえなければモテるんだろうなぁと思いつつ、アンリの兄による揺さぶり(物理)を受けていた。


「これ、アントン。そこまでにせよ」


「しかし、大ババ様!」


「そなたのアンリへの想いは重々わかっておる。早くに両親を失くし、また少年の身で幼かったアンリをひとりで育てたそなたの想いは重々わかっておる。だが、それを眷属様に押し付けるのは筋違いであろう?」


「そ、それは」


「それに眷属様はアンリをお気に召されぬ様子。無理に世話役として仕えてもアンリが幸せになれるかはわからぬ。いや、いまのままでは、不幸になるであろうよ。そなたはアンリを不幸にしたいのかえ?」


「う、うぅ!」


「……わかったのであれば、下がれ。アンリ、そなたも世話役の任を解こう。眷属様はそなたをいらぬと言った。つまりそなたは眷属様のお好みではないということだ」


「……はい」


アンリが涙目になる。アンリの実兄ことアントンもまた泣いていた。そして突き刺さる無数の視線と楽しそうに、いや、愉しそうに笑う大ババ様の視線がタマモに突き刺さる。


(……反則、なのですよぉ)


泣きたいのはボクなのですよと言いたい気分のタマモだが、現状の窮地を脱するのはタマモにしかできないことであった。いや、タマモの一言ですべて解決する。解決できる一言をタマモは口にできる立場なのだから。


「……撤回です」


「うん?聞こえぬなぁ、眷属様?いまなんと仰たのですかのぅ?」


ニヤニヤと嗤う大ババ様。「この若作りめ」と思いつつ、タマモは自棄になった。そして叫んだ。


「アンリさんのお世話を受ければいいんでしょぉぉぉぉぉぉぉーっ!」


もはや怒号と言っていいくらいの声量で叫びだすタマモ。その一言に場の空気は凍りついたかのように静まったが、すぐにわぁと歓声が上がった。


口々にアンリへと「おめでとう」という声が掛かっていく。中には涙ぐむ少年の妖狐もいた。どうやらアンリに恋心を抱いていたようだ。だが、なぜか失恋したかのように、どこかスッキリとした面持ちでおめでとうと言っている。


なによりも──。


「アンリ」


「はい、お兄様」


「幸せに、幸せになるんだぞぉぉぉ!」


「……お兄様に育てていただいた日々をアンリは決して忘れません。いままでありがとうございました、お兄様」


「アンリぃ!」


「お兄様ぁ!」


──ひしっと抱き合うアンリとアントン。兄妹の仲睦まじい様子は感動的ではあった。そう、感動的なのだが、ふたりの言っている意味がタマモにはわからない。


(この結婚が決まったような雰囲気はなんですか?)


この場にいる全員が祝福する雰囲気は異様であった。端から見れば感動的な光景と映るかもしれないが、当のタマモにとっては意味不明すぎた。意味不明すぎてかえって恐ろしい。なにか致命的なズレをタマモは感じていた。とりあえず、事情を聞こうと手近にいるアンリにと声を掛けることにした。


「えっと、アンリさん?」


「はい、なんでしょうか、()()()


「……うん?」


言われた意味が一瞬わからなかった。アンリは涙を拭いながら、タマモを妙な二人称で呼んでいた。ただその言葉がうまく聞き取れなかった。タマモは少し汚いかなと思いつつ、耳の中を指で擦ると──。


「いけません、それは私にお任せくださいまし、()()()


──なぜかアンリに止められた。それどころかそれをするのは自分の役目だとアンリは言い放った。が、やはり妙な二人称が聞こえた。タマモは理解することができなかった。


「……大ババ様」


「はい?」


「説明しやがれです」


「はて、説明とな?()()()()()()()()()()()()()ということはもうおわかりのはずで」


「嫁入り?」


「はい、それがなにか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。そのことを眷属様がまさか知らぬとは仰りませんよなぁ?」


ニヤニヤと愉しげに嗤う大ババ様。その表情はまさに邪悪そのものである。


が、タマモは力を振り絞ってアンリを見やる。せめて、そう、せめてアンリに否定してもらえばと思ったのだ。


だが、アンリはタマモの視線を受けてぽっと頬を染めて顔を逸らしてしまう。実にいじらしい仕草だが、そういう問題ではないのだ。


「お、落ち着きましょう。アンリさん」


「アンリ、とお呼びください。アンリは旦那様のものです」


顔を俯かせながらはっきりと言いきるアンリ。かわいいが、そういうことを言っている場合ではないのだ。


「あの、ボクはそういうつもりでは」


「……アンリはやはり旦那様のお好みでは」


アンリは泣いた。そして三度突き刺さる無数の視線。タマモははっきりと「負けた」と思った。


「……もう好きにしてください」


「はい。誰よりもお慕いさせていただきます、旦那様」


涙を拭いながらアンリは笑う。その表情に合わせたかのようにその尻尾はフリフリと振られていた。その笑顔と尻尾を眺めつつ、どうしてこうなったと思わすにはいられないタマモだった。

サブタイトルの「天気雨」にルビを振ると、「狐の嫁入り」となります←

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