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51話 可能性

「……ふぅん。寿司か」


「ええ。まさかのものでしたねぇ」


しみじみと呟くタマモと思案顔のテンゼン。


ふたりは水田での作業を行っていた。水田の管理者であるテンゼンは、栽培中の本ホーラへの肥料を交換しつつ、水温が適温であるのかを調べていた。


タマモは水田の間近でしゃがみこんで本ホーラをひとつひとつ注意深く観察していた。


本ホーラの栽培は、かなりデリケートな作業だった。


一定の気温と水温が絶対条件であるうえに、高温多湿だと病気にかかるうえに、虫にも弱い。


適温を維持しつつ、株を食べてしまう虫を一匹一匹除去し、日光にも気をつけないといけない。


タマモがひとつひとつの株を観察しているのは、株を食べる虫がいないかどうかの確認のためである。


決してテンゼンが丈の短い巫女服の下を見たいがためではない。そもそも見ようとしてもタマモの尻尾である「三尾」が完璧にガードしているため、その向こう側にあるものはどうあっても見ることは叶わない。


もっともテンゼンにしてみれば、そんなつもりは一切ない。本ホーラの手入れ中にやってきたタマモから手伝いの申し入れがあったために、タマモでも手伝えるような内容を考えた結果が本ホーラの株の確認だった。


とはいえ、それだけで時間を消費するのもなんだとは思い、テンゼンとタマモはそれぞれに話したいことを話すことにしたのだ。


その話題の中でタマモが話したのが、氷結王の食事に対してのことだった。


「寿司は握るのも難しいけど、なによりも材料が問題だよね」


「ですねぇ。お寿司に必要なものは、お米、お酢にネタですけど」


「うん。どれひとつもいまのところはないもんね」


ふぅ、と額を拭いながら現状における問題点を指摘するテンゼン。


現在、タマモは寿司を作るための材料はなにひとつとて持っていないのだ。


特に重要となるのは、シャリこと酢飯を作るための米と酢がないことである。ネタはそれこそどうとでもなるだろうが、シャリがなければ、寿司とはとてもではないが言えない。


そのためには米と酢を入手する必要があるのだが、いまのところどちらもまだ入手できてはいなかった。


「たしかフルーツビネガーであれば、出回り始めたという話は聞いたことがあるけど、そのほかの酢に関しては聞いたことがないね」


「はい。ボクも聞いたことがありません。仮にほかの酢があったとしてもお米がなければどうしようもないのです」


「米、か。たしか次の都市近くの村で栽培されているということは聞いているけど」


「でも、それはたしかタイ米でしたよね?」


「うん。タイ米でも作れないわけではないんだろうけど、フロ爺が言う寿司はたぶんタイ米じゃダメだと思う」


「ですよね」


氷結王にとっての寿司は母親と姉との思い出の料理だろう。


その思い出の料理をできる限り再現するためには、タイ米ではなくジャポニカ米をどうにか入手しないといけない。


しかし現在見つかっている米は、例の村で栽培されているというタイ米ことインディカ米だけだった。肝心であるジャポニカ米はまだ見つかってはいなかった。


ジャポニカ米が見つからないのであれば、当然寿司に使う酢とて手に入れることはできない。フルーツビネガーであれば、どうにか手に入るが、フルーツビネガーで寿司というのはなにか違う気がしてならない。


「お砂糖や塩であれば、手持ちのがありますけど、肝心なお米みお酢もないのは詰みに近いのです」


「……そうだね。せめてジャポニカ米だけでも見つけられればいいのだけど」


テンゼンがため息を吐いた。水田の整備は終わり、いまや腕を組んで悩んでくれていた。


本来ならタマモだけで解決するべきことなのだろうに、一緒になって考えてくれるのだから、素直に頭が下がる。


「……せめてヒントがあればいいんですけどねぇ」


「そうだねぇ」


タマモとテンゼンは揃ってため息を吐いていた。ため息を吐きながらタマモの手は、水田の水の中にと入っていた。


「冷たくてきれいな水ですねぇ」


「あぁ、フロ爺の魔力の余波でできた水だからね」


「魔力の余波、ですか?」


「うん。なんでもフロ爺が無意識に発している氷の魔力によってできた氷が、長い月日を掛けて少し溶けだし、それが川となっているそうだよ」


「へぇ。溶け出した水が──うん?」


テンゼンの言葉に頷きつつ、タマモはふと思ったことがあった。


氷結王が無意識に発している氷の魔力によってできた氷が溶け出し、それが川となったとテンゼンは言ったが、その川はひとつだけなのだろうかと。もしかしたら逆側にも川があるのではないか、と。そしてもうひとつ。


「テンゼンさん。お米所って水がきれいな所や豊富な水がある地域が多いですよね?」


「まぁ、そう、だね。わりとそういうところが多いかな?」


「もうひとつ聞きます。本ホーラはやはり水がきれいなところが育ちやすいですよね?」


「そうだね。きれいで一定の水温だと育ち──あ、そういうことか!」


テンゼンはぽんと手を叩いた。タマモが言いたいことを理解してくれたようだった。


「これだけきれいな川であれば、自生する自然種があってもいいと思うのです」


そう、本ホーラを育てられるほどの水であれば、仮に別の支流があればそちらに自生する自然種が、ジャポニカ米に近い米が自生していてもおかしくはないのではないか。そうタマモは思ったのだ。


無論確信があるわけではない。


だが、「水耕」のスキルがこの山で手に入ったことを踏まえると、この山のどこかに自生する自然種があるのではないかと思えてならない。


「調べてみる価値はありそうだね」


「ええ、調べてみましょう!」


テンゼンの言葉に頷きつつ、タマモの視線は自然と川の向こう側、氷結王が住まう山頂の向こう側へと向いていた。


(できることはなんでもするのです。ヒントなんてないのですから、やれることは全部やってみるのです)


やれることはすべて行う。であれば、無駄足かもしれないが、この川の支流すべてを調べるのも悪くはない。


骨は折れるが、氷結王のためであれば問題はない。


「よぉし、頑張りますよぉ!」


新しい指標を胸にタマモは気合いを新たにしたのだった。

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