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26話 散りゆく望みは儚くて

 レベルアップを果たした翌日──。


「よぉし、今日からまた頑張るのですよ!」


 タマモはログインするといつものように畑へと向かった。


 畑の隣ではすでにクーたちがいつものようにログハウスの建設に励んでいた。レンの協力もあって外観はできていた。


 四方を木材の壁に覆われた、小ぢんまりとしたログハウス──のはずだった。


「……なんか大きくないです?」


 野外キッチンでヒナギクの熱血指導を受けていたからかわからなかったが、タマモがリアルで早苗にボロクソに言われながら引いた図面とだいぶ変わっていた。


 見た目は変わらないが、床板面積は明らかに十坪を越えている。


 もともとのログハウスよりも明らかに大きい。


 もとのログハウスの4倍はありそうだ。


まるでもとのログハウス部分を共用部分にして、その先に()()()()のパーソナルスペースを追加で用意したかのようだ。


「……いや、まさか」


 レンとヒナギクも同じ気持ちなわけがない。


 勝手な期待を向けてはいけない。タマモは逸る気持ちを抑え込もうとして大きく深呼吸を──。


「おはよう、タマちゃん。今日はゆっくりだね」


「今日もよろしくな」


 ──しようとしたところで後ろからレンとヒナギクに声を掛けられてしまい、思わず咳こんでしまう。すでにふたりとも来ていたのか、クーたちと一緒に建設をしてくれていたようだった。


 まさかいるとは思わなかったので驚いてしまった。声を掛けたふたりもタマモのまさかの反応に慌てながら介抱してくれた。やっぱり優しいなとタマモはしみじみと思った。


「お、おはようございます」


 落ち着いてからタマモはふたりに挨拶をした。


 挨拶をしながらも胸が高鳴っていた。高鳴る鼓動のまま、口を開こうとした。


「あ、あの」


「今日はちょっと用事があるんだ」


「でも待って貰うのも悪いから、今日は屋台で指導するね。ちょうど用事があるのは街中だから」


「あ、はい。わかりました。えっと、キャベベを収穫しちゃいますので、待ってもらっても?」


「うん。もちろん」


「というか、一緒に収穫しちゃおうか。三人なら早く終わるし」


「え、あ、はい。お願いします」


 ずいぶんと珍しいなとタマモは思った。普段レンとヒナギクが収穫を手伝ってくれることはない。


 ふたりが畑に来る前に収穫を終えているのだ。


 けれど今日はタマモが畑に着く前にふたりはすでに畑に来ていた。


 まるでタマモを待ち構えていたかのようにだ。そしてふたりが収穫の手伝いをしてくれるという。


(これはもしかして、もしかするのですか?)


 タマモの希望はふたりとクランを組むことだ。だがふたりがどれほどのプレイヤーなのかはわからないが、ようやくレベルを上げられたばかりのタマモとクランを組んでくれるものだろうか。


 だからあくまで希望でしかなかった。しかしその希望通りに行くのであれば、これ以上に嬉しいことはない。


「あ、あの、街のどこに?」


「んー、冒険者ギルドにね」


(冒険者ギルドってことは、クランの登録ってことですよね? ということはやっぱり?)


 胸がどくんと高鳴っていく。ずっとこのままひとりでプレイするのかもしれないと思っていた。


 だけど、もし、もし本当にふたりがクランを組んでくれるのであれば、きっといままで以上にこのゲームにのめり込むことができるかもしれない。そうふたりが──。


「実は俺たちふたりを誘ってくれているクランがあってね。その人たちに返事をしに行くつもりなんだ」


「だから少しだけ待っていてね。あの路地で待ってくれていると助かるよ」


 ──ふたりがクランを組もうと誘ってくれると思っていた。


 だが、その希望は儚いものでしかなかった。それ以降のことをタマモはよく憶えていなかった。


 ふたりと当たり障りのない会話を交わしながら、キャベベを収穫していく。


 ふたりとも収穫は初めてだからか楽しんでくれていた。タマモも誰かと一緒に収穫をするのは初めてだった。


 でもこれがきっと最後なのだろう。


 この時間がいつまでも続けばいい。そう思わずにはいられなかった。


 けれどどんなに願っても時間は過ぎていき、収穫できるキャベベも少なくっていく。


 やがて今日収穫できる分がなくなった。


 収穫できる分の一部はクーたちのご飯となり、絹糸をお礼としてもらえた。


 絹糸は十個。いつもなら半分を姐さんに卸し、もう半分をオークションに出す。


 しかし今日はオークションに出す分をふたりに譲ることにした。


 ほんの数日だがよくしてもらっていたお礼とこれからもフレンドでいてほしいという希望を込めてだ。


 ふたりは最初固辞していたが、無理やり押し付けるようにして渡すと、ようやく受け取ってくれた。


「それじゃ、また後でね」


「すぐに戻ってくるから。ちょっと待っていてよ」


「はい、いってらっしゃい」


 ふたりとは路地の前で分かれた。ふたりは急ぎ足で冒険者ギルドのある方へと向かって行く。


 その後ろ姿を眺めながら、タマモは目元をこすった。初期のインナーの袖が少しだけ濡れていた。


「……当然ですよね。ボクなんかとふたりがクランを組んでくれるわけがないのです」


 ふたりともきっと有名なプレイヤーになってくれるだろう。そんなふたりの活躍を片隅で見守っていられればいい。


 そしてふたりには「そう言えばそんな奴がいたなぁ」というくらいに憶えてもらえればいい。タマモは顏を俯かせながら、いつものように路地の中央で屋台を開いた。


 屋台を開いても誰も来ない。でもいまだけはそれが心地よかった。


 カウンターに腰掛けながらタマモは顏を突っ伏したままでいた。


 なにもする気にはなれなかった。なにもしないまま、タマモはしばらくの間ぼんやりとしていた。


「なぁ。ここって食事できるのか?」


「……え?」


 不意に声を掛けられた。顏を上げるとそこには強そうな見た目の剣士と格闘家の二人組が立っていた。


「あ、えっと、一応できますけど」


「なら頼むわ。一仕事した後だから空腹なんでな」


「なるべく早めに頼む」


 二人組はそそくさと空いているカウンターに腰掛けてしまう。


 どうしたものかと思ったが、屋台を開いている以上は客が来たら、一品出さないといけない。


 ヒナギクにはまだ許しを得ていないが、それなりに腕は上達しているのだから、キャベベ炒めを出すくらいなら構わないだろう。


「えっと、まだ「調理レベル」が低いので簡単なものしか出せませんけれど、よろしいですか?」


「ああ、別になんでもいい」


「さっきも言ったがなるべく早めにな」


「は、はい。わかりました。では少々お待ちください」


 一礼するとタマモはカウンターから調理スペースへと回った。イベントリからはキャベベを一玉取り出し、ヒナギクの指導通りに「調理」を始めた。

 心が折れそうなタマモですが、そう簡単には折れません。

 続きは明日の正午となります。

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