55話 米と鯨とゴスッ←
サブタイトルが若干おかしいですが、まぁ、そういうことです←
その光景は、タマモの想定を大幅に凌駕していた。
「ぼ、ぼぇ」
陸地に乗り上げながら、体を震わす一頭の鯨。それだけを見たら、浜辺に打ち上げられてしまった鯨ということになるのだろうが、いまタマモたちがいるのは浜辺どころか海から遠く離れた内地にある山中である。その山中にあるそれなりの大きさの沼の淵に乗り上げていた。
山の中になぜ鯨がとは思わなくもないのだが、「まぁ、ゲームですからねぇ」と思うタマモ。鯨が沼から体を乗り上げていることはまだいいのだ。問題なのはその鯨の上に数匹のスライムが乗っているということ。しかも疲れきった様子でいることである。
「……テンゼンさん」
「うん。言いたいことはわかっているよ」
テンゼンの目は若干虚ろげである。おそらくは自分もそうなのだろうなぁと思うタマモ。それでもあえて認識の共通化を図ることにした。
「コレ、ですよね?」
「コレ、だと思うよ」
ふたりが「コレ」と言うのが、件の鯨のことだ。シュトロームが面倒と言っていたことと、疲れきったスライムたちの様子を踏まえるかぎり、面倒と言っていたモンスターとは、おそらくはこの鯨のことだろう。
北側に踏み入れたときから聞こえていた「ぼえぇぇぇー」という叫び声と、鯨が体を震わせて、文字通り虫の息で呟いた鳴き声は同じものであるから、ほぼ間違いはないだろう。
「……とりあえず「鑑定」しません?」
「そうだね」
タマモとテンゼンは、鯨に対して「鑑定」をした。その内容は──。
名称 沼クジラ 危険度Eランク
沼から沼へと旅をする変わったクジラ。まだ進化を果たしたばかりであるので、大して強くはない。むしろ弱い。基本的に物理攻撃しかできないため、相性が悪い相手には簡単に負ける。相性がよくて負ける。なんとも言えない悲しみを背負ったモンスターであるが、わりとしつこい。背中に作物が自生していることもあるが、個体ごとに異なる。竜田揚げやベーコンにするとわりと絶品。
──とあった。その結果はなんとも言えないものだ。実際に内容自体に「なんとも言えない」と書かれている以上、本当になんとも言えないのだ。あえて言うとすれば──。
「コレ、食べられるんですねぇ」
「鯨肉って食べられているからねぇ」
──この鯨は食べられるということである。テンゼンの言うとおり、鯨肉は食用にされている。が、まさかゲーム内のモンスターにもそれが適用されるとは思わなかった。
遭遇するモンスターの中には肉類をドロップする種類もいるため、モンスターの肉=食用には向かないというわけではない。
むしろ下手な家畜の肉よりも、モンスターの肉の方が美味しいこともある。逆に家畜の肉の方がはるかに美味しいということもあるため、モンスターの肉=上質の肉と一概には言えないのだが。
もっともこの沼クジラの場合は、わりと絶品と書かれているのでおそらくは美味いのだろう。
「……どんな味がしますかね?」
「ちょっと興味はあるね。現実で鯨肉なんて食べたことないし」
「あぁ、ボクもなのです」
かつては学校の給食に出ていたという鯨肉。だが、いまや学校の給食で見かけることはない。居酒屋には置いてあることもあるが、タマモもテンゼンも未成年であるため、当然そのことは知らない。
が、近所のご年配の方々が言うには、美味しいという話だったため、タマモもテンゼンもその肉には興味津々であった。つい、じゅるりとよだれを垂らすほどには。
「ぼ、ぼぇっ!?」
その音に過敏に反応する沼クジラ。しかし頭部に乗っていた数匹のスライムが「スラっ!」と威勢よく放った一撃に、それぞれの体をハンマーのように変形させた一撃を頭部に食らい、ふたたび沈黙した。
だが、死んでいるわけではない。死ねばドロップがあるため、死んだわけではない。が、いまのは完全な致命傷にも見える。頭部にゴスッという音が同時に3つ聞こえたのだ。
普通頭部にゴスッというエグい音の攻撃を同時に3発ももらえば、致命傷になることは間違いない。致命傷を免れるのはギャグ時空の住人くらいだろうが──。
「ぼ、ぼえ。ぼえ、ぼえええええ!」
──沼クジラは目をきらんと輝かせて復活した。その際の鳴き声に、頭部にいるスライムとシュトロームの表情が険しくなった。「こいつ本当にウザい」と言うかのようであった。
しかし当の沼クジラはそんなことは気にしていないようであり、歯を輝かせながら「ぼえ」とドヤ顔を披露していた。そんな沼クジラの頭部にふたたび3つのハンマーによる一撃が放たれ、沼クジラはみたび沈黙した。がそのうちまた復活するであろうことは間違いない。
そのありえない生命力は、まさにギャグ時空によるものだと断定できた。
「……わりとしつこいってこういう」
「なるほどね」
タマモとテンゼンは「鑑定」さんの結果に間違いはないんだなぁとしみじみと思いつつ、ふとあることに気付いた。
「そう言えばお米とこの鯨になんの関係が?」
シュトロームが言うには、沼クジラと米には深い関係があるということだったが、いまのところはギャグ時空の住人な若干ウザめの変な鯨という程度であって、これと米に深い関係があるとはとてもではないが思えなかった。
『背中に乗ればわかる』
シュトロームはふたりの疑問に対して、面倒くさそうに言った。
その言葉に早くも嫌な予感を覚えるふたり。だが、まさかなと思いつつ、沼クジラの頭部に乗り、背中へと向かっていくと──。
「……あったのですよ」
「あってしまったね」
──そこにはあってほしくなかったものが、日本人なら誰もが様々なメディアを通して見たことがあるでろう稲が自生していた。
呆然と稲を見つめるタマモとテンゼン。そこにちょうど沼クジラが復活した。復活した沼クジラは稲を見られることを恥ずかしがっているのか、顔を染めつつ、ぼえぼえと体を揺すっていた。
言葉はわからなくても、「いやんいやん」と言っているように聞こえたタマモとテンゼン。実際になんて言っているのかを理解して思いっきり表情を険しくした数匹のスライムとシュトローム。
ふたりと4匹の意思は揃い、その後6つのゴスッという音が同時に響き、沼クジラがまた沈黙したのは言うまでもない。
こうしてタマモは一応ながら米を見つけることができたのだった。
沼クジラ語録
「ぼ、ぼえ。ぼえ、ぼえええええ!(訳:わ、私は。私は死なぬ!何故ならまだ足りぬからだぁぁぁぁぁ!)」
……なにが足りないのかは、お察しください←




