67話 おたまとフライパンとしゃもじ
非常に遅くなりました←汗
定時に上げようとしたんですけど、更新作業しようとしたら、コペピで失敗しました。はっきりと言えば選択した状態から間違えて張り付けを選んだ結果、それまでのデータが白紙になりまして。書き直したらこんな時間に←トオイメ
コペピの際には今後気を付けたいと思います←しみじみ
「タマちゃんとのお話は、とっても有意義やったわぁ」
「こちらこそなのです、おタマさん」
一寸先も闇な貯蔵庫の中での、タマモとおタマによるどうでもいい内容の論争は終わりを告げた。
ふたりは現在熱い握手からの抱擁を交わし合っていた。
お互いにようやく見つけた同士であった。だが、同士であるがゆえに、お互いの意見をぶつけ合わせることになっていたのだ。
だが、その不毛なる論争は終わった。論争とはいえ、争いであったことには変わりない。だが、争いが終われば、同じ志を抱く同胞である。となれば、争いが終わって恨み合うこともない。
むしろ争いがあったからこそ、結束が強まったとさえ思えてくる。……たとえ同胞という意味が若干アレな内容であっても。たとえ端から見たら「おまえら、大真面目になにしているんだよ」と言われかねないことであっても。おタマとタマモは真剣だった。真剣にお互いの意見を競わせていたのだ。
だが、その論争は終わり、いまは健闘を称え合うための抱擁を交わしていた。
涙ながらに抱き合うふたりを見ると、どこか感動的なものさえ感じられる。
しかしふたりが言い合っていた内容は、「お胸に重要なものとはなにか」という、どうでもいいというか、思春期の男子が放課後で言い合いをしているような、なんとも言いがたい内容である。
おそらくこの場にヒナギクがいれば、無言かつ無表情のまま、その鋼拳を振るっていたことだろうが、あいにくとヒナギクはいない。
それどころか、現在この場にいるのは若干アレなふたりだけである。
もっと言えば若干残念なふたりしかいない。ツッコミ不在と言ってもいい。
えてしてツッコミ不在の状況とは、カオスとなることがお約束になる。そのお約束は現在進行形で行われているのだが、当事者であるふたりはそのことを特に気にすることもなく、平然としていた。
「でも、残念やわ」
「なにがです?」
「せっかくの同士を見つけたというのに、これからするんは大切な話。あたしとしてももう少し話をしたいところだったけど」
「そう、ですか。でも仕方がないのです」
「そやね。仕方がないかぁ」
おタマとタマモは抱擁をやめて、少しだけ距離を取った。距離を取り合ったときには、すでにふたりの表情は真剣そのものになっていた。
とはいえ、このふたりが揃って真剣な表情を浮かべたところで、その内容が本当に真剣なものになるのかどうかは非常に怪しいところだ。
なにせこのふたりは大真面目に「お胸に重要なものとはなにか」という不毛にもほどかある内容でガチの論争をしていたのだ。
そんな前科があるふたりなのだ。いくら真剣な表情を浮かべたからと言っても、その内容までもがシリアスとは限らない。
それどころか「真剣な表情詐欺」という新手の詐欺事件を起こしかねない。いや、起こさないわけがないのだ。
ゆえにこのふたりがいくら真剣な表情を浮かべたとしても。どれだけシリアスなムードを形成したとしても。鵜呑みにはできない。
いわば、このふたりなりのカルマである。
そのカルマを背負いながら、ふたりは真剣そのものな表情を浮かべていた。
畳の上にある提灯の火がわずかに揺れ動き、ふたりの影をわずかに揺らめかせた。
そうしてどれだけ時間が経ったのか。口を開いたのは、おタマだった。
「タマちゃん」
「はい」
「真面目に答えてな」
「もちろんなのです」
釘を差してからおタマは、一度深呼吸をした。その様子からよほど言いづらいのだろうとタマモは思った。
(どんな内容であってもおタマさんからの問いかけに答えないわけにはいかないのです)
タマモは襟首を糺しながら、おタマからの問いかけを待つ。おタマはまぶたを閉じ、集中しているようだったが、その閉ざされたまぶたは不意に見開かれた。くわっと目を見開きながらおタマがついに言ったのは──。
「至高のお胸の持ち主には出会えています?」
──それまでのシリアスを返せと言いたくなるような内容であった。
もしこの場にレンがいたら、「そんなに溜めることじゃねえよ!?」とツッコミを入れただろうが、残念ながら不在である。それどころかツッコミを入れるという発想自体をしない人物しかいなかった。そのひとりであるタマモはおタマの発言にこう答えた。
「はい、もちろんなのです!」
くわっと目を見開きながらタマモは、力強く頷いた。頷いたのだが、そこまで力んで頷くようなことではなかった。
だが、ツッコミ不在という混沌極まる状況では、そのことを指摘する者はいない。いないがゆえに、会話はさらなる深奥へと向かっていく。
「へぇ、それはそれは。よかったですなぁ」
おタマはタマモの返事に泣いていた。どこに泣く要素があったのかはわからない。わからないが、おタマなりの泣くポイントがあったのだろうということはわかる。ただそのポイントがあまりにも意味不明すぎた。だが、そんなおタマにとタマモは神妙な表情で言った。
「はい。アオイさんに出会ったことはボクの人生における最大の幸福なのです!」
「ふふふ、タマモちゃんがそこまで言いますかぁ。よほどのべっぴんさんなんやねぇ」
「ええ、もちろんなのです!アオイさんはとびっきり優しい美人さんなのです。後ろから抱っこされたら、ボクの頭にジャストフィットでしたし、銀色の髪なんて特に素晴らしいのですよ!」
えっへんと胸を張りつつ、タマモはアオイに対する自慢を始める。別に夫婦でもなければ恋人でもないのだが、タマモにとってアオイは嫁という括りに入りかかっているのだ。
まぁ、その嫁からなかなかにダークネスな目で見られていることをタマモは知らない。が、知らぬが仏とも言うのでいまのところは問題はない。
そうしてアオイの自慢をしていると、ふとおタマがなにも言わないことに気づいた。おタマは目を見開きながら、ひどく驚いた顔をしていた。
「銀髪なん?」
「え、はい。アオイさんは銀髪ですけど」
「……そっかぁ。銀髪かぁ」
おタマは遠くを眺めた。その目は茫洋としていて、タマモを見つめているようで、タマモを見てはいなかった。
ただおタマがなにかしらのことを考えているということだけはわかった。そのなにかがなんであるのかはタマモには検討もつかない。が、おタマの考える邪魔はしないようにしようと、おタマが口を開くのを待つことにした。
「……なぁ、タマちゃん」
「はい、なんですか?」
「あの子たち、見せてくれる?タマちゃんが受け継いだあの子たちを」
「あの子、たち?」
しばらく待っていると、おタマがよくわからないことを言った。
タマモが受け継いだというが、タマモはこれまで特殊ななにかを手に入れたことはない。
強いて言えば、あるにはあるが。さすがに違うだろうとは思うが、物は試しとタマモは装備していたおたまとフライパンをおタマに見せた。
「この子たちです?」
「そうそう。その子た──んん?」
おたまとフライパンを見せるとおタマは満足げに頷いていたが、不意に首を傾げてしまった。どうしたんだろうと思っていると、おタマはおたまとフライパンを指差して言った。
「なぁ、タマちゃん。もうひとつは?」
「ほぇ?」
「いや、ほぇじゃなくて。3つ目はどないしたん?」
「3つ目と言いますと?」
「いや、だからその子たち不完全やん。もともと3つでひとつなんだから。その3つ目はどないしたん?」
おタマが首を傾げていた。が、言われた意味をすぐに理解できなかった。
「えっと、この子たちっておたまとフライパンでセットなのでは?」
「いやいや、ちゃうよ。この子たちはおたまとフライパン、そしてしゃもじでセットなんよ」
「……しゃもじ?」
おタマの一言にタマモはご飯をよそう素振りをした。おタマは「そう、それ」と頷いていた。が、おたまとフライパンを手に入れたときには、しゃもじなんてものは存在していなかった。タマモが手に入れたときには両手に握っていたのはおたまとフライパンだけであり、しゃもじは存在していなかった。
だが、おタマが言うには、おたまとフライパンとしゃもじの3つでワンセットだったようだ。が、タマモはしゃもじを見かけてはいないのだ。そもそも存在していたとすらいま知ったのだから、どうしたのと言われてもなにも言えなかった。
「……もしかして、しゃもじないん?」
「はい。いま初めて知りました」
「……あー、そうか、ないんか。ん~、それはまずいなぁ」
おタマは非常に焦った顔をしていた。だが、言っている意味がよくわからない。なぜしゃもじがないくらいで焦るのだろうか。
「どうまずいのです?」
「どうって、しゃもじがないとその子たちは、半分しか力を使えないんよ」
「半分しか?」
「うん。その子たちはどちらかと言うと守りの力なんよ。でしゃもじは攻めの力。そのしゃもじがないとまともに攻撃はできんよ」
「そ、そうなんですか?」
青天の霹靂とはまさにこのことか。道理でURランクにしては、いくらか物足りないわけである。ほとんどのスキルをセットできるとはいえ、いくらか物足りないとは思っていたが、能力が半減していたというのであれば、物足りなさを感じるのは当然であった。
「でも、そのしゃもじってどこにあるんでしょうか?」
「さぁ。あたしはてっきりタマちゃんが受け継いだとばかり思っていたからねぇ。おそらくはほかの誰かが受け継いだと思うけど、難儀やなぁ」
「と言いますと?」
「しゃもじ単品となると、その力に振り回されるだけ。いや、振り回されるどころか、暴走するだけやな」
「暴走って」
なかなか物騒な言葉が発せられた。しかしおタマはかなり真剣であった。
「間違いなく、その力をまともに使いこなせずに大規模な被害を出すと思うわ。まぁ、それだけの被害を出したら、そこにしゃもじがあるってことやね。見つけたら回収した方がええよ、タマちゃん」
「は、はぁ」
いまいち現実感がないのだが、おタマは相変わらず大真面目である。それだけしゃもじが危険物であるという証拠だろう。おタマが本気になるほどにしゃもじは取り扱いに細心の注意が必要となるのだろう。
「ご忠告ありがとうございました」
「ええよ、ええよ。気にせんといて」
おタマに向かって頭を下げると、おタマはそれまでの真剣さは鳴りを潜めさせ、朗らかに笑っていた。おタマの笑顔は変わらない。しかし印象はだいぶ異なった。
「……おタマさん」
「うん?」
「おタマさんはどういう人なのですか?」
「あたし?」
「はい。この子たちのことを知っているうえに、この貯蔵庫にひとりでいるとか、ただものではないと思います」
少し前までは、謎の美人なお姉さんだったが、いまや正体不明の美女にクラスチェンジを果たしていた。
おたまとフライパンのことを知っていることといい、この貯蔵庫にひとりっきりでいることいい。
おタマには不可解な点がある。ゆえにストレートに聞くことにしたタマモ。
決しておタマを不審者と思っているわけではないが、その正体不明さを黙って見ていることはできない。
ゆえにおタマにと直接尋ねることにしたのだ。おタマはなにも言わない。くすくすとおかしそうに袖口で口元を隠しながら笑っていた。
「ん~。そやなぁ。ヒントはだいぶあげているよ?」
「え?」
「影を見てごらん」
「影?」
提灯の光によってたしかに影はできていたが、それがなんだというのだろうか。タマモはおタマに言われるがまま、影を見やる。
壁に写った影はふたつあった。ひとつは頭の上ににょっきと出たふたつの立ち耳と背中にある三本の尻尾があった。
(ひとつめの影はボクですね。じゃあもうひとつがおタマさんで──)
ひとつ目の影は間違いなくタマモ自身のものだった。となれば消去法でもうひとつがおタマの影になるはずだった。だが、壁に写った影を見てタマモは言葉を失った。
「……耳と尻尾」
言葉を失ったのはわずかな時間だったが、タマモが口にしたのは、いや口にできたのはその一言だけだった。
タマモが見たおタマの影には、タマモ同様に頭の上にある立み耳と背中には尻尾があった。ただ尻尾の数はタマモよりも多く、九本あった。
「おタマさん、あなたは──」
タマモはおタマにと振り返ろうとした。が、それよりも早くおタマの声が聞こえてきた。
「……そろそろ時間やねぇ」
残念そうなおタマの声とともにコォーンという軽い音が響いた。おタマが煙管で火鉢を叩いたのだろう。さっきも叩いていたが、そんな音ではなかったはずだと思ったときには、タマモの体は自然に畳の上に横たわった。
(体が、動かない)
体が言うことを聞かない。いや、体の自由がいきなり奪われたようだった。
タマモは畳の目をぼんやりと眺めていた。
「堪忍なぁ。もう少しタマちゃんとお話したかったけど、そろそろイムミちゃんが戻ってくるんよ」
おタマは言葉通り申し訳なさそうだった。申し訳なさそうにしながらおタマはそっとタマモの頭を膝の上に乗せてくれた。おタマのぬくもりがとても心地いい。
「……あたしはタマちゃんが気に入ったわぁ。だから忠告、いや、警告しておくね。アオイという子には気を付けてな?気を許しすぎん方がええよ」
「アオイ、さんはいいひと、なのです」
「……まだ話せるだけの力があるんねぇ。タマちゃんは将来有望や。だけど、いや、だからこそ気を付けてな。いまはまだタマちゃんの思う通りの子なんやろねぇ。でもそれがその子の素顔というわけやない。素顔を露にしたとき、なにからなにまでも奪われることになるかもしれん。重々気を付けるんよ」
おタマの手がタマモの頭を優しく撫でていく。同時に暖かな毛布のようなものがそっと体の上に掛けられていく。視界の端に見えたそれは金色に輝いていた。
「……おタマ、さんは」
「ふふふ、本当に将来有望な子やなぁ。……だからこそそなたには大きく成長してほしいのだ。我が愛おしき裔よ。そなたのこれからの日々は大変な苦難が待ち受けていよう。しかし決して腐ることなかれ。決して俯くことなかれ。顔を上げ、前を見よ。そなたが進むべき道は必ずそこにある」
おタマの口調が変わる。けれど、そのことになにか言うよりも早く視界がぼやけていく。まぶたを開いていることができなくなっていく。
「タマちゃんとは、またいつか会いたいわぁ。それまでさよならや」
口調を戻すおタマ。その口調の方が「おタマさんらしいのです」とタマモは声にならない言葉を口にする。おタマは「本当にかーいいなぁ」と笑っている。笑うおタマにタマモはもうなにも言うことはできなかった。
まぶたがひどく重かった。まぶたが完全に下ろされる、そのとき。
「……イムミちゃんとドラ助にはよろしゅう言っておいてな」
誰かの名前を口にしながらおタマはまたタマモの頭を撫でて煙管で火鉢を叩いた。コォーンと響く高い音を聞きながらタマモは意識を手放した。
頭の下から感じるおタマのぬくもりと金色の毛布のぬくもりに包まれながら、タマモはまぶたを下ろしたのだった。




