46話 特別クエスト開始
「……我の食事を?」
「はい。未熟ではありますが、精一杯頑張らさせていただきます!」
氷結王の食事をタマモが作る。
ヒナギクが聞いたら、「相談してと言ったよね?」と凄みのある笑顔を浮かべるだろうが、胸に宿る衝動のままにタマモは行動していた。
タマモとて自身の腕を理解はしていた。ヒナギクが言うように人に出せるような腕前ではない。まだ鍛練が必要であることは理解していた。
だが、タマモは行動することを選んだ。この「霊山」に棲むモンスターや動物たちが、氷結王のためにみずからの命を懸けていたように、タマモも全身全霊でなにかをしたかった。
タマモにできる「なにか」は、「調理」以外の何物でもなかった。だからこそ、あえて言ったのだ。
(……ヒナギクさんが知ったら絶対に怒るでしょうけど、再会したら即座に土下座をして許してもらうのです)
さすがに土下座をすれば、ヒナギクとて許してくれるだろうとタマモは思った。いや思おうとした。そう思わないとやっていられなかった。
『妖狐よ。体が震えているが、大丈夫か?』
シュトロームが怪訝そうに言った。ヒナギクのことを考えていたら自然と体が震えていたようだった。
「む、武者震いナノデスヨ」
「いや、タマモさん、声が裏返っているよ?」
どうにか笑顔を作って「武者震い」であることを言うも、テンゼンがジト目でタマモを見つめた。
テンゼンの顔には「どれだけヒナギクちゃんが怖いんだろう」と書いていた。
だが、タマモから言わせてもらえば、ヒナギクの恐怖を理解できない方がおかしいのだ。
だが、いまはそんなことを言っている場合ではない。
「とにかくです!ボクにお食事を作らせていただきたいのです!」
タマモはまっすぐに氷結王を見やる。その言葉に氷結王は、なんとも言えないような、とても困ったような顔をしていた。
「……食事をと言ってもな。我はそれなりには食べておるぞ?」
「失礼ですが、ボクにはそれなりとは思えません。過度の栄養失調にあると思います」
「……そんなことはない。それなりには食べておるのだ」
「では、いったいなにを召し上がられましたか?」
氷結王はそれなりに食べていると言うが、痩せこけた体を見せられても、それなりに食べているとはとてもではないが見えなかった。
むしろなにも食べていないと言われた方がまだ信じられた。
「……なにを、か。そうさのぅ。果実は口にしたかな?」
ちらりとシュトロームを見やる氷結王。シュトロームは『……違いありません』とだけ言った。
だが、果実と言ってもその種類は様々だ。例えばリンゴや桃は一般的な意味での果実となるが、クルミとて果実にはなるのだ。
もっとも一般的に流通しているクルミは、クルミの実の種子ではあるため、正確にはやや異なる。
だが、大きな分類で言えば、というか大雑把に言ってしまえば、クルミも果実となる。
氷結王とシュトロームのやり取りを踏まえる限り、氷結王が食べたというのは、クルミなどの果実の種子ないし、リンゴや桃をひとつだけだろう。
仮に果実だけで栄養を得ようにも、氷結王ほどの大きな体を果実だけで支えるにはどれほどの量を必要となるのかは想像もつかない。
氷結王だけでそんな大量の果実を摂取してしまえば、この山の生態系が破壊されるのは目に見えていた。
そして氷結王がそんなことをするとはタマモには思えなかった。となると、氷結王が食べたという果実は、そう多くない。
むしろ食べたとは言えないようなごく少量であることは容易に想像できた。だが、氷結王がまともに答えるとは思えなかった。
「シュトロームさん、素直に答えてください」
『なにをだ?』
「氷結王様は、お体を維持できるほどのお食事をされているのですか?」
『……それは』
「していないよ」
シュトロームが押し黙った。その時点で答えているようなものだったが、それまで静観していたテンゼンの一言が答えとなった。
「テンゼン、なにを」
「事実だろう?いまのままじゃあんたは死ぬ。その体を維持できる栄養なんて摂っていないんだから、当然だ。みんなそのことをわかっている。だからシュトロームだって、なにも言えなかったんだよ!」
テンゼンが叫んだ。
その言葉に氷結王はなにも言わなかった。
「……氷結王様。どうかボクにお食事を作らせてください。お願いします」
タマモは氷結王を見つめながら頭を下げた。いや、タマモだけではない。シュトロームを始めとしたモンスターや動物たち。そしてテンゼンさえも頭を下げていた。
氷結王はすぐにはなにも言わなかった。だが、しばらくして氷結王は「わかった」と言った。
「……具体的な話は明日にするが、ひとまずそなたの願いを聞くことにしよう」
微妙な答えだったが、氷結王はひとまず頷いてくれた。
シュトロームを始めとしたモンスターや動物たちは歓喜の声をあげた。テンゼンはなにも言わないが、より深くフードを被っていた。そういう素直ではないところは相変わらずのようだった。
(とにかく、これで少しは安心できたのです)
そう、少しだけ安心はできた。だが、肝心なのはここからだった。
(氷結王様に「美味しい」と言っていただけるご飯を作るのです)
氷結王が求める食事がどうなるのかはわからないし、氷結王が満足できる味に至れるかもわからない。
だが、全身全霊をかけようとタマモは決めた。歓喜するモンスターや動物たちの姿を目に焼き付けながらタマモは決意したのだった。
「特別クエスト「「氷結王」の食事事情」を開始します」
決意すると同時に「特別クエスト」が始まるアナウンスが流れたが、その程度ではタマモの決意は揺るがない。
タマモはできる限り頑張ろうと、おたまとフライパンを強く握りしめるのだった。