44話 事情
少しだけ遅れました←汗
「──まったく、お嬢様のおかげで、話が進まないではないですか!」
「そっくりそのまま藍那さんにお返しするのですよぉ!」
まりもの部屋の中で、まりもと藍那はそれぞれを指差して睨み合っていた。ふたりともそれぞれ衣服が乱れているのだが、その理由は言うまでもないが、今回の若干アレな師弟の戦いは引き分けだったということくらいだろうか。
もはや若干アレではなく、完全にアレと言った方がいいのかもしれないが、ふたりとも声を揃えてこう言うだろう。「まだ若干です」、と。
うら若き乙女としては、「完全に」ではなく、「若干」であると主張したいのだろう。端から見れば、若干を通り越しているとは言ってはならない。
あくまでもふたりの中ではまだ若干であるのだ。まだ若干アレな範疇にあるのだろう。そしてお互いに相手はその範疇を大いに逸脱していると思っているのだが、第三者からの同意は得られない。第三者から得られるのは、五十歩百歩やどんぐりの背比べというふたりにとっては、ありがたくないお言葉であることは間違いない。
もっともこのふたりのことだから、たとえありがたくないお言葉をもらい受けたとしても、「人間はみんなアレなのだから、その欲求に従ってなにが悪い!」や「誰にも迷惑をかけないのであれば、みずからの迸るパッションに突き動かされてもなんの問題もない!」などと開き直る可能性が非常に高い。
その際に主張する内容には、たしかに間違っていない部分はあるし、一考に値する部分があってしまうのが、このふたりのたちの悪いところでもある。
しかしこのふたりの趣味嗜好的には他人に迷惑をかけないなどとは頷けないのが、実にこのふたりらしいことでもある。
どちらにせよ、まりもと藍那の争いに調停役となる第三者は現れることはない。触らぬ神に祟りなしと言うように、近づかぬアレに被害なしというのが、玉森家メイド隊を含めた玉森家使用人たちの総意だった。
ゆえにまりもと藍那による不毛すぎる争いは、ふたりが同意に至るか、なにかしらの外的要因が奇跡的に起こるまで続くのである。
「だいたいですね!なんで「死の山」になんて登山するんですか!?考えれば、というか調べればあそこがとんでもない危険地帯であることくらいはわかるでしょうに!」
「いまそれを言いますか!?」
「言いますよ!おかげで、みんな心配しているんですから!なにせ生産板のメンバーが総出で情報収集に当たっているですよ!?」
「え、マジですか?」
生産板のメンバーが総出で情報収集してくれていることを知ったまりも。ゲーム内のアバターであれば、金色の尻尾が力なく垂れ下がっているところだろう。現実でもそれまでの怒りはどこへならしょんぼりと肩を落としていた。そんなまりもの姿に藍那の怒りも収まっていく。
「……お嬢様ももう幼い子供ではないのですから。ちゃんと下調べを行ってから行動してくださいませ。今回はゲーム内ですから、死に戻りになるだけです。が、現実であればと考えたら、気が気でなくなるのは理解できますね?」
「……ごめんなさいです」
「わかればよろしいのです。それでお嬢様、いつ「死の山」からお戻りになられるのですか?」
「あー、それがちょっとやることがありまして」
「やること?」
「まぁ、やることができたという方が正しいですね」
「詳しく説明してくださいますか?」
「はい、実は」
まりもは昨夜のログアウト前のことを藍那にと話し始めた。




