59話 どっちでしょうか?
沼クジラからどうにか米を採取できたタマモ。
最大の懸念だった米を、思いの外簡単に入手できたのは僥倖であり、沼クジラの沼からの帰り道、タマモはホクホク顔でスキップしていた。
そんなタマモの姿にテンゼンとシュトロームは穏やかに笑みを浮かべていた。が、シュトローム配下の数匹のスライムたちは恐ろしげにタマモを見やっていた。
スライムたちにとってタマモは、ぶちのめすのに散々苦労した沼クジラを容易く昏倒させた相手だった。その際の無表情かつ淡々と沼クジラを攻撃していた姿は、思い出すだけでも恐ろしい。
しかしいまはその恐ろしげな姿はどこへやら。受かれて飛び跳ねるという姿を晒している。あまりにも落差がありすぎるタマモにスライムたちは、畏怖と困惑をしていた。
が、当のタマモはスライムたちに恐れられているということにまるで気づいていない。
むしろようやく米を手に入れられたことを喜んでいた。
「これでレパートリーが増えるのですよぉ」
米という主食を手に入れたことで、丼ものは作れるようになった。チャーハンだって作れる。おにぎりはもちろんのこと、おせんべいやおもちも作ろうと思えば作れるだろう。
もっともまだそのレシピは知らないため、ヒナギクとは要相談ということになるだろうが、キャベベ炒めだけだった屋台のメニューが増えることは間違いない。
「こうなるとほかの野菜も育てて、天丼とか作りたいですねぇ。たれは魚を買って自前で作れば──」
浮かれながら未来予想図を描くタマモ。米を手に入れたことで未来は一気に広がったのだ。その広がった未来に思いを馳せていたタマモだったが、ふとあることに気づき、ぴたりと足を止めた。
ちょうど先頭を歩いていたタマモが足を止めたことで、自然と隊列になっていた後続のテンゼンたちも足を止めて、タマモをまじまじと眺めていた。そのタマモは静かに体を震わせている。
テンゼンが「タマモさん?」と声を掛けるのと同時にタマモはくるりとテンゼンへ向かって踵を返すと、ずんずんと足を鳴らすようにして近づいてくる。
「え、あの?」と近づくタマモにテンゼンは後退り。しかし後退るよりも速くタマモはテンゼンに迫る。
「なにかしたかな?」と思いつつも、まったく身に覚えがないテンゼンだった。
身に覚えはないが、なぜかタマモはテンゼンに近寄ってくる。その意味がテンゼンにはまるでわからなかった。わからないまま、テンゼンはついにタマモにと詰め寄られてしまう。
テンゼンの後ろはすでに大木があった。左右に動こうにもタマモはテンゼンの左右にどんと手をついて、テンゼンを逃さないようにしている。
「え、あの、タマモさん?」
タマモに壁ドンをなぜかされてしまったテンゼン。リアルでは男子であるテンゼンが、女子であるタマモに壁ドンをされるという、なんともおかしな光景ではあるが、当のテンゼンにとってはおかしすぎる光景により、狼狽えていた。
狼狽えているというよりも頭からぷしゅーと湯気を出しそうなほどに顔が真っ赤になっているテンゼン。
そうしていれば、かわいらしいんだがなぁとテンゼンの現状を見てしみじみと思うシュトロームと配下のスライムたち。
だが、テンゼンの現状などお構いなしにタマモは顔をずいっと近づけた。すでにテンゼンの情報処理能力は限界を超えていた。
(近い近い近い近い近い近い近いぃ!髪濡れているし、なんかいい匂いするし、肌も濡れてぇ!)
「あばばばばば」
テンゼンは混乱していた。その目はぐるぐると回転し、混乱の極みにある。テンゼンも若干アレな性癖の持ち主ではあるが、実践経験など皆無なため、異性からこうして迫られるのは当然初めてである。
加えて現在のタマモは沼クジラの行動により、頭から沼の水を被ったことでびしょ濡れである。もっとも服自体は濡れてからものの数秒で乾いた。
やはり対象年齢が10歳からなゲームであるため、この手のセクシャル的なものは即座に対処された。肌や髪などか濡れているのは、内的要因ならぬ内的要員によるものである。その内的要員がなんであるのかは言うまでもない。
その結果、タマモの服は乾いていても、肌等は濡れているというちぐはぐな状況になっていた。
その状況がテンゼンには一種の特効となっているのは、ある意味皮肉ではあった。
だが、テンゼンに特効があるとは考えてもいないタマモは、どんどんと顔を近づけていく。すでにテンゼンは涙目である。そんな涙目のテンゼンに顔を近づけて、そして──。
「どっちでしょうか?」
「ひゃ、ひゃい?」
「あの肉塊から手に入れた稲は、ジャポニカ米でしょうか?インディカ米でしょうか?」
タマモは首を傾げながらテンゼンに向けて言った。テンゼンはたっぷりと時間を掛けて「……はい?」と唖然とした顔をした。そんなテンゼンにタマモは続けた。
「ジャポニカ米と思って手に入れましたけど、もしかしたらインディカ米という可能性もあると思うのですよ!ゆえに確かめるためにはひとつだけなのです!」
「そ、それは?」
「決まっているのです。いざ実食です!」
きらんと目を輝かせて、よだれを口の端から垂らしながら叫ぶタマモ。
端から見ると、実に誤解されそうなセリフだが、タマモに他意はない。むしろ手に入れた米を食べたくて仕方がないのだ。いわば「花より団子」である。
そんなタマモにテンゼンは乾いた笑い声を上げつつ、「ソウダネェ」と頷いた。その笑顔はどこか疲れきったものであったのは言うまでもない。
タマちゃんに他意はありません。
ただ欲求に忠実なだけなのです←
……まぁ、初な子を書くのは楽しかったけども←ぼそ




