58話 容赦なし
揺れ動いていた。
揺れ動く足場は、ぷかぷかと前後左右に動くため、非常に歩きづらい。それどころか立っているのでさえ少し難しい。
その難しい足場に立ちながら、タマモは目的のものを根本から掴むと、「対植物攻撃」の武術であり、久しぶりの「大樹斬り」を使用した。
「そいや」
ポコンと軽く根本を叩くと、目的のものである稲は足場と切断される。実際の稲は鎌を使って刈り取ることは知っているが、もっと労力がかかるものであろう。
だが、タマモの場合はおたまで軽く叩くだけで稲を刈り取れるのだ。労力はほぼゼロである。……本来ならば。
「あふん。もっと強くしてくれても──」
「「尻尾三段突き」」
「──がふっ!?」
足早からの声を聞いて、ノータイムで「尻尾三段突き」を放つタマモ。あまりにも躊躇がない姿からは、敵意ではなく殺意しか感じられない。
その殺意を込めた一撃ならぬ連撃をタマモは足場に向かって何度も放っていた。放つたびに足場はぐらぐらと揺れ動き、非常に稲を刈り取り辛い。
しかしそれでもタマモは気にすることなく、稲を刈り取っていく。
「ふ、ふふふ、ツンデレロリとかご褒美で──」
「「尻尾破砕突き」」
「ががががが!?」
三段突きでは効果がないと思ったのか、タマモは破砕突きを足場に向かって放っていく。ドガガガという工事現場もかくやな音が辺り一面に響いていく。
その度に足場は大きく揺れ動くどころか、その体をくの字に曲げて痙攣させていく。
字面だけを見ると、死に至る直前のようにも見えるが、その顔がいわゆるヘヴン状態であるため、違う意味で昇天仕掛けている状態であるため、残念ながら死亡することはない。
むしろアレは死なないのがお約束である。いや、アレだからこそ死ねないのか。その辺りの感じ取りかたは人それぞれであるため、アレが不死身なのかどうかは永遠のテーマとも言えるかもしれない。
そんなアレな足場が昇天しかけているのを一瞥することなく、タマモはおたまで足場を突き刺した。セットスキルは「対植物攻撃」の他には「対水棲攻撃」と「貫通力強化」に、職業欄は「漁師(対水棲モンスターへの特効)」、「料理人(対食材ドロップモンスターへの特効)」、「双剣士(二刀流の威力上昇)」と殺意しか感じられないものだった。その殺意溢れる一撃を足場こと沼クジラにへと放つタマモ。沼クジラは「がふぅっ!?」と叫びながら、体をガクガクと震わせていた。震わせながら「尻尾破砕突き」を受け続ける沼クジラ。そんな沼クジラを見ることなく、タマモは続けた。
「動くな。作業しづらいのですよ」
タマモは沼クジラの背中に突き立てたおたまをナプキンで拭いてから、ふたたび稲を刈り取っていく。
その姿は農家にも見えるし、冷酷な狂戦士にも見えた。
そんなタマモに怯えつつ、沼クジラは「はふぅ」と恍惚な笑顔を浮かべているあたり、真性のアレであることには間違いない。
そんな沼クジラの姿を端から眺めつつ、テンゼンは「真性のアレしかいないのかなぁ」とぼやいていた。
やがて一通りの稲の刈り取りを終えるとタマモは沼クジラの背中から降りた。
「では、邪魔をしたのです」
ぺこりと一礼をするタマモ。たとえ真性のアレであっても、通すべき礼儀はあるのだと言っているかのようにとてもきれいなお辞儀を見せる。そんなタマモに沼クジラはひれを立てて「問題ないっす」と笑っていた。
「ケモミミロリにお仕置きされるとか、ご褒美で──」
「黙れ、肉塊」
「あふぅん!?」
タマモはフライパンで沼クジラの横っ面を叩いた。沼クジラはそのまま横たわるようにして倒れた。倒れた沼クジラはとても安らかそうな笑顔をしていた。
「とりあえず行きましょうか、皆さん」
タマモは沼クジラを一瞥することなく、踵を返す。その姿を見て誰かが「魔王だ」と言っていたが、沼クジラの倒れ付す残響によりその声は掻き消された。後に残ったのは、恍惚顔で口から血を流す沼クジラだけだった。