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74話 大ババ様の正体

コポポポ、と緑色のお茶が注がれていく。


お茶を注いでいるのは磁器のものだ。ティーポットではなく、急須の方が合っていた。


「おあがり」


タマモの前には、以前と同じお茶とお茶請けが差し出された。差し出された老婆の手は、前回同様に若々しいものだった。


「……いただきます」


差し出されたお茶を取り、静かに口に含む。ほうじ茶のような香ばしさではなく、わずかな酸味と独特のうま味が口の中に広がっていく。


(梅昆布茶ですかね)


味わいは梅昆布茶と似ていた。お茶請けも梅昆布茶に合う大福のようだ。茶請けとともに置かれた菓子楊枝を使い、小さく切り分けるとそのまま口にと運ぶ。甘いアンコの味が口いっぱいに広がっていく。


「どうだい?」


「美味しいです」


「そりゃよかった。とっておきのひとつだからねぇ」


にこやかに老婆は笑っていた。お茶とお茶請けのどちらかなのか、それともどちらともなのかは判断がつかないが、とっておきのひとつを出してもいいと思われたことは単純に嬉しく思えた。


「さて。今日のご用件はなにかな?」


老婆はみずから淹れたお茶を口に含みつつ、タマモをじっと見つめていた。


前回同様にタマモを計っているのだろうが、今回は悠長なことをしている余裕はない。単刀直入に切り出すことにした。


「用意してほしいものがあります」


「さっきも聞いたね。なにが欲しいんだい?」


「油あげです。アルトの中ではまだ流通はしていません。ですが、その油あげが早急に欲しいのです。お金に厭目をつけません。できる限り早く、そして多く用意してください」


今度はタマモが老婆をじっと見つめた。老婆は「ほう?」と感心しているのか、それとも楽しんでいるのかわからなかったが、ニヤニヤと笑っていた。笑いながらもその目は真剣だった。


「まぁ、用意できなくはないね。だが、なんで私の店に来たんだい?お嬢ちゃんなら、油あげを手に入る伝手はあるだろうに」


「やろうと思えば、あったかもしれません。ですが、確実に手に入るかもしれないと思ったのはおばあさんのお店でしたから」


「ふぅむ。理由は?」


「理由ですか。それを言う前にひとつ言っておきたいことがあるのですよ」


「言っておきたいこと?」


なんのことだいと言うかのように老婆は、タマモを笑いながら見つめていた。


相変わらず手は老人らしからぬ瑞々しいものだった。その手を見つめつつ、タマモは口を開いた。


「いい加減()()()()()()()()()()()()()()()、「妖狐」さん」


タマモは老婆を「妖狐」と呼んだ。老婆はその単語に押し黙り、ふたたびタマモをじっと見つめていく。


「……私は人間だよ?」


「いえ、あなたは妖狐です。それも長い時間を生きた妖狐ですね?」


「……なんでそう思うんだい?」


「確証はまだありません。ですが、あなたは以前ボクを「眷属様」と言っていました。あのときボクはそれがどういう意味であるのかがわからなかった。けどいまのボクはその意味を知っています」


「どういう意味かね?」


「ボクの種族である「金毛の妖狐」は、神獣の眷属であることをです」


いまだに神獣のことはほとんどわかっていない。だが、それでもわかることはある。


「推測になりますが、「金毛の妖狐」と言うことは、通常の「妖狐」と呼ばれる存在と一線を画しているのが「金毛の妖狐」でしょう。でもボクはいまのところ「妖狐」と呼ばれる種族をほとんど見かけたことがないのです。それはボクの種族である「金毛の妖狐」もまたです。でもなぜ見かけないのか。ボクはその理由が「「妖狐」たちがなにかしらの理由で密かに暮らしているからだと。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだと思うのです」


「……それで?」


「おばあさんの手は見た目通りとは言えないほど若々しいのです。歯だってちゃんと上下揃っているのです。でもリーンさんという、曾孫さんがいらっしゃる。そんなアンバランスなことが果たして本当に存在しえるのか。考えられるとすれば、「妖狐」が人として化けているからだと思うのです」


「……」


「沈黙は肯定とします。「妖狐」の大ババ様」


沈黙した老婆をじっと見つめるも、老婆はなにも言わない。


「それに沈黙したとしても、正体を隠していると前回から言っておられているのです。妖狐でなくともあなたが「幻術」を使っておいでなのはわかるのです」


「……それはあんたが「幻術」を使うからかい?」


「それもありますが、一番の理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と出会ったばかりだからです」


タマモはインベントリからあるものを取り出した。それを見て老婆は大きく目を見開いていた。


「それはっ!あんた、それをどこで」


老婆がうろたえていた。タマモが取り出したのは、氷結王の母親が持っていた煙管だった。その煙管を見て老婆は取り乱した。タマモの中にある「仮説」を確定とするには十分な反応だった。


「……これを手に入れた経緯をボクは憶えていないのです。とても優しい人と、お母様のような優しい人と話をしていたのはわかります。けど、その人が具体的にどんな人なのかはわかりません。けれど、その人があなたと同じように正体を隠していたということは不思議と憶えているのです」


手に取った煙管に火をつけると、待ちに待った「証拠」が姿を現した。


(やはりただの煙管ではありませんね。まぁ「持ち主」が「持ち主」ですし。このくらいの力はあるかと思いましたけど)


煙管に火を点けたのは、なんとなくだった。当てずっぽうというわけではないが、こうすればいいとなぜか思ったのだ。ただ勝機はあると思っていた。どうしてそう思ったのかは、元の持ち主である()()()()()()()()()()()()()()であれば、特別な力を持っているのではないかと思ったのだ。……ぶっつけ本番であったことは否めないが、賭けには勝った。


ゆえにタマモは確信を抱きながら言った。


「前回まではわからなかった。でもいまはわかるのです。あなたが幻術を使っていることを、その証拠はそこにあります」


タマモの視線の先にあるのは、老婆の影だった。老婆の影には縦長の立ち耳と長い尻尾が5本、そして老婆の姿よりも大きな体だった。


「あなたたち「妖狐」であれば、油あげは流通しているはずです。その流通しているものをボクに分けて欲しいのです」


タマモは老婆に、いや「妖狐」の大ババに頭を下げたのだった。

だいぶ力業になってしまった←汗

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