2話 エターナルカイザーオンライン
本日三話目です。
「──ならうな。目指せ。国内初のVRMMOついに始動! 予約受付中!」
テレビから流れてきたCMは莉亜が誘ってくれた「エターナルカイザーオンライン」通称「EKO」のCMだった。
このネット社会でもTVCMを利用するあたり、相当な期待を背負わされているのだろう。
もしくは少しでも多くの人に知ってもらおうと必死なのか。
どちらにしろ、正式リリース日が決定されたことには変わりない。
「……はぁ」
まりもはTVの電源を切ると、そのまま自室のベッドに寝転がった。
ベッド脇にあるカレンダーを見やるともうすぐ八月だった。
莉亜が最後に会いに来てくれた日であり、「EKO」のベータテスターに誘われた日から、もうすぐ五か月ほど経とうとしていた。
「……どうしてあんなことを言っちゃったんでしょうね」
あの日、本当は一緒に莉亜と一緒にベータテスターになりたいと思っていたまりもだったが、気づいたときには莉亜を傷付けるようなことを言ってしまった。
「……アリアだって本当は忙しいのに」
たしかに受験も終わり、高校も卒業した時期ではあったが、入学のために書類等の提出物を用意などで忙しかった。
特に莉亜は大学進学に合せて一人暮らしをすることになっていた。その準備で忙しい最中に会いに来てくれていた。
そんな莉亜をまりもは暇人と一蹴してしまった。
本当の暇人がどちらなのかはまりも自身がわかっていたことだった。
それでも気づいたときには莉亜を傷付けるひと言を言ってしまっていた。
その結果、あの日を境に莉亜は家に来てくれなくなってしまった。
「……いまごろ、莉亜は大学生活を楽しんでいるんでしょうか」
普段遣いしている枕を抱きながら、ごろりと寝返りを打ちながらも考えるのは散々罵声を浴びせさせてしまった親友のことばかり。
思っていた以上に莉亜に依存していたことをまりもは感じていた。
「……ボクのことなんて忘れちゃっているんでしょうね。新しい友達もできたり、恋人だってできたり」
新生活の忙しさで来られないだけだろう。そう思うのに、考えてしまうのはネガティブなことばかり。
しまいには莉亜に恋人ができてしまい、その恋人とイチャイチャすることを優先し、幼なじみである自分を完全に忘れてしまっているのではないかという被害妄想に近いことだった。
「う、うぅ~、アリアぁ~」
しかしまりもは自分の考えていることがただの妄想にしかすぎないのに、本気で泣いてしまっていた。莉亜に捨てられてしまった。子供の頃からの親友であり、幼なじみであった莉亜に捨てられてしまったと本気で考えていた。
「……どうしてボクは不合格になってしまったんでしょう。時間さえ間違えなければ。ううん、ちゃんと落ちついて試験に受けてさえいれば」
いまさら後悔しても遅いことだったが、あのときなにかひとつでも違えば、莉亜と一緒にキャンパスライフを過ごしていたのだと思うと、莉亜に捨てられることもなかったのだと思うと、やりきれない想いが沸き上がっていく。
実際のところ、莉亜に捨てられたというのはまりもの完全な被害妄想だった。
実のところ莉亜はあれから毎日朝にはまりもの家には来ていたのだが、その時間にまりもが起きていなかったというだけのことだった。
莉亜を傷付けてしまったと思ってから、まりもは完全な昼夜逆転生活をしていたので、莉亜が家に来る時間はちょうど寝始めたばかりなため、莉亜が家に来てくれたことを知らないでいた。
そして夜は夜で生活費を稼ぐためのアルバイトに勤しむ莉亜にはまりもの家に来る余裕などなかった。
加えて莉亜自身がメイドさんたちに毎日足しげく通っていることを言わないでほしいと頼んでいたため、まりもは莉亜が家に来てくれていることを知らないでいた。
「あそこまで意固地になったら、当分は放っておくほうがいい薬になりますから」
まりもに「暇人」扱いをされた翌日に来た莉亜はメイドさんたちにそう言った。
事実まりもにとってこれ以上とない薬となっていたが、若干効果がありすぎてまりもが精神的に参り始めていたことを莉亜はメイドさんたちを通して知っていた。
(まぁ、もうちょっと様子を見ようかな? 私だって数か月間も「裏切り者」扱いされて腹が立っているし。あのバカが謝ってくるまでは本当のことは教えないでおこう)
知りながらもあえて莉亜はまりもを放っておくことにした。
これで少しはニートから脱却してくればいい。
そう願いつつも、まりもが自室でやりきれない想いを口にしているのをドア越しに聞いていた莉亜だった。
ちょうどアルバイトの時間までに若干の余裕ができたため、まりもの活動時間に来てみたのである。そうしたらまさかの弱音をまりもが吐いていたのだった。
「……本当にバカだなぁ。私が見捨てるわけがないでしょうに」
学業の成績は抜群なくせして、どうして私生活だとこうもおバカになってしまうのだろうか。
親友のあまりにもな姿に莉亜は小さく笑いながらドアから離れた。
そのことをまりもは気付かないまま、やりきれない想いを吐露し続けていた。
「……はぁ。今日はもうゲームでもするのです」
吐露をするのも吐かれたまりもは、いつものようにVRメットを装着した。
最近は「EKO」のためにほかの国が開発したVRMMOを少しだけプレイしている。
プレイしているとはいえ、やっていることはただログインして初期の街の中を歩くというだけだった。
「……アリアがいないとつまらないです」
とぼとぼと歩きながらも目が行くのは楽し気にプレイをするほかのプレイヤーたち。
ゲーム内でクランを作ったり、臨時のパーティーを組んだりと思うままのプレイをしているようだった。
「……ボクも「EKO」ではああいうプレイができるのでしょうか?」
予約を開始されてすぐにまりももネット通販で「EKO」を予約購入していた。
あとは正式リリース日まで、VRMMOというものに慣れておこうと思い、別のVRMMOに手を出してみたが、いまひとつやる気が起きなかった。
人見知りが激しいまりもだが、莉亜がいればどんなことでもできた。
いわば莉亜はまりもにとって心の拠り所になっていた。
その拠り所をみずから突き放してしまった。
まりもは何度めになるかわからないため息を吐きながら、初期の街を隅から隅まで歩き続けたのだった。
そして八月上旬、「EKO」の正式リリース日を迎えた。
「まりもお嬢様。お荷物が届きました」
「EKO」の正式リリース日。まりもはドアをノックする音とともに目を醒ました。
前日は珍しく早めに寝た。その成果かまりもは朝八時頃に目を醒ますことができた。
大学もすでに長い夏休みに入っている頃だろうが、相変わらず莉亜とはすれ違ったままであるため、正確にいつ頃から夏休みに入ったのかまではまりもにはわからなかった。
「ん~、ありがとうなのです、早苗さん」
ノックされたドアを開けると、まりも付きのメイドである早苗がにこやかに笑って段ボールを手にしていた。
段ボールには密林先生のロゴが入っていた。
楽しい天国先生ではすでに予約が打ち切られていたためだ。その密林先生でもギリギリ予約ができたようだったが、こうして手に入ったのだからなにも問題はない。
「ふふふ、まりもお嬢様、今日はお早く起きてくださいましたね」
「……まぁ、楽しみにしていましたからね」
「左様ですか。「エターナルカイザーオンライン」でしたよね? なかなかに攻めたタイトルですが、仕事が終わったあと早苗もプレイする予定ですので、あとでご感想をお聞かせくださいませ」
「ん~、了解なのです」
「それでは、お嬢様ごゆっくり」
早苗は丁寧に一礼をするとまりもの部屋から離れていく。その背中を眺めてからまりもは渡された段ボールとともに部屋の中に戻った。
「ふぅん、これが「EKO」ですかぁ」
「EKO」のパッケージは草原をバックにアバターたちがそれぞれの得物であるEKを手にしていた。
EKというのはタイトルにあるエターナルカイザーの略である。
最初はなんのことだかまりももわからなかったが、ゲーム雑誌の特集記事でプレイヤーとともに成長する武器であり、最終的には無二の性能となる、らしい。
その名前がエターナルカイザー。略してEKである。なんとも厨二心をくすぐるネーミングだった。
「……とりあえずプレイするですよ」
VRメットにゲームデータをインストールしながら、まりもはVRメットを装着した。
先日までプレイしていたVRMMOもそうだが、「EKO」はフルダイブ式となっている。
言うなれば寝ながらゲームするということだ。
昨今流行ったラノベのようにデスゲームは起こらないように水面下ではいろいろとあるようだが、まりもはあまり気にはしていなかった。
「……あっちでアリアに会えるといいなぁ」
仲違いをしてしまった親友に、ベータテスターになったであろう親友にゲーム内世界でも会えることを祈っていると、インストールが終了したようだった。
「さぁて、ボクを楽しませてくださいねぇ」
ため息混じりにまりもはゲーム内世界へとダイブした。
続きは十八時になります。