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48話 義務と冒涜

ログインすると、真っ先に見えたのは青白い体だった。


半透明な厚い氷に覆われた体が視界を覆っていた。


「起きたかね?」


頭上からの声が聞こえた。顔を上げると、氷結王が覗き込むようにして長い首を向けていた。


(そういえば、昨日は氷結王様のところでログアウトしたんでした)


昨日は、なんだかんだで限界ギリギリまでログインしていたため、テントの準備が間に合わなくなってしまったのだ。結果氷結王の住処である山頂の洞窟でログアウトさせてもらったのだ。


テントなしでのログアウトはできないはずなのだが、氷結王の洞窟は中継ポータルという扱いになっているようで、ログアウトが可能だったのが救いだった。


もっともそのお陰で、氷結王に寝顔を見られてしまったという、乙女としてはなんとも言えない結果になってしまったが、こればかりは致し方がない。


「おはようございます、氷結王様」


「うむ」


氷結王はわかりやすく笑った。微笑んでいるようにも見える、とても穏やかな笑顔だった。


(なんというか、孫娘を見ているかのような感じなのです)


血の繋がりなど当然ない。ないのだが、氷結王の目は孫を見守る祖父のような、とても優しい光を宿していた。


「……あの、氷結王様?」


「うむ、なにかな?」


「昨日のお話を詰めさせてもらいたいのです」


「……食事の件か」


それまでの穏やかな表情が一変し、なんとも言えない、悲しみと苦しみが同居したような表情を浮かべる氷結王。

その表情を見て、かなり根が深い問題なのだろうなとタマモは思った。


「昨晩は、皆の手前ああ言ったが、我には食事は──」


「必要ですよ。生きとし生ける者は、すべからく食事が必要なのです。それこそそこら中に生えている雑草とて、栄養を補給するという名目での食事をします。食事の内容はそれぞれですが、みな生きるためにはなにかを食べるのです。だから氷結王様も生きるためにはなにかを食べなきゃいけないのです」


「……生きようとする意思もなくてもか?」


氷結王は目を伏せながら言った。氷結王の目は穏やかな光を宿してはいる。だが、その穏やかさの正体がようやくわかった。


「氷結王様は、生きる気がない。いや、生きることを諦められているのですね?」


「……」


氷結王が穏やかなのは、本質的に優しいからでもあるだろうが、それ以上に空っぽだからだ。なにもないからこそ、表面上では穏やかに見える。いや、いろんな感情が抜け落ちた結果、優しさとわずかな怒りだけが残っているのだろう。その原因こそが氷結王が食事をしない理由なのだろう。


(でもそれに触れていいんでしょうか?)


ここから先はかなりデリケートな話題になる。それこそわずかに残っている氷結王の怒りを刺激するものでしかない。


氷結王がその気になれば、タマモを死に戻りさせることなど簡単なことだろう。


容易く行えるほどに、いや、容易いという言葉さえも生ぬるい。呼吸をするのと同じくらいに、そうするのが当たり前であるかのようにタマモの首を刈り取ることができるだろう。


ここから先はそうなったとしたもおかしくない状況となるのは、目に見えていた。


退くのであれば、ここいらが限界ということ。これ以上先は退けないし、退かせてはくれないだろう。


(……それでもボクはやると決めたのです。だから氷結王様の一線に踏み込むのです!)


越えるべきではない一線。その一線を踏み越えることをタマモは決意した。決意した以上、続く言葉は自ずと決まっていた。


「氷結王様。あなたが食事をしなくなったのは、「神獣様」と「霊獣様」の戦いのせいなのですよね?」


「……」


「答えられないということは、是とさせていただきますよ?」


「……ずいぶんと横暴であるな?」


「横暴にもなります。だって氷結王様のされていることは冒涜なのです!」


「なに?」


氷結王の声が変わった。タマモに対して常に穏やかな声で対応していたのが、その声が不意に硬化したのだ。


(琴線に触れましたか。ここから先は消耗戦になりますね)


氷結王の声が硬化した以上、ここから先の言葉に優しさが含まれることはない。あるのはわずかに残っている怒りが増幅したものだけ。


昨日初めて会ったときの恐怖が笑えるほどの恐ろしさだろう。


それでもタマモは踏み込むと決めていた。その決意から逃げるつもりはなかった。


「……氷結王様。あなたがどれくらいまともな食事をされていないのかは、ボクにはわかりません。けれどそれはお産まれしてからずっとというわけではないはずなのです」


「……そう、だな。たしかに我はかつてまともな食事をしていたよ。だが」


「であればです。いまご自身がされていることがどいうことであるのかはおわかりのはずなのです」


「……なにがだ?」


「氷結王様がお産まれしたそのときから、口にされてきたものたちは、最初から命がなかったわけではないはずです」


「……それは」


「最初から命がないものを口にすることはできません。形あるということは、それには命が宿っていたのです。氷結王様は命あるものを食べられてきました。その命を奪い、その死肉を食らってこられたのです」


「……間違ってはいない」


「なら、食らってきた命を、ご自身の糧となった命のために精一杯生きるのは、糧となった命への義務なのです。みずから緩やかな死に至ろうとするのは、糧となった者たちへの冒涜以外になりえない。たとえ氷結王様であったとしても」


タマモは氷結王を睨み付けるようにして見つめた。


氷結王は目を伏せながら、タマモを見やっていた。


「……()()()()()()()()()()()()、か。かつて同じことを言われたよ」


タマモを見やりながら氷結王の目尻から滴がこぼれた。涙であるのか、それとも体を覆う氷が溶けたのかは判断がつかなかった。


だが、タマモにはそれが氷結王の涙なのだと思えてならない。しかしそのことを口にすることなく、タマモは氷結王を見やる。氷結王は涙を流しながら続けた。


「……母上に同じことを言われた。姉上も同じことを仰られていた。おふたりとも我と種族は違っていた。だが、我にとっておふたりは母と姉であった」


氷結王が語る()()()()()()()()、なんとなくタマモには理解できた。だからこそなにも言わなかった。口を挟む資格はなかった。ただ氷結王の語る内容にタマモは耳を傾けた。

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