52話 山の北側へ
『御山の北側?』
「どうにかできませんか、シュトロームさん」
「荒らすつもりはないから、探索をさせてはもらえないか?」
タマモとテンゼンは川の支流を探すために、山の反対側──北側の探索の許可をシュトロームに願い出ていた。
シュトロームは「死の山」こと、「霊山フロスト」の管理を任されているため、「霊山」でなにかしらの行動を取るには、シュトロームからの許可が必要となる。
さすがに日々の生活のために必要なことまでは許可はいらない。
が、「霊山」の北側の探索となると、シュトロームからの許可が必要となるとではないかと思ったのだ。
北側に立ち入ってはならないと言われてはいなかったが、念には念を入れるべきだろうというテンゼンの一声で、タマモたちはオーガたちの訓練に立ち合っていたシュトロームにと会いに来ていた。
シュトロームは、多数のオーガたちの攻撃を捌きながら、タマモとテンゼンと話をしていた。
一方攻撃を捌かれているオーガたちは、本気と書いて「ガチ」と読むほどに全力攻撃を繰り返しているのだが、その一撃たりともシュトロームには通用していない。
オーガたちの攻撃は、時に避けられたり、時に受け流されたり、時に同士討ちに利用されたり、とシュトロームの思うままにされていた。
恐ろしいことにシュトロームは、それらのことをタマモたちと会話しながら平然と行っているのだ。オーガたちにとってみれば、プライドはズタズタに引き裂かれているようなものであろう。
位階の差があろうとも、相手はスライム一匹。そのスライム一匹にいいように弄ばれているのだから、オーガとしてのプライドは、すでに砕け散っているようなもの。
だが、プライドは砕け散ろうともオーガとしての尊厳を守るために、精一杯の攻撃を繰り返しているのだが、それでもシュトロームには通じない。
『ふむ。特に許可もなにもないのだが、なにかあちらに行く用事でもあるのか?』
「探し物がありまして」
『探し物とな?』
シュトロームは動きを止めた。それどころか、タマモたちに顔を向けていた。ちょうどオーガたちに背中を向ける形でだった。
そんなシュトロームの行動にオーガたちは、最後の一斉攻撃に移った。
各々が持つ武器を一斉にシュトロームに叩き込んだのである。
いくら位階に差があろうとも、自分たちの攻撃を無防備な背中にと叩き込めば、と。オーガたちは淡い期待に賭け、乾坤一擲の勝負に出た。そう、勝負に出た。出たのだが──。
『甘いぞ、小童ども』
──それは、シュトロームの想定内のことだった。オーガたちの渾身の一撃をシュトロームは、体の一部を変形させることで、大きな板のように変形させることで容易く耐えきった。まさかの光景に唖然とするオーガたち。
『ほれ、お返しだ』
板のように変形させた一部は、オーガたちの攻撃により大きく反り返っていた。その反り返った一部は、ヒュンという鋭い音を立てて、オーガたちにと向かった。
数瞬後、オーガたちが一斉に地にひれ伏したのは言うまでもない。その姿は蠅叩きに潰された蠅を思わせるものだが、中身が露出するというグロテスクなことにはなっていない。あくまでも体をピクピクと痙攣させて気絶しているというシュールな姿を晒しているだけである。
そんなオーガたちを前にしてシュトロームはため息を吐くように「……スラ」とつまらなそうに呟いた。
『さて、待たせたな。探し物ということだが、我も着いていこうか』
「え?」
「いいのかい?」
気絶しているオーガたちを放り出し、シュトロームはタマモたちに着いていくと言い出した。
管理者であるシュトロームが着いてきてくれるのは心強いのだが、着いて来られるほどに危険があるわけでもない。
それともシュトロームがいないと危険な場所なのだろうか。
『我がいなくても問題はなかろうが、ちと面倒な奴がおるのでな』
「面倒な奴?」
「初耳だけど」
『そなたらに知らせるほどでもないが、面倒な奴が住み着いているのでなぁ』
やれやれとため息を吐くシュトローム。
シュトロームが面倒という相手はどんなモンスターなのか、幾ばくかの不安を覚えつつも、タマモとテンゼンはシュトロームの後を追って「霊山」の北側へと向かって行った。




