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73話 悔しさがあるからこそ

遅くなりました←

P.s.サブタイトル変更しました

タマモは走っていた。


氷結王にもう一度食事を用意させてもらえるように許しを得てから、ほんの十数分後、タマモは久しぶりのアルトの街中を全力で走っていた。


本来なら「霊山」からアルトの街までは、歩きで1時間はかかる。その1時間はかかる距離をタマモは数分で移動していた。その理由は氷結王に送ってもらったからだ。

それはいまから十数分ほど前のこと──。


「明日、下山させてください。材料を揃えに行きます」


氷結王のために改めて用意する一品──いなり寿司を作る材料がなかった。その材料を「霊山」だけで調達できるとはタマモには思えなかった。だからこそ一度下山し、アルトで材料を揃えようと思っていた。


「構わぬが、今日のうちでなくてもよいのか?」


「そうしたいところですが、いまからではさすがに」


すでにログイン限界まで1時間を切っていた。いますぐにでも下山したいところだが、下山したところで途中で野宿となるのは目に見えていた。


アルトまでの道程は、アルトの街の一部とされているため、邪魔にならないところでログアウトしたところで問題はないが、どうせならヒナギクに一度会ってからとタマモは考えていた。ゆえに明日、次のログイン時間に下山しようと思ったのだ。


「では、送ろう。一瞬でアルトに着く」


「ほぇ?」


氷結王が言う意味を理解することはできなかった。一瞬でアルトに着くと言われてもどういうことなのがわからなかった。


「そうだ。我とパスを繋いでおこうか。今後念じれば我と意志疎通ができるようになる」


「え、あ、はい」


氷結王の言う意味がまたわからない。わからないが、とりあえず頷いた。


「NPC「氷結王」がフレンド一覧に登録されました。これにより今後フレンドコールで「氷結王」との会話が可能となります」


頷くとアナウンスが流れた。氷結王とのフレンドコールが可能となったようだが、いまいち理由がわからない。


「では、用事がすめば連絡せよ。こちらにと戻すのでな」


「戻す、ですか?」


「連絡を待っておるぞ、タマモよ」


氷結王が手をタマモの頭上に乗せた次の瞬間、氷結王の姿は掻き消えた。代わりに木製のトアが現れた。


「……ほぇ?」


いままで「霊山」にいたはずだった。だが、いま目の前にあるのは氷結王の棲み処である洞窟ではない。木製のトアがある。それもとても見慣れたものだ。


「もしかして」


恐る恐ると後退ると、ドアのある建物の全体像が見えた。見慣れた壁に、見慣れた屋根と見慣れた3つの花と一匹の芋虫が描かれた旗。そして──。


「きゅ?」


「タマちゃん?」


──見慣れた芋虫と嫁(仮)がいた。正確に言えば、クーを抱っこしていたヒナギクがキャベベ畑から顔を出したのだ。


「……あー、こういうことですかぁ」


ここまで来るともはや確定であろう。いまタマモがいるのは「霊山」ではなく、タマモたち「フィオーレ」の本拠地がある「アルト」の農業ギルドの敷地内であるということだ。


「はぁ。送ると戻すってこういうことですかぁ」


いわゆる転移だ。ゲーム風に言えば、テレポートとなるのだろうか。


ただ、まさか相手を転移させるテレポートがあるとは。しかも話からして対象者に触れなくても転移させられるテレポートもあるようだ。


「さすがは、というところですかねぇ」


タマモはしみじみと感嘆としていた。しかしクーとヒナギクにとってはタマモの言っている意味は理解できないことだろう。


タマモはどう説明するべきかと頭を悩ませるも、これと言って思いつかない。であれば、だ。もう正直に話すしかないだろう。


「えっと、ですね」


タマモは額をグリグリと人差し指で擦りながら、アルトを出てからのことをかいつまんで話した。テンゼンのことは念のために伏せておいた。


レンとの禍根はまだある。そもそもレンがアルトを出たのは、テンゼンに勝つための地力を着けるためだ。


そのテンゼンと過ごしていたというのは少々まずいかもしれないと思ったからだ。


そうしてすべてを話さずに、かいつまんだ事実を伝えるとヒナギクは小さくため息を吐いた。


「あのね、タマちゃん」


「はい?」


「……ここを出るときに私が言ったこと憶えている?」


「ヒナギクさんが言ったこと……ぁ」


タマモは固まった。同時に体が自然と震え始めた。


「す、すすすすみません!勝手にご飯、作っちゃいました!」


そう、ヒナギクはタマモがアルトを出る際に、調理する際は相談してほしいと言っていたのだ。タマモはすっかりとヒナギクの言いつけを忘れていた。


(あ、あわわわ!お、怒られるのですよぉ!)


タマモは目を回してヒナギクからの雷に、いつ降り注いでもおかしくない雷に怯えていた。金色の立ち耳は曲がり折れ、「三尾」に至ってはタマモの体に巻き付いてその身を震わせていた。


対するヒナギクは目を閉じてタマモにと近づいていた。すでにクーはヒナギクから離れて虫系モンスターズの元にいる。ヒナギクの雷の余波を受けないためであろう。実に危険察知能力の高い芋虫である。


「……タマちゃん」


「ひゃ、ひゃい」


ヒナギクはついにタマモの前に止まった。ヒナギクは俯いていた。その姿が実に恐ろしい。


(あぁ、ボク終わったのです)



静かに胸の前で十字を切りながら、タマモはまぶたを閉じ、その瞬間を待った。


──ポン


不意に頭の上にとても軽い衝撃が走る。いや、衝撃というよりも触れられたという方が正しいか。あまりにも柔らかい接触だった。タマモが恐る恐るとまぶたを開くと──。


「……頑張ったんだね」


──ヒナギクがにこやかに笑っていた。ヒナギクの手はタマモの頭を掴むのでもなく、かと言って叩くわけでもなく、タマモの頭を撫でていたのだ。



「……えっと?」


ヒナギクの雷が落ちなかったことにほっとする反面、なにが起こったのかさっぱりと理解できないタマモ。


「……ここを出る前のタマちゃんのままだったら、怒っていたよ?でもいまは怒る必要がないもの」


「どうして、ですか?」


「だってタマちゃん、悔しがっているもん」


「悔しい?」


言われた意味がよくわからない。たしかに氷結王の求めていたものを作れなかったことに、忸怩たるものを抱いていた。


だが、それとヒナギクの言いつけを守らなかったことは別問題のはずだった。


「タマちゃんはさ、頑張ったんだよね?」


「……はい。氷結王様のお求めだったものとは違うものを作りましたけど」


氷結王は最初から言っていたのだ。食べたいもののイメージを伝えてくれていた。タマモが描いた「握り寿司」の絵に頷いたのだって、同じ寿司という括りだったからだ。


氷結王自身の言い方が抽象的すぎたというのも原因の一端ではある。


だが、もっと氷結王の言葉をちゃんと受け止めて理解していれば。あのときの氷結王の涙をちゃんと見ていれば、最初からいなり寿司を作るために奔走できたはずだ。


だが、タマモが作ったのは握り寿司だった。氷結王が本当に食べたかったものとはまるで違っていた。


たとえその過程においてどれほど頑張ろうとも、タマモがしていたことは結果的になんの意味はなかった。


なによりもテンゼンやシュトロームたちの協力も無意味となったのだがなによりも悔しかった。


肝心要であるタマモ自身の失敗により、皆の協力が無意味と化した。そのことを考えると腸が煮えくり返りそうなくらいに悔しかった。悔しくて堪らなかった。


「……それが大事なんだよ、タマちゃん」


「え?」


「「悔しい」と思うこと。それがなによりも大事なんだよ。ここを出るまでのタマちゃんからは、悔しさは感じられなかった。最初の頃は、私とレンに初めて会ったとき、キャベベ炒めを出してくれたときにはあったものが、少し前までのタマちゃんにはなかった。腕がそれなりに上がったことで、真剣みがなくなったとも言えるかな」


「そんなことは」


「……そんなことは?」


じっとタマモを見つめるヒナギク。そんなヒナギクにタマモはなにも言い返すことができなかった。真面目に調理はしていた。


だが、真剣だったかと言われると。今回のように大失敗をやらかしたとしても、腸が煮えくり返りそうになるほどに悔しくなるのかと思うと、ヒナギクの言葉に反論することはできなかった。


反論できる要素がなにもないのだ。いや、要素がない。ヒナギクの言うとおりかもしれないとも思えた。


「だから私は止めていたんだよ。中途半端と言っていたのはそういうこと。腕前も半端ではあったけど、なによりもその心持ちがダメだった。「絶対に満足させるんだ」という気持ちがタマちゃんからは感じられなかった。真剣みが足りなくなっていた」


ぐうの音も出なかった。たしかにヒナギクの言うとおりだった。


最初の頃は懸命に作っていたし、美味しいものを作ろうとしていた。


でもヒナギクに師事し、調理技術が向上してからどこか真剣みはなくなっていた。真面目には調理していた。


だが、真剣だったかと言われると、その一品に全力を傾けていたかと言われると頷くことはできなかった。


「でもいまは違うよね?」


「……はい」


「氷結王様だっけ?その人のためにおいなりさんを作ろうとしているんだよね?本当にその人を満足させるために全力を傾けようとしているよね?」


「はい」


「でも最初は失敗した。だから次こそはと思っている」


「はいっ」


「なら怒れないよ。ううん、もうそうなったら私がとやかく言うことはないもの。一品に真剣に向き合うこと。その心構えができたなら、私がすることは怒ることじゃない。背中を押すことだけだもの」


「……ヒナギクさん」


「だから頑張ってね、タマちゃん」


ヒナギクは笑っていた。その笑顔にタマモはもう一度「はい」と頷いた。


「それでタマちゃん、材料は大丈夫?」


「これから揃えようかと」


「大丈夫なの?お揚げとかあまり聞いたことないけど」


「……心当たりがなくはないのです」


「本当に?」


ヒナギクが驚いていた。たしかに油揚げは流通しているとは聞いたことがない。


だが、心当たりがタマモにはあった。おそらくはあるだろうという心当たりが。


その心当たりにと現在タマモは向かっていた。ヒナギクも着いてきたがっていたが、これからリアルで用事があるようだったので、タマモひとりで向かうことになったのがほんの数分前である。


そうして現在のタマモはアルトの街中を駆け抜けていた。


タマモが向かっている心当たりは、数日前にも訪れていた。数日前もいまと同様にログアウトギリギリだった。


なにかしらの因果でもあるのだろうかと思いながら、息を弾ませて暮れなずむ街中を駆け抜けいくと、目的地が見えた。そしてそこには──。


「ふふふ、そろそろ来るかと思ったよ、お嬢ちゃん」


「こんばんはです、おばあさん」


──ひとりの老婆が、タマモが初日に泊まった宿屋の主である謎の老婆が宿屋の前でタマモを待っていたかのように立っていた。


「なにか入り用かね?」


「ええ。必要なものを揃えてください」


「ほぅ?では詳しい話は中で聞こうかね」


老婆は笑っていた。がその目はどこか妖しい。


しかしどんなに怪しくてもいまは老婆を頼るしかなかった。そのことを理解しているからなのか、老婆は短く笑いながら「いらっしゃい」と宿屋の中にと招待してくれた。


不思議とドアが開くと温度が少し下がったように思えた。

タマモは息をひとつ吐くと、意を決して宿屋の中に足を踏み入れた。

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