70話 三枚下ろし
またまた遅くなりました。
今回は三枚下ろしです。
寿司作りのための材料は揃った。
その材料を前にタマモは米を焚いた即席のかまどにと戻ってきていた。
「ネタも大量に手に入りました!」
タマモが釣り上げた魚──チャーホは20尾。が、さすがに乱獲かなと思い、半分はリリースした。リリースした半分は成長途中の若い個体である。
20尾すべてのサイズを計り、その平均値を超えた個体だけを調理に回すことに決めたのだ。
平均値から1センチでも下回っていたらリリースした。
逆に1センチでも平均値を越えていたら食用に回した。その結果残ったのは、ちょうど半分の10尾である。
本来ならこんなきれいに半分になることなどない。半数をどちらかが割るはずだが、「まぁ、ゲームだからいっか」とタマモは深く考えるのをやめたのだ。
そうして現在タマモの前にいるチャーホは、半分の10尾である。どれも栄養を蓄えているようでなかなかのサイズであるし、身もしっかりとしていた。
「とりあえず、三枚に下ろしましょうか」
タマモはとりあえずチャーホのうちの1尾を手に取り、テンゼンに用意してもらった石のまな板の上にチャーホを乗せた。すでにチャーホは締めてある。テンゼンが締め方を見せてくれて見よう見まねでやってみたのだ。
チャーホの口はぱっくりと開いており、テンゼン曰くちゃんと締められた証だということだ。
締めた際にエラと内臓は取り除き、いまや10尾のチャーホには内臓はなく、骨と身だけになっている。一応まだ頭はあるが、テンゼンが言うには頭は落としてからの方がいいようだ。
「頭を落とさずに三枚下ろしもできるけど、落とした方がまだやりやすいと思うよ」
テンゼンはタマモの後ろにいた。本来なら締めるときと同様に実演をするべきなのだが、タマモがひとりでやりたいと言ったがために、現在テンゼンはタマモの後ろについてタマモの作業を見つめている。ちなみにだが、平然と話しているように見えるテンゼンの内面がどういったものであるのかは、あえて語るまい。
よく見ると左手で思いっきりみずからの太ももをつねっているあたり、その内心がどうなっているのかのは言うまでもない。
そんなテンゼンを見て、シュトロームは「拗らせているなぁ」としみじみと思っていた。が、当のタマモはチャーホに一点集中のため、テンゼンの変化には気づいていない。
「えっと、本当にひとりでやるの?」
「はい」
見よう見まねでやる方がいいとは思う。だが、見よう見まねではテンゼンの手の動きに集中しすぎてしまい、食材となるチャーホと向き合うことができない。
とはいえ、向き合うことに集中しすぎても、チャーホの身がボロボロになるだけだ。身をボロボロにしてしまう方がチャーホには悪い。
それはタマモとて理解している。本来ならテンゼンに実演してもらった方がいいのだ。
少なくとも悪戦苦闘した結果、ほとんど食べられないという結果になるよりかはいい。
だが、チャーホを締めたときから命を奪ったのだ。その命を奪ったものと向き合って、その身を切り分けたいのだ。
片手間で向き合いたくない。チャーホだけに集中していたいと思ったのだ。
「合理性の欠片もないけど、言いたいことはわかったよ」
テンゼンは若干呆れている。だが、否定をしていないあたり、多少でも理解を示してくれているのだろう。
「……では、まず頭を落とそう」
「はい」
咳払いをしてからテンゼンは、指示を出した。タマモはテンゼンに言われるままにチャーホの頭、取り除いたエラのあたりから包丁を立てた。
「……美味しくいただきますね」
チャーホに向かってそう告げてから、タマモは包丁の背に手を起き、体重を乗せた。ザクッという硬いなにかを断つ生々しい感触が包丁越しに伝わった。
「手を止めるな。そのまま刃をエラの部分から入れろ」
「はい」
「いちいち答えなくていい。君は君が思う通りにそのチャーホと、いや、奪った命と向き合え」
テンゼンの言葉には優しさはなかった。だが、タマモの気持ちを踏まえたうえでの指示だろう。だからこそタマモはその言葉をすんなりと受け入れた。
「中骨に当たるまで刃を入れたら、身とは違う硬いものに当たったら、尾に向かって水平に動かしていけ」
テンゼンの指示が出てすぐに硬いものが包丁に触れた。感触がまるで違っていた。それまではすっと刃が入っていたのたが、不意にそれが止まり、うまく動かせなくなっていった。
「焦るなよ。ゆっくりでもいいから、その骨に平行していけ」
言われるままにできる限り、骨と平行するように包丁を入れていく。
時折骨の感触がなくなるが、できる限り水平を保っていった。
「……よし、そのまま尾びれのつけ根まで切るんだ。手を切らないように気をつけて」
切断した身をそっと掴みながら、尾びれのつけ根を目指していく。ほどなくして尾びれのつけ根までが切れた。中骨にはやや多めに身がついているが、テンゼンはそのことにはなにも言わない。
「じゃあ、次だ。逆側を同じ要領で」
「はい」
今度は返事をするタマモ。身のなくなった側をまな板に接地させ、身のついている側にも同じように切断していく。
(さっきよりもほんの少し骨に当てるつもりで)
半身は少々慎重になりすぎたので、今度はほんの少しだけ大胆に骨に当てて身を切り分けていく。
「……さすがだね。そのまま尾びれのつけ根まで切ってくれ」
テンゼンは誉めてくれているみたいだが、返事をする余裕はない。
タマモはチャーホをじっと眺めつつ、チャーホの身と中骨とを切り分けていた。
「よし、次だ。腹にある骨やそのひれ辺りにある骨を先端を使って切り分けるんだ」
反対側も切り分けると、テンゼン次の指示を出した。たしかに腹側にも骨があった。その骨を包丁の先端辺りを使って切り取った。
「次は皮を剥ぐよ。皮の部分に少しだけ切れ目を入れてくれ。……よし、そのくらいだ。あとは包丁の背を当てて」
「包丁の背、ですか?」
「うん。刃だと皮が切れてしまうからね。背を当てて引っ張っていくんだ。そのときには端を押さえるのは忘れないように」
「はい」
テンゼンの指示通りに端を指で押さえてから包丁の背で引いていくと、皮はゆっくりとだが、きれいに剥ぎ取れていった。
「……うん。あとはもうひとつのも同じように皮を剥ぐんだ」
「わかりました」
ひとつめの皮は剥げた。次は残るもう半分である。同じように切り込みを入れて、皮をゆっくりと剥いでいく。
「できました」
「うん、初めてにしては上出来だ。あとは氷水で締めよう。その間に次のチャーホも捌こうか」
「はい」
タマモは返事をした。まだ終わったわけではない。まだ1尾目である。
だが、1尾目であってもたしかに自分の手で捌いたのだ。その結果が目の前にあった。
「頑張りますよ」
いつのまにか浮かんでいた汗を袖で拭いながら、タマモは次のチャーホを掴むのだった。




