72話 失敗の先の光明
サブタイ通りの内容となります。
「ほぅ、できたと?」
「はい。ご満足いただけるかと」
ログイン限界まで1時間を切った。すでに夕日が沈みつつある。空の色はオレンジから薄い紫色になっていた。
薄紫色の空の下、タマモは氷結王と対面していた。その内容は氷結王のための食事ができたということ。氷結王は驚いていたが、タマモは自信ありげな表情を浮かべていた。
「ふむ。まさか1日足らずで用意してくれるとはな。いささか驚いた」
「氷結王様にご満足していただきたく、頑張ったのです」
「……そうか」
氷結王は穏やかな目をしていた。
だが、ひどく申し訳なさそうでもある。大変な目に遭わせてしまったとその顔には書いてあった。
「お気になさらないでください、氷結王様。少しだけ大変でしたけど、とても楽しかったのです」
「……そうか。そう言ってくれると助かるな」
助かると言いつつも、氷結王の表情は浮かない。大変だったと言ったのは失敗だったと思うタマモ。
(でも、きっとお寿司を食べてくだされば、きっと元気になってくださるのです!)
なにせ氷結王が食べたいと言った一品である。きっと満足してくれる。本音を言えば、もう少しだけ時間を掛けたかったが、氷結王がどこまで保つのかがわからなかった。
まだ作り込みが甘いところはある。だが、これならきっと食べてくれる。もし氷結王が望むのであれば、毎日でも作りに来ようとも思っていた。
ただ問題があるとすれば、完成してもシュトロームが不安げな表情のままだったということ。
最初はシュトロームが心配性なだけだと思っていたが、こうして氷結王と対峙しているとやけに不安が募る。
(……準備期間がなさすぎるからでしょうか?)
嫌な予感というわではないが、どうにも不安が募っていく。
だが、その不安をあえて無視してタマモはインベントリから、あらかじめ用意していた酢飯とネタを取り出した。
氷結王はそれらを見て、少し目を開き、首を傾げていた。
(うん?いまのお顔は?)
まるで想像していたものとは違っているような顔である。
無視していた不安がよぎっていく。
それでも「きっと大丈夫です」と自身を鼓舞しながら、タマモは酢飯を軽く握った
(……酢飯を握るのがすごく大変でしたけど)
酢飯自体は、酢のほかに砂糖を入れた。みりんも欲しいが、いまのところ持っていなかった。酢飯と言うには一味足りないが、一応は酢飯だった。名称と品質は相変わらず-が着いていたが、食べる分には問題ない。
その酢飯を手のひらで軽く握って小さく形成していく。形成した酢飯の上に、すりおろした本ホーラを薄く塗る。風味付け兼ちゃんとした洗いを作ってもまだ若干だが残っていた臭みを消すためである。その上に改めて作った洗いを乗せ、そのさらに上に酢味噌を塗った。
酢飯の形が若干いびつであるし、ところどころでまだまだな部分もある。それでも氷結王のために作り上げた「チャーホの洗い寿司」が出来上がった。
「……こちらとなります」
「チャーホの洗い寿司」をタマモは、石の皿に乗せて氷結王の前に置く。が、そこで気づいた。
「あの、氷結王様」
「うむ?」
「そのままでお食べになるので?」
氷結王の体のサイズと「洗い寿司」のサイズはまるで合っていない。氷結王の爪先よりも小さいのだ。このままでは非常に食べづらそうである。むしろ食べようと掴んだだけでバラバラになってしまう。
「あぁ、そうだな。少し待て」
そう言うと氷結王の体が徐々に縮み始めた。いや、氷結王の体が変化していく。ドラゴンの体から人の姿にと、大きな翼が消え、長い首は縮まり、全身にあった鱗は青白い着流しとなった。
しばらくすると氷結王は、真っ白な髪の老人の姿になった。だが、老人の姿にはなったものの、その全身からは強い魔力の余波が発せられている。
むしろドラゴンの姿のときよりも、いまの姿の方が迫力があった。
「……待たせたのぅ。それではいただくとしよう」
氷結王は石の皿の前に座ると、「洗い寿司」をひとつ取り、口に放り込むとゆっくりと咀嚼した。その表情はどこか遠くを見ているかのようだった。
(……美味しいと言ってくれますかね)
提供した以上は、待つことしかできない。氷結王がどういう反応をするのか。タマモは固唾を飲んで待ちわびた。
「……ふむ。悪くはないな」
やがて、咀嚼した「洗い寿司」を飲み込んだ氷結王は、「悪くない」と言った。だが、「美味い」とは言ってくれなかった。
「……お気に召されませんでしたか?」
「いや、悪くはなかった。肉の脂が受け付けぬのでな。余分な脂を取り除いたうえに、本ホーラのぴりりとした辛味や合わせた調味料の組み合わせは見事であった。穀物は少々いびつだったが、初めてであれば上出来であろう」
「……見破られましたか」
「うむ。だが、我を想って作ってくれたことに感謝しよう」
そう言ってもう一貫を食べると氷結王は、「馳走になった」と一礼をした。
だが、二貫だけでは腹を膨らませることはできないはずだ。が、氷結王はそれ以上を食べようとはしない。
なによりもクエストが達成されたのであれば、アナウンスが入るだろうにそのアナウンスは入らない。つまりはこれではダメだということだった。
(なにが、なにが悪かったのでしょうか。やはり淡水魚だから?いや、違う。きっとそういうことじゃないのです)
なにがダメだったのか、タマモは思考を巡らしていく。
おそらくは淡水魚とか海水魚とかではなく、もっと根本的な理由なのだろう。
(酢飯とネタを出したときから、氷結王様の反応は違っていました。ということは、ボクと氷結王様が思う「寿司」は見た目から乖離していたということです)
タマモは話を聞いたときに、握り寿司の絵を描いた。氷結王はそれだと言ったのだ。だからこそ握り寿司だと思った。だが、もしそこから間違っていたとしたら?
(……氷結王様が仰っていたことは最初辛くもあり甘酸っぱくもあるということ。最初は混乱しましたけど、寿司だと断定したのは氷結王様が──)
最初は氷結王が言っているものが寿司だとはわからなかった。
あまりにも特徴的すぎる内容であったがゆえに、かえって混乱したのだ。
だが、それも氷結王が言った決定的な内容を聞いてわかったのだ。
「……ぁ」
そこでタマモはあることを思い出した。同時に自身の思い違いに気づけた。
「氷結王様!」
「うん?」
「もう一度お食事を作らせてください!」
「もう一度か?だが」
「……氷結王様の本当に召し上がりたいものがわかりました」
「なに?」
「完璧には再現できないかもしれません。ですが、必ずやご満足させられるものお出しします!ですからもう一度、もう一度だけチャンスをください!」
タマモはその場で土下座をした。氷結王は困りつつも、どこか期待しているような目をしていた。
「……できるのか、タマモよ」
「はい、必ず!」
「……わかった。ではもう一度そなたに食事を用意してもらおうかのぅ」
「ありがとうございます!」
タマモは顔を上げた。氷結王は笑っている。笑っているがどこか諦めているようでもあった。
(次こそは必ず!)
タマモは氷結王を必ず笑顔にしようと決めた。氷結王の望む寿司──氷結王が絶品だったと泣きながら言っていた寿司。氷結王の母との思い出のいなり寿司を以て笑顔にしようと決めたのだった。
普通は寿司と言うと「握り寿司」になりますが、あえての「いなり寿司」でした




