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77話 進退窮まるタマモ

タマちゃんが追い詰められます。

薄暗い階段だった。


壁に燭台が掛けられてはいるが、全体的に見ると薄暗い。少し先を歩く大ババ様の真っ白な髪が見えるため、一歩先も見えないわけではない。


が、大ババ様の先はよく見えない。大ババ様の歩幅に合わせてタマモは階段を下りていく。階段を下りるたびに、ブーツの底と階段が擦れ合う「カツーン」という硬い音が響く。


反響する音はしばらくの間続いていた。そのせいか耳の調子が少しだけおかしくなっていく。


反響する音がどこまで続いているのか、徐々にわからなくなっているのだ。正確にはいま聞いているのはいつの反響なのかがわからない。


一段一段下りるたびに、ブーツの底と擦れ合うため、反響音がそのたびに新たに聞こえるため、常に反響音が続いている。いや、反響なのか残響なのかもわからなくなっていた。反響と残響が同時に続く様はまるで永遠に音が続いているかのように感じられた。


(……これは結構きついのです)


音自体は、そこまで音が大きいわけではない。むしろとても小さいが、その音がいつまでも続くと徐々に鬱陶しく思えてしまう。


だが、どんなに鬱陶しく思ったところで、反響は続く。そのストレスは蓄積していく。加えて薄暗いということもまたストレスを蓄積させてしまう。


二重のストレスは、徐々に心を蝕んでいく。進む距離が短ければ、大したことはないのだが、タマモはかれこれ30分近くは階段を下っていた。


いったいどれだけの距離を下っているのか、すでにタマモにはわからない。


30分も同じ光景だけを見ているのだから、相対的に距離の感覚も麻痺してしまう。


かといって耳は反響なのか残響なのかもわからないほどになっているため、すでに麻痺しているようなものだ。


聴覚に加えて距離感も麻痺していた。視覚もこの調子ではいつ麻痺してもおかしくはない。


タマモはいつのまにか肩を大きく動かして、荒い呼吸を繰り返していた。


当初は触れていなかった壁に寄りかかるようにしてどうにか階段を下る。


大ババ様はそんなタマモを気にすることもなく、先に先にと向かっていく。


「まって」


タマモが声をかけるも大ババ様は止まらない。不思議と大ババ様の足音は聞こえなかった。大ババ様の履き物は草履だったが、草履とはいえ音くらいは出そうなものだが、音が出るのはタマモの足音だけである。


(音が聞こえないから平気なんでしょうか?)


大ババ様の平然と階段を下っていく姿が、タマモには信じられなかった。


タマモ同様によく聞こえる大きな耳があるはずなのに、反響と残響の二重に続く音に加え、延々と同じ光景が続いているというのに、大ババ様の足取りはまるで変わらない。何事もないかのようにゆっくりとだが、確実に階段を下り続けていく。


その姿がタマモには信じられなかった。


(狐につままれているみたいです)


タマモも大ババ様も揃って妖狐である。その妖狐が狐につままれるというのはとんちじみていたが、現在のタマモにとってはそうとしか思えなかった。


やがて大ババ様の姿が闇の中に消えた。同時にタマモはその場に立ち止まった。


肩を大きく動かし、顔を俯かせて荒い呼吸を繰り返していく。


深呼吸をするたびに、タマモの流した汗が滴り落ちて階段を濡らしていく。


(……濡れているということは偽物じゃない)


階段が濡れるということは、タマモは実際に階段を下りているということになる。


だが、それはいま階段を下りているのは現実だという証拠だった。


(……戻ることも進むこともできない)


戻ろうとしてもいま来た道のりをひとりで向かうことになる。


かと言って進むにもあとどれだけ進めばいいのかもわからない。


進退窮まる。現在のタマモはまさにそんな状況である。


「……どうすればいいの?」


進むことも退くこともできない。八方塞がりの様相だった。


タマモは階段の淵に座り込んでしまった。座り込んだところで意味がないのはわかっている。


だが、もはや進むことも退くこともできない。その気力がなかった。


(……ログアウトしても状況は変わらないよね)


ログアウトしたところで状況は変化しない。アルトの内部でログアウトしたところで、ログイン場所は同じとなる。そう、この地下階段でログインすることになるのだ。


「……どうすればいいの?」


同じ事を繰り返し呟くタマモ。すでにその表情は憔悴していた。精神的に追い詰められると、人は簡単に憔悴してしまう。いまのタマモのように思考すらも麻痺していく。


思考すら麻痺してしまったら、もう後に残るのは発狂だけである。


だが、タマモはギリギリのところで発狂を免れていた。それは──。


「……どうしたらいいんですか?」


──大ババ様の正体をさらけ出すときに使った煙管による。タマモは煙管を取り出して、ぼんやりと見つめていた。


それが単なる逃避行動でしかなかったとしても、煙管という他者との繋がりがほんのわずかにだが、タマモの心を守ってくれていた。


「……ここから出たいのです」


タマモは煙管に向かって話しかけていく。だが、煙管が答えることなどない。たとえ本来の持ち主が誰であろうとも、特殊な力を持つ煙管であったとしても、煙管が意思を持っているわけではないのだ。


そう、理解していてもタマモは煙管に向かって必死に話しかけていく。


「……ここから出るにはどうすればいいでしょうか?」


そんなタマモの呟きは、薄暗い階段に響くタマモの呟きは、しばらくの間延々と続くことになった。

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